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最終更新2021/10/15(詳細はUPDATE)

サンセットグラフ

『奴隷になってやるよ』





男の開口一番はその一言だった。

それは明確な不快感を沸き立たせるには効果的で、純粋な怒りと言うには些か憎悪に近い嫌悪を滲ませた目で相手を睨め付ければ、黒く支配されていくシナプスが鉄錆の匂いを認める。
面識こそあるが話した記憶はないそれこそ初対面に等しい男の、造形見事にして酷く揶揄めいた顔を初めて間近で見たと言う現実に浸る余裕はない。

不意にその長い足を遺憾無く操り近付いてきた男が、例外なく長い指を伸ばし何処かぎこちない仕草で唇に触れる。それで漸く噛み締め過ぎた唇に血が滲んでいたらしい事に気付くが、それだけだ。
邪険にその手を払えば、ククッと嘲笑めいた低い笑みで肩を揺らし、大分高い位置から見下す様に見つめられた。


この男がどんな男かそう深く知る訳ではないが、その表情が全て物語っていると思う。
ただでさえ、近隣随一の不良共を束ねる王様だと言うのだから、極々ノーマルな生活を細々営んでいる様な俺に、接点などある筈もない。

その人間を観察する様な視線もけして友好的とは思えない笑い方も何も彼も、過不足無く不愉快だ。

揶揄う事を好んでいそうな相手だと思う。
気紛れか暇潰し、最悪自分が苛められ易そうなMモヤシに見えたのか、どちらにしてもその相手に選ばれる謂れはない。これ以上相手してやる筋合いはないだろう。
睨んでいた目をさも鬱陶しげに逸らして、このまま背を向けて振り払うべきか否かで瞬時悩む。

確かに俺は極々普通な16歳ではあるが、一介の雄でもある。
自分が逃げるのはプライドが許さないと腕を組んで、男が立ち去るのを待った。



安い自尊心だ。
その時何も考えず立ち去っていたのなら話は変わっていた、かも知れないと言うのに。


不意に、視界の隅で指がちらつく。
自分のものではないそれを横目で見遣り、まだ居たのかと言う皮肉を込めて視線を上へ上げれば、ふらふら宙を掻いては力が失せた様に下へ落ちる長い指が見えた。
そして途方に暮れた様な、所在なげな頼りない子犬の様な眼差しを認めて、ぎょっと首ごと向き直る。




「…なぁ、」


それが勘違いでなければ、


「それで駄目ならどうすりゃ良いか、教えろよ」


縋る様な声だ、と思ったのだけど。
確かめる暇もなく気付けば瞬間移動、忽ち混乱に支配されたシナプスが覚えているのは組んでいた腕を掴まれた瞬間だけだ。



シトラスの香りと真っ白なシャツに包まれ、背中に違和感を認める。
これは何事だとそれなりには混乱した頭で、これは世間一般で言う抱き締められた状況ではないのかと考え、遅ればせながら背中の違和感は抱き寄せる腕の所為かと答えを出す。

黙り込んだ訳ではないが結果的に沈黙を余儀なくされた自分の耳の酷く近くで、くすぐる様な小さい溜息を聞いた。
耳朶に暖かな感触を認め知らず肩が震える。
自分が女子なら口説かれていると勘違いしても無理ない状況に眩暈がする。



「無理だ、なぁ…諦めろよ」

ああきっと、暑さで頭がイカれてしまったに違いない。

「俺が諦める、つーのは端から論外なんだ」
「諦め、る?」
「ああ、そう。早く諦めちまえ。…どうせ、どんな事でもして手に入れるから」

だからこの心拍数は熱射病の所為。

「…諦めて、俺の中に溶けちまえよ」


太陽と同じ灼熱を宿すこの男の体温に、少し可笑しくなっただけだ。


  PCサイトのものを縮小改編。強気と言うより中身男前な平凡と、実はワンコかも知れない不良

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