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最終更新2021/10/15(詳細はUPDATE)

忘却と煉獄の追悼

好きだと言う秘めた想いの吐露へ対する返答が、告げた言葉と等しく同じ確率は、極めて少ない。
想いが魔法の様に叶うならば、この世界に後悔など存在しないだろう。

俺は後悔を知っている。
現在進行中の未練は過去の失態を咎め悔やみながら、腸を喰い焦がし続けるのだ。


「熱でもあるのか?」

軽く瞬いて首を傾げた相手に、耐え切れず伸ばした手はその頬の柔らかさを認め、

「おい、冗談はよせ。…罰ゲームとか言うなよ?」

唇の柔らかさを伝える前に、生暖かい他人の吐息と共に吐き出された【呪文】で、



「気持ち悪い。」

こんなにも容易く、人を後悔の煉獄へ陥れる。じわりじわりと精神から肉体までをも蝕もうとする過去の失態は、恐らく生涯消えないだろう。

俺はそれを知っている。
叶う確率の低さを知りながら耐えられなかったあの日から、今も尚。




忘却と煉獄の追悼











幼馴染みが結婚したと言う風の噂を最後に、俺と言う人間は世界から立ち去った筈だった。
高校一年の春から、細胞を蝕み始めた病は三十路を前に命の灯火を吹き消し、闘病生活に疲れた実年齢以上に老けた両親に満足な礼も言えないまま。

全身を蝕む痛みを薬で誤魔化し、けれど全身を蝕む恐怖に包まれて。俺は、底知れぬ未練を抱えたまま心臓を止めた筈だ。


「何処だ、此処…」

見た事もない、まるでアニメ映画の魔法都市の様な巨大な街が見える。吹き付ける砂嵐、照りつける太陽、砂漠のど真ん中に一人。
見た事もない文字で「ツヴァイク」と書いてある巨大な看板は、街の入り口だと思われる2つの建物を繋ぐ橋の様な役割を果たしていた。

「あんなハングルみたいな文字が読める…」

呆然と呟けば、自分が黒い布を纏っている事に気付いた。遠くから馬のいななきに似た遠吠えが聞こえて、振り向いた瞬間凄まじい砂埃。

「…誰だ?こんな所で何をしている」

聞き覚えがある声、だった。
止まった筈の心臓がドクリと跳ねて、被っていた布の隙間から逆光を帯びた人影が見える。

「そのローブの紋様…、魔法学校の新入生か?入学式には送迎の翼車が出ていただろう」

翼を生やしたラクダが浮いている。ふわふわと、羽毛で包まれた翼を優雅にはためかせながらフンフン鼻を鳴らして。
騎乗している男が少しばかり面倒臭げに囁いて、微かな溜息を漏らした。そう、この男はとてつもない【人間嫌い】だ。誰が話し掛けても平気で無視する様な、厭世主義だったと思う。

「何の、冗談だ」
「…何か言ったか?まぁ良い、いつまでもこんな所に蹲られては迷惑だ。ただでさえツヴァイクを狙う国は多い」

やはり夢だ。
最後に会ったのはもう十年以上前で、あの頃はまだ高校生だった。ペシミズムと言っても決して悲観的ではなかった【幼馴染み】が大好きで、出来れば一生付き合っていきたいと思うくらいに、大切で、…愛しくて。

「…乗れ。面倒だが仕方ない。事務局まで連れていってやる」

何万人かに一人、なんて。
宝くじ染みた奇病にさえ愛されていなかったら、拒絶したりしなかった。


愛していると言われた。
俺のものになって欲しいと言われた。
舞い上がるくらい嬉しかった癖に、見付かったばかりの耳馴染みがない病名に怯えて、悲観的になっていたから。どうせ死ぬんだ、と。諦めていたから。


『何の冗談だよ、熱でもあるのか?』
『俺は本気だ』
『尚悪い』
『陸!』
『っ、離せ…!』

伸びてきた手が頬を。
近付いてくる唇、大好きな顔が近付いてくる光景に覚えたのは恐怖。
好きだった相手から愛される確率の低さくらい知っていて、なのに己の体は永く保って十年だと。無慈悲な医者から投げ付けられた台詞に狼狽えていた、余りにも幼い子供だったから。

「フードが落ちかけている。ウィザードを目指すなら顔を晒してはならない。一般常識だ、意識しろ」

意味不明な言葉を囁く唇を見ていた。面倒臭いとばかりに逸らされた眼差しが、こちらを見る事はない。
彼は人間嫌いで、いつも酷く不愉快そうな表情をしていて。俺以外には冷たくて、だけど俺だけには笑い掛けてくれた。

「…早くしろ。俺は暇じゃない」
「は、はい」

置いていかれそうな気配に慌てて顔を上げれば、怪訝そうな眼差しとかちあった。
見開かれた深紅の双眸、記憶と同じ黒髪なのに、その眼だけが記憶とは違う。幼馴染みは、何処から見ても日本人だった。黒髪、黒目の。

