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最終更新2021/10/15(詳細はUPDATE)

ふさとつま

私は、今年八歳になる雑種の雄猫だ。
生後2ヶ月余りで今のご主人様に拾われ、今や元捨て猫とは思えぬ幸福な生活を送らせて貰っている。

「ふさ、ご飯だぞ」
「にゃー」

私の豊かな白い毛並みは“チンチラ”と言う分類の猫に似ているらしく、その見た目から私は『ふさ』と名付けられた。私の毛並みを人間はふさふさと呼ぶ。
拾い主は目の前の存外単純思考である彼だが、実のところ飼い主は二人だ。いや、どちらかと言えば一日の大半はもう一人の飼い主と暮らしている。

「今日は何時上がり?」
「うわ!」

私の食事風景を眺めていた彼を、背後から抱き締める頭一つ大きいもう一人の飼い主。元々このマンションに一人暮らししていた彼は、小説家なる仕事をしている。
所謂人気作家であり、二人は恋人同士だ。猫の身で言うのも何だが、雄同士の割りに随分仲が良い。

私が拾われてから何の経緯が合ったのか、高校の同級生と言う接点しか無かった二人がルームシェアする事になり、あれよあれよと言う間に今へ至る。
単純風に見せて思い込みが強い拾い主と、神経質に見せて単純な家主は両極だと『つま』が言った。

「今日は早く帰れる…と、思う」
「それ昨夜も聞いたんだけど」
「早川先生は〆切を守る方だから大丈夫だ…多分」
「早川ねぇ。あんな陰気臭ぇ奴の担当なんざやめちまえ」
「おい」

聞いての通り、出版社で働いている拾い主に眉を寄せた家主。すらりと手足が長く上背もある家主は、人間の雌から求愛を受ける事もしばしばだ。
その度に膝を抱えて食事をしなくなる拾い主は、昔どうしても好きだった人間が居たらしい。まだ幼かった私を膝に乗せて、独白の様に口を開いた。

『農家の息子なのに、暇潰しで書いた小説がドラマ化したんだ。昔からそうなんだよ。アイツ、縁起担ぎで買った宝くじが当たったりするんだ』

運に恵まれてる。
拾い主はその人間の事を語る時、猫にも判るほど幸せそうな顔をした。
私より二年遅れてやってきた『つま』は、サニタリーで丸くなり日差しを浴びながら欠伸を発て、いつも無関心そうな態度を見せていたが、ピクピク耳が動いていたのを私は見逃さなかった。

「ったく!何でお前はそう心が狭いんだよっ」
「ガタガタ煩ぇ。良いから出版社なんざ辞めちまえ」
「巫山戯けるな、無理に決まってるだろう!」
「ちっ、大体お前が編集やってるっつーから…」

肩を震わせ目を吊り上げた拾い主に、腕を組んだ家主は目を伏せながらぶつぶつ呟いた。
基本的に恋人以外には興味がないらしい家主は、職業柄自宅生活なので怠惰に伸びた髪を適当に結い上げている。「つま」は、それをまるで雌の様だと鼻で笑った。気位が高いロシアンブルーは、我が家の隠れた王様だ。

今も毛繕いしながら『みゃー』と一言。『痴話喧嘩は猫も喰わない』、確かに胃凭れしそうだ。
飼い主二人の痴話喧嘩など日常茶飯事、どちらを庇っても半日後には仲直りしているのだから放っておくに限る。

「何の為に面倒臭ぇ物書きなんざやってんだ、意味判んねぇ。辞める」
「は?」
「仕事辞めるっつったんだ。辞めた辞めた、くそ面白くねぇ」
「出来る訳ないだろ?!ドラマは?映画は?つか連載だってまだ、」
「俺はなぁ、何度も言ってんだろ!お前が専属担当じゃなきゃ意味ねぇんだよ!いい加減判れ馬鹿野郎!」

