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最終更新2021/10/15(詳細はUPDATE)

ワンダフルライフ×2nd

煌びやかなスポットライトの裏側には、世にもおぞましい暗闇が広がっている。


「カーット!」

高らかな声にピタリと動きを止めた一同は、それまでのにこやかな笑みを忘れ無表情だ。
ふー、と息を吐いた監督に全ての視線が注がれ、視線の先で腕を組み息を吐いた本人は人の悪い笑みを浮かべた。

「よーし、以上で全工程終了だ。…ご苦労さん!」
「「「よっしゃー!」」」

歓喜の渦、スタッフ全員が崩れ落ちる様に座り込む。花束を抱えた女優は愛想笑い、二枚目俳優は早速目当ての女を口説くのに忙しく。
張り詰めていた数週間を懐かしむより、凄まじい解放感に心躍らせるのに慌しいらしい。


「あ、カスミさん。打ち上げどうします?」
「パス」

まぁ、それは。
恋人の元へ今にも駆け出していきそうな自分も、例外ではないだろう。






「…何で居るんだ?」

実に二週間振りにも関わらず、小さなボストンバックを肩に掛けた恋人の第一声は、そんな血も涙もない台詞だった。
時差ボケに血迷った双眸は恐らく充血していただろうが、道中適当に買ったカルバン・クラインの安いサングラスで覆えば特に問題はない。

「メールしただろ。終わったからとっとと戻って来た」
「ニューヨークじゃなかったのか?マネージャーさんは打ち上げでマンハッタンに行くって、」
「最終日がベガスだってのに、何で東に行かなきゃなんねーんだ。即行帰るに決まってんだろ」

無表情、がチャームポイントの恋人は、精悍と言えば聞こえが良い平凡な青年だ。
今年漸く二十歳を迎える二年生、柔道空手剣道に合気道、全てが全国クラスの腕前であり、高校大学連続で特待生。らしい。

「目立つから行こう」
「タクシー拾うから待て」
「タクシー?いつもの車はどうしたんだ?」
「空港から直接来たんだよ。すぐ会いたかったから」

悪びれもせずに言えば、沈黙した恋人は微かな溜息を吐いた。
嫌味か。

「どうせ帰る場所は同じなんだから、真っ直ぐ帰って寝りゃ良いのに」

男心が判っていない、唐変木め。





二年前の梅雨時に、腹違いの兄から裏切られた弟は。芸能界と言う煌びやかな世界にも、偽りの家族にも愛想を尽かした。
こう見えて俺はピュアな男なんだ。誰が信じなくともそうなんだ。

「カスミ、頭上げて」

にこりともしないスポーツマン、8歳年下の恋人は、柊幸之丞と言う古風な名前。
性格も実に古風な男で、大学に迎えに行くと『妻は家で待て』と言い、今回の様に打ち上げスルーしたなどと言えば『付き合いも仕事の内だ』。
お前は何処の亭主関白だ。

「あー、気持ちいー…。やっぱ国内最高だな。もう二度と海外ロケなんざ行かないぞ俺ぁ」
「良い大人が我儘言うな。今の事務所はまだ二年目だろう?社長さんやマネージャーさんに迷惑掛けるな」
「良いんだよ。俺が所属してるだけで儲かるんだから、うちの弱小プロは」

甲斐甲斐しい恋人にシャンプーして貰う幸せ、仕事の疲れは全てこの一瞬の幸福の為にあると言っても過言ではない。
一度は捨てた業界へ戻る決心が付いたのも、半ば無理矢理同棲に持ち込んだのも、唐変木の癖に優しい恋人のお蔭だ。

「お義兄さん、何か言って来た?」

珍しく、囁く様な声音に瞑っていた瞼を開く。丁寧にシャワーを当てる恋人は相変わらず無愛想この上ないが、眼差しが少し揺れていた。

「…相変わらず、うちの事務所に圧力掛けてるみたいだがな。ハゲ社長、ハゲで弱小の癖にアレで中々タヌキ親父だ。問題ねぇよ」
「おい、社長さんに何て事…」
「良いから、お前も入れよユキ」

ぐっ、と引っ張った腕、浴槽の縁に腰掛けていた体が傾いて、どぼんっと凄まじい水飛沫が上がる。
短パンにTシャツだった恋人は眉を寄せたが、有無言わさず口付けると静かに瞼を閉じた。