「その、顔…」
「あ、ああ、…すみません。今度からちゃんと隠します。内緒にしてて下さいませんか」

今頃きっと、新妻と二人。
仲睦まじく新居で暮らしているに違いない。ああ、悪い夢だ。どうせ夢なら、…此処が死後の世界なら。
せめて恋人同士みたいに、甘い甘い夢が良かった。


一瞬で理解したのは自分が魔法使いの卵で、どうやら今から魔法学校なる学校へ入学すると言う事だけだ。
高校卒業前。誰にも告げず、ひっそりと都会の病院に入院した俺は卒業式にも出ていない。辛うじて卒業証書だけは送られてきた様だけど、親は担任には留学したと言った様だ。

誰にも言わないで欲しいと言ったから。日に日に増えていく点滴、日に日に増えていく治療、日に日に衰えていく肉体。
医師の見立て通り、十年目に俺は息を引き取ったのだろう。

留学説を信じ切っていた元クラスメートが時折寄越すメールと、同窓会を知らせる葉書だけが楽しみだった。
年に一、二度程度の生存報告メールで「王様が結婚したらしい」と知らされた時は死ぬかと思ったのを覚えている。


「…はぁ。未練がましいったらないな」

拒絶したのは自分だ。
幸せを手放したのは自分だ。
魔法の様に望みが何でも叶うなら、病気など吹き飛ばして彼の胸に飛び込んだだろう。
無愛想で偉そうで他人に辛辣な男だったけど、テストは百点ばかりで運動神経も優れていた。何と言ってもあの顔、が。

「ルク、見て。あそこに紅の騎士様が居るよ!」

死後の世界なら天国か地獄と相場が決まっている。まさか魔法都市だとは夢にも思っていなかった俺は、この一年間で比較的速やかに適応していると思う。
未だに魔法らしい実技はないものの、実際この世界にはそう言うファンタジーな設定が幾つも存在した。

「此処の所、何かあるとウィザードエリアにお見えになるんだよねぇ。あぁ、久し振りに見てもやっぱり素敵っ。ルクもそう思うでしょ?」
「ルクじゃない、陸だって」
「レン様ぁ!お慕いしておりますー!」
「そんなに乗り出すとフードが落ちるぞっ」

ツヴァイク、それがこの都市の名前だ。砂漠の島に唯一栄える、砂上の楼閣と言った所か。
規模的には北海道と同じ大きさの島に、日本人口に等しい人間が暮らしている。その特性故に各国から利権を狙われている様だが、ツヴァイクを実際治めているのはメフィスト・ヴィレと言う皇国らしい。

「…煉だけは発音出来るんだよな、ドイツもコイツも」
「あぁん、レン様ぁ、お帰りなさいー!今回もメフィストに行ってたのかなぁ、やっぱりあの噂…」

言っておくが、死ぬ前の俺はガリガリで全身青白い、幽霊みたいな形相だった。自力歩行も起き上がる事も出来なくて、27歳の誕生日を迎えた直後のオッサン手前。
決して未成年ではない。

「はぁ、僕も早くマスターウィザードの称号を頂いて、紅の騎士様みたいにガーディアンの称号も…っ」
「何で王子様が騎士なんかやってんだ?」

幼馴染みそっくりな、ツヴァイク最強の守護神名高い『紅の騎士』は、メフィストの第一皇太子と言う。レンの祖父が現法皇で、次期法皇がレンだ。
彼の父親は若くして亡くなったらしい。と言ってもこの世界、平均寿命が300歳、王族やら力の強い魔法使いになると600歳などザラだ。嘘みたいな本当で、目の前ではしゃいでいるクラスメートは89歳らしい。見た目はどう見ても15〜16歳。

「だから、メフィストの皇族は成人の儀式を受ける為に異国に留学するんだって。で、レン様はこのツヴァイクを選んだの」
「いや、それは何回も聞いた。それで何でガーディアンなんだ?」
「さぁ?あ、でも確かレン様って凄い人嫌いだって聞いた事あるかも。ガーディアンは基本的に単独行動が多いからかな?」

あれが本当に幼馴染みなら、有り得る。生まれた時からの付き合いだ、間違いない。

「でもさ、ウィザードのが難しいし人気あるんだろ?皇子がわざわざ剣振らなくても良いだろうに」
「素晴らしいお考えがあるんだよ、きっと」

ああ、でも確かにアイツは、軽々満点を持っていく癖に、教科書を開いていた記憶が無い。授業中はいつも寝ていた気がする。
なのに体育だけは受けていたから、ああ見えてスポーツマン気質だったのかも知れない。夢の割りには細かい設定だ。流石俺、無意識に惚れた相手を理解している。

