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最終更新2021/10/15(詳細はUPDATE)

ここではないどこかへ

微妙男子の典型である俺の唯一の自慢は、不良ばっか集まった地区最悪の不良校に入学した事だ。
気弱な奴すら入学してしまうと不良になってしまうと言う、ある意味スペシャリスト養成高校とも呼べるだろう。


元々は偏差値、倍率、共にそこそこ宜しかった学校だった。筈だ。転勤族だった親父のお陰で生まれてからほんの半年も暮らしていなかったこの町に、最後の転勤…早い話が栄転で戻ってきたのが去年の話である。
中学3年、の余りに微妙過ぎる時期に編入した俺には友達が出来なかった。何せ受験シーズン真っ只中、卒業まで一年を切った状況で青春にかまけられる奴など居ない。両親曰く、クラスメートの中には幼馴染みも居たらしいが。バブバブ言ってた頃に並んでおしめを取り替えた仲、などと言われても再会を懐かしむまでには行かないだろう。
事実、友達こそ出来なかったが、クラスメートに悪い奴は居なかった。編入生の物珍しさは受験戦争中だろうが万国共通と言う訳だ。友達付き合い、例えば部活に勤しむだとか、カラオケ巡りだとか、校庭でサッカーだとか、中学生らしい楽しみはなかったが、学校生活は中々楽しかった気がする。時期違いの編入生を遠巻きにしているのではなく、端から興味が無いのだ。何せ皆それぞれ必死だったから。転校が多かった俺には有り難い距離感で、悔いはない。

さりとて、特に勉強が出来る訳でもない俺は、担任に相談し近場の公立校を選んだ。無難に滑り止めも幾つか。
然し元々この町で生活していた事もある母親は、近場の公立校が如何に難しいのか延々語り聞かせ、栄転の余韻に一年経っても酔っている親父は、受かったら何でも買ってやるとほざいた。そんなに難しい学校なのか、と舌打ち一つ、受験料を払ってしまった手前今更取り消せない俺は、形ばかり勉強した。

晩秋肌寒い師走初日の話だ。手遅れにも程がある。

まぁ、滑り止めは受かっていたし。公立校が駄目なら、本社勤務中である親父の脛を骨になるまで齧るべく私立へ通えば良いだけ。
奇跡的に受かれば、最新式パソコンと液晶テレビとナイキのスニーカーを買って貰おう、なんて宝くじ気分だった。


微妙男子の典型である俺の受験日は、余りに微妙過ぎる事件で幕を開けた。受験場を目の前にして、タチの悪そうな奴らに絡まれたのだ。
何発か殴られて奪われたショルダーバッグ、財布は諦めても良いから受験票だけは取り戻す必要がある。取り返そうと暴れる俺を、奴らは人数に物を言わせて痛め付けようとした。金まで取られて暴行される微妙な受験生なんか、何処探しても俺くらいだ。


「何ダセェ真似してんだ、テメェら」

自信と誇りに満ちた声、勝ち気な瞳に浮かぶ存在感、微妙な俺から全てを奪ったその声の主は勝利を疑わない双眸で、世界を。
俺の知る平凡で平坦な世界を。

「失せろ、俺が居ない所まで」

簡単に打ち壊した。








「何ぼーっとしてんだ、お前」
「いやー、初めて会った日のこと思い出してたっつーか」
「あん?あー、俺の格好良さに惚れた日の事か」
「自意識過剰って知ってる?」
「格好良かっただろ?」
「否定出来ない、けど。何か釈然としない」
「認めとけ」

例えば正義のヒーローと信じて疑わなかった別世界の生き物が、茨城の片田舎生まれ実家は農家、などと言う、いっそ晴れやかな経歴を持っている事を知ったのは入学式終了直後のホームルームで。
原宿育ちの俺を輝かんばかりの目で見つめてくれた生き物は、ディズニーランドに連れていけと帰りぎわ意気込んだ。舞浜は千葉だ。都内ですらない。

「あーあ、トーキョーっつっても何も無いんだな。USJもねぇし、中華街もねぇ」
「東京の面積考えろよ」
「俺ぁ遊びてぇんだよ!テーマパークで!」
「読売ランドでも行くか、来週」
「あんなん東京じゃねぇ!裏に山あんじゃねぇか!」

初対面の格好良さを半日で打ち壊してくれた生き物は、翌日にはキラキラ光輝く金髪に変貌を遂げ、初日から着崩していた制服を益々崩壊させて行った。今では風紀からも生活指導からも睨まれる立派なヤンキーだ。

「今年も親父さんの転勤危機は去ったんだろ?」
「あ、うん。向こう3年は本社勤務らしい。課長になったから」
「都内転勤っつーのも面倒な話だよなぁ。アクアワールドから東照宮行く様なモンだべ」
「喩が茨城かよ」

進級する頃には何処かの少年漫画宜しく舎弟なぞこさえていて、本人万更でもない事を俺は知っている。

「あー…ミッキー、ミッキーが俺達を呼んでやがる」

黙っていたら凄まじく目を惹く美形が、人混み犇めく地下鉄の隅で涎を垂れ流す光景とはこれ如何に?

