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最終更新2021/10/15(詳細はUPDATE)

ヱロス考察:久保田悟の場合

久保聡は非常に完璧な男だ。

見た目の麗しさは最早衆知の事実のため語るに落ちるが、文武両道にして冷静穏和、誰にも等しく接し教師からの覚えもめでたい。そんな彼だが嫉妬を集める事はなく、比較的順風満帆の様に見えた。またそれは推測でしかないが、真実に近い事実だろう。
彼を悪く言う者は皆無だ。それは彼が満場一致で生徒会長に当選した事実が示しているに違いない。

男女問わず好かれている彼は、所属している学籍に男子校が追加されていようが、然程問題ではなかった。
久保聡を知らない近隣学生はもぐりだと蔑まれる程に、彼の片鱗を語る人々の口から悪は感じられない。

彼は、当然だが非常にモテた。
靴箱の中には男子校であるにも関わらず、他校の女子からのラブレターやら校内の誰かからのプレゼント(つまり同性からである)か連日詰め込まれ、スチールロッカーの形が変形している事に教師達も困惑している。
とか、未だ久保聡が傍らに特別な誰かを置いている気配はないが色気めいた噂が多いにも関わらず、今のところ修羅場は見られないとか、遂にはスカウトが連日彼の実家に押し掛け芸能界デビューが約束されているとか。

彼を語るには一日二日ではまず足りないだろう。


此処まで語るにあたり、久保聡と言う人物が如何に皆々から愛されているのかが判って貰えただろうか。

彼はまるで王子様のように全てが完璧だった。彼はまるで悪を知らないかのように正当化され語られていた。久保聡と言う人間を知らない者は居ない、と。



─────本当だろうか?









「混ぜる事、3.14」

唐突は承知の上で言おう。
俺はエロが大好きだ。言うならエロス、いやヱロスと敢えて言おうか。
名作、走れメロスと聞いたら股間がたぎるほどに俺はエロい。因みに隠してはいないのでムッツリではないだろう。だからと言ってひけらかしている訳でもないので、誤解不要に願いたい。

ヱロスが恥ずかしいものとは思わない。アダルトビデオの女優が表舞台に登るご時世に、理性と言う皮を被り紳士を演じるなどナンセンスだ。
男は一律、エロいものである。意外と女の方がエロいのだが、女の子は表に出さないので話が変わる。表に出したとしても可愛さが全てを許すだろう。


─────話を戻そう。
俺はどうしようもなくヱロスを愛する健全なエロ男子であり、それを隠しているつもりはない。

但し、父子家庭で二人きりの家族の片割れである父親が転勤族だったり、幼少期の引っ越し三昧に疲れ果てた息子が寮のある私立中学進学を希望したり、そのまま数年が経ち高等部にエスカレートしたり、幼少期からの引っ越し三昧で人付き合いが余りにも苦手なその息子に友達と言う他人が居ないのが、ネックだろうか。
早い話がムッツリではないがエロい事を知っている他人が居ないと言う訳である。それは最早ムッツリと然程変わるまい。


「…エッチしてぇ」

唐突に青少年の性欲と好奇心の旺盛さを一言で吐き出したのは、かくいうそのエロ息子、つまり話の主役である俺だ。
性に目覚めた中一、父親と離れたばかりの寮生活数日目以来、いつか来たる筈の脱童貞・祝初体験に向けて高スペックな脳内CPUフル稼働で妄想を膨らませている最中である。

「つか、オナニーもしてぇ。このままじゃ、マジちんこ爆発する…」

ネットやらエロ本やらクラスメートの雑談を盗み聞いて蓄積してきた、耳年魔と言う名のハードディスクにマスターベーションの単語と方法が刻まれていた。

「右手か、女体の神秘か…」

だが然し、所詮儚い自家発電でしかない。いつか来たる筈の輝かしい初体験まで、何人たりとも俺のエクスカリバー…いや、ヱロスカリバーを抜いてはならないのだ。

勿論、アーサー王も、己自身も。

「おっぱいおっπおっぱいおつぱいおつπおつπππππ…3.14」

未だ生で拝んだ事がない女体の神秘。平たい印刷物の中で大股広げるアイドルの、巨大な脂肪の塊を凝視しながらCPUを駆使する。

「ぱいずり…おっぱいで、あんな事をされちゃうのか…。どんな暴力もπの前では無力だ」

女の子のおっぱいとはつまり、俺の墓場だ。棺桶だ。柩だ。挟まれたりしたら俺はもう言葉が出ないかも知れない。
返事がないただの屍だ。当然である。船乗りで言う海、侍で言う戦場、おっぱいは俺の死に場なのだから。オーパーツ、おっぱいは幻の財宝なのだ。

