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最終更新2021/10/15(詳細はUPDATE)

恋愛センシティブ

好きな人を見つめる眼差しはまるで夢を見ているかの様だ。きっと、本人だけが気付いていないのだろう。

その光に満ちた眼差しが、他人にとってどう映るかなんて。気付いていたなら、酷く恥ずかしい話だ。





恋愛センシティブ




それは飛鳥が敏感だからだよ、と。幼馴染みは笑った。
人の感情に聡いから、優しくなれるんだと。彼女は笑った。


喜ぶ、怒る、悲しむ、笑う。
彼女の隠し事がない感情はいつもキラキラ輝いていて、俺の世界は光に満ちていた。



「大雅君、今日も格好良いなぁ」

隣でほぅっと溜息を吐いた幼馴染みの小さな背中に流れる巻き毛を横目に、随分温くなったココアを啜る。

「ユーコちゃん、今日もストーカーだなぁ」
「…もう!真似しないでよね、馬鹿アスカ」
「毎朝30分懸けてくるくるにしてんのにな。当の本人に見せなきゃ意味ねぇだろ」
「良いだもん。見てるだけで幸せなんだから」

雪が降らないだけ厳しい寒さは、運動部にとってはある意味拷問だ。

「…健気な事だね」

雪が降る日は比較的暖かい。

「何か言った?」
「見る目がないって言った。見た目が飛び抜けてる男は、どっか欠如してるもんだ。絶対」
「偏見だよー。アスカだってモテる癖に」
「知ってるか?余所のクラスの女子はともかく、うちのクラスの女子が俺を何て呼んでるか」
「変人飛鳥」
「俺の名字は西陣だ」

蜂蜜レモンの香り。
からりと笑った赤い頬が零す白い息、片思いは決して美しいものではないと知っている。

「小鳥遊君!」

寒さにもめげず、ジャージ姿のマネージャーらしき女子が走っていく。タッパとペットボトル、ああ、蜂蜜レモンだと瞬いた。


「寒ぃな、畜生。教室にもエアコン付けれっつー話」
「…そうだねー」

沈黙した背中は何を見ているのだろう。誰も居なくなった教室から見つめるだけで精一杯の、幼馴染みは。快活だった中学時代の面影もない。

「陸上部、春の予選出るんだろ?」
「うん。大雅君も含めて何人か出るみたい。ほら、元々うちの学校、ハイジャンは強いし」
「マージャン」
「ハイジャンプ。…おやじギャグだよ、それ」

眉をぎゅっと寄せて睨んでくる。黙っていれば美少女で通る幼馴染みは俺より三ヶ月早く生まれて、お姉ちゃん気取り。

「ハイジャンにもモテる奴居たよな。一組の、ひょろっとした奴」
「高橋君でしょ。同級生の名前くらい覚えなよ、いい加減」
「300人も居るのに一年くらいで覚えられるかよ」
「大雅君の親友なんだって。いつも一緒に居るんだよ、高橋君」
「ふーん、美形は美形同士くっつくって奴だな」
「アスカも十分イケメン分野だから、拗ねないの」
「拗ねてない」

二次性徴で開いた30cm分の差が無ければ、今でも小学生時代の二の舞だ。金魚の糞ならまだしも、『シスコン』は勘弁して欲しい。

血の繋がりなんか無いのだから。


「タカナシタイガめ…」

ぼそっと呟いた台詞は、窓から校庭を覗き見ている少女の耳には届かなかったらしい。

(見る目がないよ、馬鹿ユッコ)

冷たい風に踊る、随分伸びた柔らかな髪に手を伸ばし掛けて、耐えた。片思い、それも初恋の末路なんか先が見えてる。

「はぁ。大雅君、格好良いなぁ…」

俺はとても弱い人間だ。


「彼女にしてくれないかなぁ」

そして、彼女も。





「小鳥遊ー」

学食帰りの昼休み、いつも使う自販機のホットメニューが全滅だった。ちらちら舞う雪に痙き攣りながら、部活棟側にある自販機で蜂蜜レモンを一つ、ココアを一つ。
ガタン、と落ちてきた最初の缶を拾っている時に、それは聞こえてきた。

「やっぱミーティング無しだと。監督の家、坂の上だから遅くなるとヤバいみたい。今日はこのまま帰っても良いってさ」
「…自主トレは?」
「校庭はペケ、体育館は二年が鍵持ってった。因みにあそこは剣道部のテキトリーだ」
「ちっ」

振り向けば、ジャージじゃない長身が見える。横顔ですらムカつくくらい男前な、短距離の王者。憎き俺の敵、隣のクラスで一番モテるイケメン。神から二物を与えられたラッキーボーイ。

「おいおい、穏便にな?」
「…何の記録も残せねー奴らが邪魔しやがって」
「ったく、うちはしがない県立ですよアナタ。アフターケア求めてんなら何で推薦蹴ったんだよ」
「うっせ」
「禁句でしたー。陸上続けてるだけ奇跡だよなぁ、ほんと」

中学時代に叩き出したレコードは未だ無敗、推薦蹴って一般入試を受けたらしいうちの高校は、ハイジャンプが少しばかり有名な県立だ。

「あの小鳥遊大雅が、童貞捧げたカテキョに遊ばれてたなんて口が裂けても言えねーよ」
「本気で殺すぞテメェ」
「うわうわ、すいません!すいませんでした!うちの姉ちゃんがご迷惑お掛けしました!」
「声がデケェ」

県立故に倍率は高いが、それ以外に利点があるものではない。

「でも、続けてくれて、おれは嬉しいよ。馬鹿姉の所為で金メダルの卵潰す所だった」
「うっせ」
「結婚してからホント真面目になったんだよ、あれでも。そうだ、予選見にくるって」