「…母さん、が」
「ん?」
「たまにはカスミ連れて来い、て」

唐変木の家族は揃って唐変木だ。
二年前、高校三年生だった恋人に拾われた俺は、自分で言うのも何だが随分不審だっただろう。

浴びるほど飲んで喧嘩して名前も知らない女を抱いて、殆ど寝ずにその繰り返し。
一ヶ月もしない内に路上で倒れ、部活帰りだった恋人に拾われた。

曰く、デカい野良犬だと思ったらしい。因みに俺の本名もカスミではない。


「幸子ママにも大分会ってねぇな。最後に会ったのいつだったか…」
「卒業式の時と、去年末に姉さんに赤ちゃん出来た祝いで病院行っただろ」
「あー、病院の時はロケ中だったかんな。すぐ帰っちまって、悪い事した」

長男が拾って来た不審者を、嫁いだばかりの長女も中学生だった次男も父親も母親も、果ては爺さん婆さんまで「ワンコ」と呼び、牛乳だのコロッケだのジャーキーだの与えてきた。
この家庭は馬鹿かと当初は本気で思ったが、今になれば判る。一族揃って天然なのだ。柊は。

「カスミ」
「あ?」
「文化祭に呼ぶゲストに、お前の名前が上がってるんだけど…」
「ふーん?まだオファーは聞いてねぇな」
「何かで優勝した芸人と、紅白に出たロックバンドもリストに出てるらしい」
「私立の文化祭は力入ってんな。まぁ、俺は大学なんか行ってねぇから知らんけど」

濡れて張り付いたシャツを脱ごうと四苦八苦している背中を眺め、ジーンズは手伝ってやろうと腕を伸ばす。湯槽の中でカフスを外し、ファスナーを開ければ、ぴくりと震える肩。

「…ま、話が来たら他のオファー蹴ってでも出てやるけどな」
「カ、スミ」
「そんで、俺とユキが新婚だって暴露する。ニュース総なめだ」

表情は見えないが、耳たぶが異常に赤かった。逆上せた訳ではないだろう。コンディション設定温度は41度、ぬるま湯だ。
躊躇いなく首筋に噛み付いた。バカイヌ、と呟いた唇に親指を当ててやれば、吸い付くように柔らかな舌から舐められる。

「上手くなったな…。最初は勃起しただけで気絶してたのに」
「煩い。俺はお前とは違うんだ」
「俺にはお前だけ、って聞こえるぜ?操の堅い旦那様だ」

無口、と言うよりは口下手な恋人が本格的に怒る前に唇を塞いだ。
怒ると拳が飛ぶ、バイオレンスな男なのだ。







父親は有名プロダクションの社長で、母親はハリウッドスター。
どちらも不倫で、母親は有名な尻軽女だったらしい。何度目かの結婚で、浮気に怒った旦那から刺されて死んだ。哀れな末路だ。
残された幼い俺が日本人の父親の元に引き取られた時、やもめ男には子供が一人。腹違いの兄は十歳年上で、勉強が出来る賢い人だった。

自慢の。
いつか義兄がプロダクションを引き継いで、俺は尻軽女譲りの金髪とエメラルドの瞳をスポットライトの下で輝かせて。業界の頂点を極めるのだ、などと。


本気で信じていたのは、ほんの数年前まで。


俺が生まれた時には60歳近かった父親が、五年前に死んだ。
その頃はもう事務所で働いていた義兄が社長を継いで、高卒と同時に業界一本で生きていた俺に何の迷いもなかった頃。

順調だった筈だ。
辣腕を奮う義兄、沢山のタレント、輝かしい業績。不倫の果てに生まれた子供のスキャンダルさえ逆手に取って、上り詰めた俺を待っていたのは、裏切り。義兄の。


彼に見合い話があるのは知っていた。義兄の母親は子供を置いて出ていった自分を悔やんでいて、父が死ぬと頻繁に連絡を寄越していたから。
優しい人だった。母親ならこう言う人が良かったと思えるくらい。けれどその優しさは、義兄の負担だった様だ。


見合い。
三十代半ばの義兄には不思議ではない話だ。いつから結婚して子供を作るのが男の甲斐性であり、幸せなのだと。
語り聞かせる母親が帰った直後、弟に薬を盛った彼は、腹違いの弟の上で腰を振った。