「早くエッチしてぇ。もう朝勃ちの恐怖に耐えるのは嫌だ。このままじゃオアズケ趣味が確立してしまう…。誰か俺の貞操を奪ってくれ、いや、貞操を奪わせてくれ」

一人でシコシコやりたくても、初体験に異様な期待を抱いている俺だ。初めてが右手なんて、世間一般の枠組みじゃ満たされない。



「奪わせてくれ、か」
「おっぱいが好きだー!」
「破廉恥な独り言だ」

家庭科室のプレートが掲げられた一室に、果たして噂の久保聡の姿があった。
聞くに耐えない青少年の性の主張に、今の今まで無言で耳を傾けていたらしい彼は読んでいた週刊漫画雑誌から目を離し、傍らの調理台に広げられたラングドシャへ手を伸ばす。

「おっぱいが嫌いな男なんか居ないだろ、あ、ほっぺにカス付いてるぞ」
「俺は別に好きじゃない」
「悪い病気なんじゃねぇのか?大丈夫か?病院行くなら付いてってやろっか?そしたらムチムチな看護師さんとも触れ合えて一石二鳥だ」
「真顔で言うなよ。あれは脂肪の塊だぞ」

甲斐甲斐しく台拭き用のフキンで『王子様』の頬を拭いてやる少年に、噂の王子様は『俺の美しい顔を雑巾で拭くな』とは言わず、その形が良い眉を潜めるに留めた。
この二人の関係を、友人で片付けるには些か問題がある。

「だから良いんだろ。ささくれて固いばっかの男が、柔らかい女体に癒されたいと思うのは自然の摂理ではあるまいか」
「お前、それで本当に学年主席なのか?口を開けば下ネタしか言わない」
「もう駄目だ。毎日毎日悶々としながら料理ばっかしてるから、間違ったフィンガーテクが磨かれていく…」
「ああ、明日はプリンが食いたい」
「了解ですよ畜生!」

冷蔵庫を覗き込み卵オッケーと親指を立てた余りにも無愛想な少年は、同じく無表情で親指を立てた久保聡が「あの」久保聡である事を知らない。
と言うより、久保聡は三年進級を間近に控えた二年生だが、下半身の熱い主張を訴える少年は一学年年下だった。寮も棟が違う為に顔を会わせる機会がなく、加えて女体の神秘にしか興味がない調理室の主である少年と言えば、王子様よりお姫様に興味がある。

この学校、いや、この近隣で唯一、久保聡の名前を知らない少年の名は久保田悟。クボサトルに一文字加えた、クボタサトルである。

初対面はおよそ半年前、生徒会長に推薦された久保が『面倒臭ぇこと押し付けやがって』と内心苛立ちながらも、元来負けず嫌いであるらしい彼が手を抜く訳もなく、選挙の意味がないほどあっさり生徒会長に当選した直後の事だ。

入学直後である筈の新入生が、マーベラスおっぱい!と叫びながら、泡立て器で生クリームを一心不乱に掻き混ぜている所に遭遇した。曰く、乳レベルの固さに生クリームを泡立てていたらしい。
あの時の衝撃は今も忘れないだろう。馬鹿だと言うよりも、その必死さに半ば感動した。


家庭科室と生徒会室は同じフロアにある。普段、用がない生徒は寄り付かない別校舎の三階だ。となると放課後、居る者は限られる。
久保絶対主義の生徒会役員達は信者に近かったが皆それぞれ人柄も良く、決して久保聡にとって悪いものではないと思えた。

が、見た目の良さが内面に比例するとは限らない事を誰よりも知っていたのは当の久保聡であり、彼は自分の外見が如何に好まれるものかを知っていたので、つまり自分が『性悪』だと思っている。
その為、片親である母親以外の誰からも知られてはいないが、彼は本音と建前を月とスッポンレベルで使い分ける、それこそ【完璧】な『猫被り』に成長した。