ダンッ、と拾い主の頬すれすれで壁を殴り付けた家主が珍しく声を荒げた。
この展開は初めてではないだろうかと、尻尾と耳を逆立てて飛び起きる。無意識に『なー』と鳴いてみたが、猫らしく何の意味もない声だ。普段寝ているばかりの私でも、これには平然を保てない。

「つま」はくわっと欠伸を発てて、私とは違いスマートな体を伸ばしている。流石だ。


「お、まえ。そうやって、いつもいつも、全部、が…俺基準なのかよ…」
「だったら悪いか」
「重過ぎるよ…」

力なく俯いた拾い主の表情を、きっと家主は見る事が出来ない。人間で言う『整った顔』を歪め、今にも舌打ちせんばかりに壁を殴り付けた拳を解いている。

「…逃げられたら堪ったもんじゃねぇからな。一度は逃がしてやったけど、もう無理だ」

私は、拾い主の足に頭を擦り付けた。

「自覚しろ。お前は俺のもんだ」
「俺は、」
「モノだよ。俺だけの。お前が手に入るならお前の人権なんか破棄してやる」

いつもはすぐに私を抱き上げてくれる筈の彼はずるずると座り込み、震える両手で顔を覆ってしまった。
自嘲に似た微かな笑みを浮かべた家主が、冷め切ったマグカップを手に廊下へ消えていく。神経質そうに見えて単純な癖に、やっぱり判り難い家主はきっと、仕事用のパソコンの前で膝を抱えているに違いない。彼は気位が高い人間なので、例え恋人の前でも弱い自分を見せられない雄なのだ。

「…ふさ、おいで」

家主は最後まで彼の表情を見ていない。

「死にたい」

単純な様で内向的な拾い主は、然しやはり単純な雄だったので、私の毛並みを震える手で撫でながら、

「…もう、いつ死んでも良い」

顔を歪ませていた。



「幸せ過ぎる」

マグロの切り身みたいな頬が、とても美味しそうだ。







おやおや、またお早い仲直りだと言わんばかりに、カレーの匂いを漂わせたリビングで鯖の素焼きを食べ終えた「つま」が髭を動かした。
拾い主の実家で栽培した無農薬野菜を煮込んだカレーは、猫の私ですら一度は食べてみたいと思える程に、先程まで肩を並べて食べていた飼い主達は幸せそうな表情だった。

食べ終えるなり慌しく風呂へ向かった二人がいつもより長風呂なのはさておき、


「今頃、子作りに夢中だよ」

気位が高いロシアンブルーの台詞に、顔を洗っていた私の目が丸くなる。
人間には発情期がない。雄猫は雌の求愛がなければ子作りする事は出来ないが、ならば人間は何を切っ掛けに発情するのだろうか。私は猫なので良く判らない。

「愛、と言うものさ」

あい。

「誰かが誰かを大切に思う、心」

二切れずつの鯖の素焼きを、一つ残した「つま」が言った。「つま」はとても物知りで、私にはとても優しい。いつもこうしてご馳走を分けてくれる。

「とは言え、発情期がない相手への求愛は大変だ」

やれやれ、と尻尾を揺らした「つま」が私の毛繕いをしてくれた。私は三切れ目の鯖の素焼きに夢中で、珍しく弱気なロシアンブルーの表情には全く気付かない。

「鯖は美味しいなぁ」

『なー』と歓喜の声を挙げれば、『にゃー…』と「つま」が鳴いた。はいはい、そうですね。と言う、大人びた相槌だった。
食べる事と寝る事が人生の楽しみである年老いた私を、きっと哀れんでいるのだろう。私は猫なので哀れまれても腹を立てたりはしない。


「はぁ。ただでさえジーサンだってのに、去勢までしやがって人間共め…」

美しいキャットウォークが自慢の「つま」は、爪先立ちと言う名の由来がある。
私より四歳年下の、若い雄だ。



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20040707「超☆擬人化アンソロ企画」投稿作
加筆修正

- ふさとつま -
*めいん#
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