成程、と小さく吐いた息は忽ち凍えて白く濁った。確かに甘酸っぱい嫌な記憶だ。

「来るなっつっとけ」
「大雅のお姫様にすっげぇ興味あっから無理だろうな」

家庭教師に遊ばれたエース、推薦蹴る程に荒れた。とか、そんな感じだろう。小説みたいだ。

彼が走る予選をきっと、俺は見に行くだろう。いつも以上にお洒落に時間を懸ける幼馴染みを、毎朝と同じ様に待って。

情けないとは思わないけれど、胸に引っ掛かる何か。取り出し口で沈黙したままのココア、冷めていく手の中の蜂蜜レモンは幼馴染みのご指名だ。



「………いい加減吹っ切れた、と、思うんだけどなぁ。なんか未練っぽい感じ…」

きっと予選当日はちょっとしたデート気分。けれど可愛い幼馴染みの眼差しは俺ではなく、別の男のものだ。
頭を振って、ちらちら落ちてくる雪を見上げた。そろそろ隠れるのはやめにしたい。自分のココアが呼んでいる気がしてきた。


「陸上部、雪だから休みってわけ」

ぼそっと呟いて、蜂蜜レモンのプルタブを開けた。
いつもはココアを愛飲している俺だが、自販機の横に隠れてしまった今、幼馴染み宛てのジュースを冷たくなるまで放置するのは忍ばれる。買い直す前に証拠隠滅だ。

「じゃ、おれ彼女に電話しなきゃなんねーから」
「勝手にしろ」
「たまの臨時休業だかんな。お前も息抜きしろよ!」

蜂蜜レモンを待っているだろう幼馴染みを思い浮かべつつ、慌しく去っていく足音を聞いた。どうやらハイジャンプの王子には彼女が居るらしい。興味がないから、初めて知った。


「………行った、か?」

とりあえず、そろそろココアを救い出そう。何で隠れる必要があるんだ、馬鹿らしい。
これでは盗み聞きみたいではないか。

「あー、ユッコ凹むだろうな…。体育館なんか見学出来ねぇだろ、どうすんだ、小鳥遊大雅め」
「どうもしない」
「どうにかしなきゃアイツが暴れ出すんだよ、迷惑被るのはこっち…」

ずずっと蜂蜜レモンを啜りながら、溜息混じりにぼやいて硬直する。
漸く助け出した左手のココアを奪われて、バクンバクン上下する心臓を持て余しながら見上げれば、


「アンタさ、あの女と付き合ってんの?」

かぽん、と。
俺のココアが犯される音がした。
ああ、カイロ代わりになるならまだしも、よりによってコイツに奪われるとは。

「うさぎみてぇな髪した、チビ女」
「つ、きあって、ない」
「いつも一緒に居んじゃねぇか。教室から見てんだろ」
「そ、れは…」

近くで見れば見る程に、格好良い。
いつもいつもぼやいている幼馴染みの背中を思い浮かべて、カカオの香りがする唇を呆然と見ていた。


「俺を見てるだろ、いつも」

酷く近付いてきた赤い、ほんのり甘い、カカオの苦味。
混じり合う白い吐息はどちらのものだろうか。判らない。

「…やっぱ、甘ぇな。」

視界一杯の唇が囁いた。
緩く笑みを刻むその赤をただ呆然と眺めながら、

「甘い気がしてたんだ、いっつも。…セックスは出来ても、他人とキスなんて考えらんねぇって思ってたんだけどな」

冷たい指先が頬に触れるのを見ている。息を潜めたままで。
条件反射で俯けば、いつもトラックを掛けている一対の足が見える。


「なぁ」

薄汚れたフロアシューズなのに、まるで別物みたいだ、と。



「何で、…あんな顔で俺を見てんの?」

呆然と見上げれば、何かを期待しているかの様な眼差し、女の子が騒ぐ美貌の中心に。


恋する事に恋している幼馴染みの顔が浮かんで、消えた。手から滑り落ちた黄色い缶が足元を濡らす。

重なる影を雪が埋め尽くすまで、あと何分くらいだろう。


「アンタとあの女が付き合ってるなんて話、ハナから信じちゃいなかったんだ」

また、二人分の吐息が白く弾けた。

「…そんな顔でいっつも見てんだもんな、アンタ。見てる方が恥ずかしいっつーの」

見ているこちらが恥ずかしくなるくらい光に満ちた眼差しが、夢を見ているかの様に甘く解ける。
こっちだって恥ずかしい、と言い返せば、僅かに高い位置の眼差しが笑みを描いた。

「煩ぇ周り黙らせる為に仮入部しただけの陸上なんか、本気で辞めるつもりだったのによ…」

胸に引っ掛かっていた何かが、するり。
頬を滑る指が、するり。


「今度の予選も見に来いよ。来なかったら全校集会の真っ最中に犯してやる」
「冗談、だろ。いつも小鳥遊を見てるのは俺じゃなくて、」
「あの女は違う。恋愛してる自分に酔ってるだけだ。だから何の行動もしない。ただ見てるだけ」

また。
近付いてきた唇を、恐らく俺は拒めない。


「俺は見てるだけじゃ足りねぇんだよ」

幼馴染みに恋している自分に酔いながら、恥ずかしげもなく横恋慕していた卑怯な俺は。

「アンタは?」

いつもキラキラ輝いていた幼馴染みの瞳を曇らせる事になっても、誰にも言えない恋愛だと判っていても、きっと。


「ねぇ、飛鳥ちゃん。
  …何でそんな顔で俺を見るの?」

降り積もる雪の様に、夢見る目で口を開く事をやめられないだろう。

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*めいん#
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