メインアーカイブ

最終更新2021/10/15(詳細はUPDATE)

耽溺する五題

性悪なのか淋しがりなのか計算なのか強がりなのか

俺達は別に友達ではない。同じ小中学から同じ高校へ進学しただけの、言わば同級生だ。赤の他人に近い。
何故ならば一度として同じクラスになった事が無いのだ。互いに顔と名前は知ってる程度で、会話らしい会話をしたのは高校二年の春。

初々しい後輩、新入生達の群れを何とも無く眺めていた時にそれは起こった。

「「寒そうだ」」

呟いた台詞はイコール独り言だった筈で。こうも計った様に運命的ハミングを奏でるなど、誰が気付いていただろうか。
きゃっきゃ楽しそうな後輩の笑い声をBGMに、昨夜眠れなかった俺は数メートル離れた先で瞬いた男と見つめあった。

「「…」」
「被った、か?」
「見事に被ったな」
「お前と打ち合わせした記憶はないんだが」
「残念だが、生憎私にもない」

いつもクールなイメージがあった男のきょとんとした顔は、中々の見応えがあった気がしない事もない。相変わらずきゃっきゃ楽しそうな新入生女子の声を聞きながら、舞い散る桜吹雪の中で見つめあう高2男子二人。耽美な画だ。

「お前、自分のことワタシっつってんのか。生徒会長の癖に変わってんだな。変態か?」
「変わっているのはそちらだろう。地区最強の不良と名高い君が皆勤賞且つ学年次席とはな」
「俺はこの学校の女子の制服に抗議すべく入学したんだ。それに不良って何だ、初めて言われた心外だ。俺と言うナマモノで二次創作するとは、著作権侵害甚だしい」

著作権使用料寄越せと手を出したら、イチゴミルク飴を3つもくれた。こいつは良い奴に違いない。今まで眼鏡としか思ってなかった。恥ずかしい、俺は恥ずかしい男だ。

「変態なんて言ってごめんな。これからは心の中で思うだけに留めるから」
「何処から突っ込めば良いか判らんが、女子の制服に抗議するとは些か穏やかではないな。因みに君が入学した当時、風紀委員だった私の従兄は胃潰瘍で入院寸前だったんだが」
「膝丸見えのボックスプリーツなんか穿かせやがって教育委員会め、この一年幾度と無く改変要求メールを出していた俺の努力を無にした罪は重い」
「やはり去年連発した教育委員会当ての爆破予告は君が犯人か」
「畜生、付いてこい。直々に乗り込むぞ」
「教育委員会へ?」
「文部科学省だ」
「始業式はどうする。私には在校生挨拶が控えているんだが」
「在校生挨拶と女子の膝上ボックスプリーツとどっちが大切だ」
「比較にならん」
「だろう、急げ。時は一刻を争う」
「それは別に構わないが、制服改正案なら校長へ申し開きした方が実現に近いのではないか?」
「お前頭が良いのか羨ましい」
「君と一点差で学年首席だからな」

ふ、と笑ったアイツは俺の腕を掴んで歩き始める。体育館に向かっているのだろうか。女子のロングプリーツ実現を涙ながらに諦めて、ボックスプリーツの膝丸見えに埋もれなければいけないのか。悔しい。俺は踝がちらっと見えるくらいのスカートが好きなのに。ブレザーよりセーラー派なのに。

「俺をこのまま誘惑するつもりだなミニスカ派め。畜生、ちょっとでも良い奴と思ったのに」
「いや、そもそも今の校長室には誰も居ないからな」
「何で判るんだエスパーか。もしかしてその眼鏡が千里眼になってんのか、ちょっと貸してくれ」
「始業式に出席しない校長が居たら是非紹介してくれ」
「何だこの眼鏡、何も見えん」
「私の視力は左右0.1だ」
「そうか俺は2.0だ。とりあえずこの眼鏡は借りておく。見たくない女子の膝から俺のピュアハーツを守るために」
「私が見えなくなるんだが」
「挨拶するだけだろ?手ぇ繋いで壇上に上がってやるからケチケチ言うな」

その日、氷の皇帝と有名だったらしい生徒会長の裸眼と、その左手に繋がれているヤンキーの右手で体育館は震えた。らしい。
校長の挨拶を聞いている内に会長の手を掴んだまま寝てしまったから、俺はその騒ぎを見ていない。

「寝顔が思いの外愛らしかったから眺めていた」
「見物料寄越せ。女子のロングスカートから覗く踝ソックス写真寄越せ」
「私のスラックスから覗く踝ソックスなら生で見放題だが」
「お前は天使か」