死んだと言う認識があっても、ずっとベッドの上だったからか悲しみは皆無だ。

「でもね、一年もしない内にマスターガーディアンの試験に受かったんだって!たった一年っ」

それは凄い。
寿命の長さからか、お国柄か。この世界の人間は何をするにもマイペースだ。出した手紙が一週間後に届くのが『早い』と言うくらいだから、日本の郵政公社は『光速』と言えるだろう。

「確かに、それは凄いな。俺らは未だに基本のテキストも終わってない」
「そうでしょ?でね、それで誰かがウィザードのカリキュラムを勧めたみたい。王族の成人の儀式は、20年間だから」
「ふーん、暇潰しって奴か。ウィザードのが小難しいだろうしな」
「でも、やっぱりすぐにマスターウィザードの称号も与えられちゃってさぁ」

夢の中までも完璧な奴だ。
王族で騎士で魔法使いでもある美形とは、このマイペースな国でもモテる筈だ。老若男女モテるのが頂けないが。
あっちの世界では女からはともかく、男からは嫌われていた気がする。対人関係悪かったからなぁ。

「で、それからはつい最近まで行方不明だったんだけど、戻って来たのと同時に都主様から紅の騎士の称号を与えられて、正式に成人の儀式終了されたんだ。何か自暴自棄になってるって言ってた人も居たなー」
「行方不明?」
「うん。確か、今のレン様が130歳くらいだから…」

どんだけジジイなんだ、あの美形騎士は。

「100歳の時にマスターガーディアンになってぇ、その少し後に…うーん」
「もう良いよ、脳みそ爆発するぞ」

ツヴァイクの奴らは記憶力が悪い。いや、余りにも長生きし過ぎて脳内ハードディスクが足りないのか。

「ああ、そうだ。そう言えば、3年前に大騒ぎしたんだ!」
「ん?」
「レン様が自殺しそうになって、大司教様が神様に1000日間お祈りしたんだよ!」
「自殺ぅ?何でそんな恵まれた王子様がンな事するんだよ」
「噂じゃ、レン様の恋人が亡くなったって話だよ。まぁ噂なんだけどね。だから大司教様が、大地の神様にお祈りしたんだよきっと」

ああ。都合の良い事を考えた。流石自分本位な死後の世界、俺が死んだから、なんて。
アイツは今頃、幸せになってる筈だ。

「とうとう法皇様が退位するって聞いたけど、そうなるとレン様がご結婚しちゃうー。やだなー」
「結婚するのか、アイツ…」
「メフィストの王になるんだもん、当然だよ。今回は長く里帰りしてたから、次は即位式典かぁ」

黒いフードが風に靡いた。
後悔は未だに腸を焦がしている。あの時、あの手を掴んでいれば、なんて。あの時、好きだの言葉に同じ言葉を返していたら、なんて。

「あぁ、空と陸を繋ぐマテリア、恋する者に祝福を!」
「おい、発音出来るなら何で俺の名前ちゃんと呼ばないんだ」
「だって、それは神様の名前だよ?気軽に呼んだらいけないんだもん」
「は?」

何か昔、同じ事を言ってた奴が居た。そう言えば、アイツはいつから一緒に居たんだろう。そう言えばアイツの両親を見た事が無い。

「ル、ルク!ううう後ろ…!」
「え?」

フードが勝手に落ちた。
体が勝手に浮いて、背中から誰かの胸の中。


「…悔いは、忘却を許さず静かに腹を焦がし続ける」

耳元に、酷く懐かしい、声。

「今度は冗談にしないでくれ」

懇願する様に、存在を確かめる様に。優しく強く抱き締めてくる腕に、呆然と。


「れ、ん」

忘れた事などなかった。
ベッドの上で繰り返し見る夢は、いつも大好きな親友の顔。振り返るのが怖い。都合の良い夢なら覚めないで欲しい。今度こそ、本当に死んでしまう。

「知っているか?…魔法使いのフードを覗いた騎士は、その身を以て償わねばならないんだ」

体が勝手に反転した。
やっぱり記憶とは違う紅の眼差しなのに、愛しさばかりが溢れてくる。いつかの恐怖など微塵も存在しない。

「だったら償え。…見たくせに一年も放っておいた罰だ。王様になんかさせない」
「ああ、辞退してきた。祖父の跡を継ぐのは弟だ」
「弟なんか居たのか」
「俺も最近知ったばかりなんだ。まだ二十歳の赤ん坊だが」
「十分、大人じゃないか」
「日本式に言えば、な」

今はただ、あの時みたいに胸を焦がす後悔だけはしたくないと。その胸に飛び込んで、キスをした。


「ル、ルクの馬鹿ーっ!」

忘れられない記憶なら、後悔より幸せを。だって二人は魔法使いなのだから。

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*めいん#
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