「なぁクボンヌ、オナニーってどんなん?ちんこ、ひたすらシコシコするんだろ?」

この喋れば下ネタしか口にしない自称ヱロスである後輩は、久保の周りには全く居なかったタイプの人間だ。
可哀相な程に抜き出た所のない醤油顔、平凡と言うよりはやや不細工よりに入るのではないかと思われる彼は、初対面で久保聡に向かい『誰だそこのイケメン』と宣った勇者である。

曰く彼には友人が一人も居ないらしい。
本音で付き合える友人、と言う枕詞があれば久保聡との同じ読みの名前以外の二つ目の共通点だったのかも知れないが、童貞だと自信満々に宣う久保田悟とは違い、童貞でもなければ右手童貞でもない久保聡は自ら経験者だと公言する勇気はない。

聞かれれば答えるとしても、だ。

「もうお前はそのまま一生チェリーでいろ」
「クボンヌ、何か言った?」
「いや。ああ、それより来週の日曜の話聞いたか?」

聡が悟に出会ってから数ヶ月後、双方の両親がどんな経緯からか知り合い、互いに子持ち独身と言う事で交際を始めていた。聡にしてみれば顔だけが取り柄で浮気三昧の挙げ句、若いキャバ嬢と蒸発した父親を心底見下していた母親にはとっとと幸せになって欲しいため、依存はない。

「どうしても行かないと駄目か?」
「嫌なら構わないだろう。ただ、母さんが悲しむかな」

いや、本音ではないが。
何せ双方の両親を引き合わせたのは何を隠そう、この久保聡その人なのである。

久保聡はこの、成績優秀だが運動神経皆無で、煩悩の塊だが父子家庭で培った素晴らしい家事能力を有した悟が気に入っていた。
出会って三週間が経過する頃には、聡を噂の久保聡としてではなく『菓子目当てにやってくる先輩』として扱う後輩に、疾しい欲望を持っていたと言えるだろう。

手っ取り早く手に入れる為には、とりあえず入籍だと。母親が勤めている会社に転勤してきた上司が悟の父親だと知り、ほくそ笑んだのだ。
いや、もっと言えば母親が勤めている会社の本社の社長が、聡の出来損ないの父親の父親、祖父なのである。悟の父親が祖父の会社に勤めている事を知った瞬間から、息子は勘当したが孫は可愛い祖父に『おねだり』したに過ぎない。

知らないのは今やラブラブの両親と、明日のプリンの下準備に勤しむ悟だけである。


「クボンヌ、俺は親父が憎い」
「あ?」
「あんなおっぱいが大きい利沙子さんをモノにした達郎が憎い」

利沙子とは聡の母親で、達郎は悟の父親だ。確かに聡の母親は贔屓目抜きに美人だが、悟には美貌よりCカップの方が余程重要らしい。
聡に言わせれば普通一般の乳だ。母親の乳など見飽きているため、何とも思わない。見たくもない。

後腐れない女と後腐れなく遊ぶ方が気が楽だ、と早々に悟った聡にハングリー精神…欲求不満と言うイベントは無縁なのだ。

「俺は悟と兄弟になりたいな」
「クボンヌ…」
「そしたら、色んなこと教えてやれるし」
「クボンヌ!」

目を輝かせ、椅子に座る聡の足に縋り付いてきた醤油顔を見つめ麗しの微笑を浮かべたが、両親の再婚が【入籍】に変換されているとは考えもしないだろう悟には効果がない。

「俺、俺、初体験したら一番最初にクボンヌに報告するからっ」
「そうか、楽しみにしてる」

にっこり微笑みながらラングドシャを齧った彼が、その完璧な美貌の下でいつ悟の“初めて”を頂こうかと舌なめずりしている事になどやはり全く気付かないヱロスの使者は、近い未来、報告すべき相手から報告すべき初体験を奪われるなどとは微塵も考えていなかった。

「まずはディープキッスがしたい。そんで、そんで、乳首に突入する」
「そうかそうか」
「一人暮らし始めたら合鍵作って、お揃いのキーホルダー付けてプレゼントするんだ」

その野望全て、義兄から奪われるとは露程も疑わず、ヱロスに憧れる少年久保田悟はひたすらに目を輝かせ語り続けた。




後に久保聡は久保田聡として近隣の伝説となるが、その寵愛を一身に受けながらも脱童貞を夢見続けた勇者・久保田悟の名は、残念ながら然程語られず終わったと言う。


ヱロスよ永遠に。

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