『愛してる』

甲高い喘ぎ声、耳障りな吐息、湿った音、肉を打ち付ける卑猥な音、全てが。

『お前を愛してるんだ』

絶望的な程。
信じたくなかった。目を逸らしたかった。苛立ちは吐き気となって、躊躇わず吐き出した。

上からも下からも。
汚点だ。思い出したくもない。




「あつ、い…」

バスセックスで逆上せた恋人を抱え上げ、冷房を利かせたリビングのソファに横たえる。

「水、飲む?」
「ん」

ミネラルウォーターのキャップを捻り、一口煽って口移し。ことりと動いた喉仏にまた欲情すれば、タオル一枚では隠しきれなかった股間を凝視した恋人が青冷めた。

「んな痙き攣んな、もうしねぇよ。自力で鎮めます」
「何でそんなに元気なんだお前…」
「疲れてっからじゃね?まだまだ若ぇなぁ、俺様もよー」
「笑い事じゃない…」

くたびれた様に瞼を閉じた顔を眺め、付けたテレビに自分の顔を認めて首を傾げた。

「不細工な面だ。」
「…悪かったな、俺はお前と違って、」
「違ぇ。俺の顔」
「は?」
「見てると苛々する」

白に近い金髪、エメラルドブラウン。
愚かしい尻軽女から押し付けられたもの。それはまだ、良い。

「死んだ馬鹿親父の若い頃にそっくりなんだと」
「カスミが?でも…」
「アイツは母親似なんだよ」
「そうか」

伸びてきた手が頭を撫でてきた。
犬扱いかと小さく笑い、けれどそれは、商品として見られるよりも、誰かの代わりとして見られるよりも、ずっとマシだと思う。


「なぁ」
「あー?」
「まだ駄目か?」
「あの話か。駄目だ、俺だけで我慢しろ」
「でもお前、仕事で何日も居ないじゃないか。寂しい」

普段は喋らない癖に、こんな時に限ってそんな可愛らしい事を言う。何て恋人だ、そこらのホストよりタチが悪い。

「犬なんて要らねーだろ。俺が可愛がってやってんだからよ」
「俺は可愛がりたいんだ。それにお前の可愛がるは…その…」
「逆上せるまで喘いでおいて男らしくねぇ。諦めろ」
「う」
「その代わり、今度のロケから連れていく」
「は?無理に決まってるだろう、学校がある」
「聞こえねー」

いつの間にか、マンネリ化したバラエティーに擦り変わっていた液晶、乗り上がったソファでバタバタ暴れる体を押さえ付けながら、『飼い主』へ極上のスマイル一つ。

「可愛いカスミちゃんのお願い、聞いてくれないわけ?ご主人様?」
「お前は可愛くない…」
「確かに、どの角度から見ても格好良いかんな、俺は」
「…チワワと戯れたいだけなのに」

それはもう仕方ない。
大きな雄が小さなものに弱いのは自然の摂理だが、残念ながら二人とも180cmを越えている。
何事にも妥協が大切だと言う事だ。

「とりあえず一週間オフだから、実家に顔出そうぜ」
「お前の実家じゃないだろ」
「何言ってんだ、とっくに皆には結婚報告したぞ?」
「え」

拾ってくれた恩人が天然で助かった。
煌びやかなスポットライトの裏側は勿論、そもそもテレビ自体見ない柊一族は、地元でも有名な地主の割りにネジが一本外れている。

二人暮しには最適のマンションには、スポットライトもおぞましい暗闇もない。
あるのは蛍光灯と、電気を消した後のお楽しみだけだ。

今更、犬なんか邪魔にしかならない。散歩もトイレ掃除も餌やりも自分では出来ない馬鹿犬ではないか。暑苦しいし。
それなら俺の方がずっと賢い。稼いでくるし、体温低いし、セックスも満足させてあげるし、美形だし、ユキ面食いだし。

「先月の二十歳の誕生日に養子縁組したから、俺はもう柊の一員だ。そうそう、お義父さんから祝いの大吟醸届いてるぞ」
「え」
「来年の成人式で飲もうぜ」
「…どう言う事だ?」
「つまりお前が養父、俺様が息子っつー事だな」


ぷちん。

恋人のネジがまた一本飛ぶ幻聴を聞いた。くわっと目を見開いた恋人が雄々しくソファで仁王立ち、


「カスミっ、お座り!どう言う事か、じっくり聞かせろっ!」

亭主関白上等、暴力親父上等。
蛍光灯のスポットライトを浴びた素っ裸の恋人の、とりあえず股間を凝視しながら、言われた通り『お座り』する賢い俺。
犬の鑑だろう?

「わんっ♪」
「嬉しそうにするなーっ」

すべすべの太股に縋りつくバカイヌは、今日も極上の幸せに溺れているのだ。

- ワンダフルライフ×2nd -
*めいん#
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