「剥げ掛けたポスターから呼ばれる覚えはない」
「シンデレラカーニバルが俺達を呼んでる…ちくしょう」
「いつの広告だよ。期限切れてんじゃん」
「ミッキーに会いたくねぇのかお前は!」
「つか何だよ俺達って。俺は小学生の頃にミッキーと握手したから」
「この都会もんが。浮気か」
「…あほか」
「んだよ、ノリ悪ぃな東京モンはよぉ。バイト代入っても奢ってやんねぇぞ」

大体からして読めないこの生き物は、帰り道のスタバでスカウトなんかされた癖にコンビニでバイトしている変わり者だ。

「奢ってくんなくて良いから呼び出すなよ。毎回毎回」
「あ?俺にあんなむさ苦しい奴らと帰れっつーのか」
「だったら追い返しゃ良いじゃんか。店長さんもビビってるみたいだし、あれには」

バイト帰りには毎回毎回、自称舎弟らがこぞって迎えに行くらしいが、この生き物はそれこそ毎回毎回、俺にメール呼び出しをしてくれる。曰く、迎えに来いらしい。

「駄賃やってんだろ」
「夏も冬もガリガリ君一本で迎えに行ってんだけど、こっちは」

確かにコンビニから徒歩3分の俺のマンションは近いかも知れないけれど、同じマンションに一人暮らししている奴を迎えに行く必要はあるのだろうか。

「働かなくても仕送りあるんだろ?そう言えば何でコンビニなんかでバイトしてんだよ」
「親の金なんか遣えるかよ。男なら自分で稼いでナンボだ」
「あーそ」

然もただの田舎農業だと馬鹿にしていたら、テレビにもちょくちょく出てる有名な家らしい。都内の有名なホテルとか食品会社に出荷しているコイツの家は金持ちだ。うちの父親が30年ローンで買った分譲マンションの最上階を、一括で買っちゃうくらいだから。

「何か勘違いしてんだろ、お前」
「は?」
「うち買ったの俺だかんな」
「何が?」
「だから、あのマンション買ったの俺だっつってんだよ」
「…はぁ?」
「受験祈願ついでに買った年末ジャンボが当たったんだ、中3ン時」

相変わらず混んだ車両の吊り革を掴み、ドアに背中を預けている俺を覗き込んだ生き物は何の気もなく宣う。想定外の台詞に硬直した俺は、今年の正月、デパートの福引きで一等の液晶テレビを当てたコイツを思い出した。
今やあのテレビはマリオカート専用だ。何が悲しくて最新50型ワイド液晶でスーファミなのか。

「クジ運あんだよな、昔から。不労所得で稼いでも充実感ねぇからあんまやんねーけどよ」

そう言えば、バイトのお迎えに行く俺の駄賃ならぬアイスキャンディーは高確立で当たり棒だ。今更気付く所が微妙男子である俺の長所か。
相変わらず謎めいた生き物である。宇宙人だと言われたら納得してしまう程度には。

「…はぁ、俺はお前が益々判らなくなって来た」
「あん?何でだよ」
「何でって、何ででも。頭パンクしそう」
「意味判んねぇ、痴漢すんぞ」
「あほか」

尻を鷲掴まれてガックリ肩を落としながら、ただただもう、俺とはまるで違う別世界の生き物を見上げた。

「こんな判り易い俺を理解してねぇなんてよ、がっかりだ。気落ちした」

揶揄めいた眼差しを細めた男が笑っている。ああ、まるで目の前に見えない壁がある様だ。

「落ちる所が変態かよ、宇宙人」
「ふ、地下鉄に痴漢は付き物だろうが」
「今度絶対バナナの皮ぶつけてやる。地の果てまで滑り落ちろワリオ」
「ピーチ姫には負ける気がしねぇな」

隣にいるのに、こんなにも親しい様に演じているのに。一向に狭まらない二人の間にはきっと、鉄壁の壁。ベルリンの壁の様にいつか壊される事を望んでいるのだろうか、臆病者の俺は。

「卒業までに、ミッキーに会いてぇなぁ」
「卒業したらあっちに帰るんだっけ」
「あー、何か親父の体調が良くねぇらしいかんな。じいさんもヘルニア拗らしてっしよ」
「…ふーん」

俺はお前とは違うんだ。
普通一般の枠から越えられない平凡で平坦でつまらない男で、きっとこのまま何の問題もなく大学に進んで、流されるまま就職するに違いない。

「淋しい?」
「あほか」
「寂しがれよ、ヒデェ奴」

すぐ目の前にある別世界に飛び込む勇気もないまま、

「あー、…いっそお前連れて帰っかなぁ」
「は?つか何で」
「お、我ながらナイスアイデア。卒業と同時にケッコンしよーぜ、うちボロいけどデケェから部屋ならあるし」
「いやいや意味不明」
「で、毎日味噌汁作れよ」
「料理なんかした事ないし。知ってんだろ」
「そこはそれ、ほら、愛の力で」
「一ミクロンもない、そんなもの」
「ヒデェなぁ」

笑う唇だけを見ていた。
どんな表情を晒しているのかなど知りはしない。今のこの生温い日々を壊したくない一心で、目の前の別世界を遠巻きにしたままずっと、此処から動こうとしないのだ。


「俺はこんなに愛してんのに」


手を伸ばせば容易く手に入れられる距離に在るのだ、と。
本能的に気付いていても、微妙男子である俺の何処に勇気の欠片は存在しているのだろうか。

「…嘘ばっか」
「ヒデェなぁ」

飛び越える勇気がない俺は、目の前のここではないどこかから目を反らす勇気さえ持てないまま、で。


今のこの関係を壊さない為なら何でも出来る気がした。カツアゲから救ってくれた正義のヒーローに一目惚れした瞬間から、ただの一時も絶える事なく夢見ながら、今も。

「なぁ」

手を伸ばせば容易く手に入れられる世界を夢観ている。
飛び越えるだけで壊れる今の世界から、




「次で降りて、ラーメン食いに行こうぜ」


君と言う名の、ここではないどこかへ。

- ここではないどこかへ -
*めいん#
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