天然変態と無表情変態と言うかアレ何か間違えた。




凄絶で凶悪に妖艶

「聞いてくれ相棒、オスカーが身籠っていたんだ。これは裏切りだ」
「留学生か?」
「違う近所のペルシャだ。アイツは…アイツは雄だと信じて疑わなかったのに…!」
「長毛の猫は尻を見ても判り難いからな」
「孕ませたのは憎きアンドレ!畜生、ロシアンだからって俺のオスカーに手を出しやがって!俺の黒髪よりくすんだ灰色のが良いのか!オスカァアアアル!!!」
「そんなにその雌が気に入ってたのか」
「雌とか言うな。俺のオスカーは煮干しなんかじゃ寄り付きもしない気高いペルシャだったんだ。だから俺は昼飯の残りのクリームメロンパンを雨の日も風邪の日もインフルエンザの日も献上しに行ったんだ」
「インフルエンザの時は土日掛けて入院していなかったか?ああ、あの病院の隣で飼われていた不細工な猫か」
「俺はこの恨みを忘れない。例え女子のスカートが長くなっても、アンドレへの恨みは決して忘れはしまい!」
「良し、今日の分は終了だ。書類提出しに職員室へ行って来る」
「俺も行く。カフェオレ飲む」
「今日は佐藤先生が休みだから砂糖もミルクもない筈だ。そもそも教職員用のコーヒーだからな」
「佐藤め…明日アイツの授業中にエレキギター弾いてやる」
「アンプまで持ち込むつもりか」
「ランプなんか要るのか?」
「弾けるのか?」
「初体験だ。今から胸がドキドキしている。俺は明日大人になります!オスカルへの想いを断ち切る為に…!ああっ、俺のフサフサ尻尾!あれを舐めるのが俺の生き甲斐だったのに…!」
「帰りに新しく出来たカフェに行かないか。珍しいジェラートがあるそうだ」
「猫カフェか?三丁目のゼラートは大層可愛いアメショーだが雄だったぞ」
「イタリアのアイスクリームだ。とことん甘いぞ」
「お前は天使か。そのいやらしい笑顔だけで俺の心は震えた」
「防衛本能か」

たまに見せる微笑がエロいらしい会長



愛し愛される振りのラブゲーム

「大変だ旦那様、助けてくれ」
「爽やかな朝から下駄箱の前で何をしている」
「土下座だ。男が命を懸ける時は、下手なプライドなど捨てて頭を下げねばならないと漫画に書いてあった」
「余程深刻な問題の様だが、見世物になっているぞ。とにかく生徒会室に行こう」
「駄目なんだハニー、お前の頼みでも今の俺は此処から動く事は出来ない。頼む、俺のお願いに快く頷いてくれ」
「判ったから早く立て、私が苛めているみたいじゃないか。まだ虐めた覚えはないんだが」
「昨夜うっかり空になったメンタムのケースに発情してしまった。いや、たまたま返しそびれた『淫乱猫☆今夜もネッチョネチョ』を再生したから立ち上がらない方が可笑しい訳だが」
「また何処から突っ込めば良いか判らん話に突入した様だが、良いのか。君の趣味が皆に知られたぞ」
「いつもの様に右手フル稼働しようと思った時に、指先に怪我してる事に気付いて…メンタム塗ってからシコれば良いかと思ったのが運の尽き、因みにメンタムは小さいサイズでした」
「つまりそれに挿入したんだな」
「その通りだダーリン、興奮していた俺は先っぽにメントールの刺激を受けていつもの三倍興奮した。今までの俺とは一皮も二皮も違う、荒れ狂うナポレオンが誕生したんだ。メンタムの空き瓶の中で、な」
「判り易いオチが見えてきた」
「それだけではまだまだ足りない気がして、おニューのトレンチコートを着て深夜の散歩に出た。コートの下にはナポレオンwithメンタム、通り過ぎる人達に気付かれないかハラハラしながらいつの間にか校門を乗り越えていたんだ」
「だからそんな姿なのか。下は素っ裸か?」
「そうだ」
「やはりな」
「余りに興奮し過ぎてナポレオンが抜けなくなった。先走りがガピガピに固まって、もうどうにもならない。このままでは俺は変態の仲間入りだ」
「惜しいな、既に変態だ」
「メンタム取ってくれ、会長。恥を忍んで頼む。もうお前しか頼れないんだ!」
「とりあえず生徒会室に行こう」
「頼む!頷いてくれ、昨夜から弄りまくったちんこが痛くて立ち上がれないんだ!ちょっとでも刺激を与えたらまたナポレオン皇帝が君臨なさるだろうよ」
「判ったから捕まれ、抱き上げてやる。こんな所で君の裸を曝すのは耐えられない」
「生徒会室の方が嫌だ。先月俺が新聞屋から貰ってきた猫カレンダーが貼ってある」
「人目よりカレンダーに恥じるか」



あれは俺のものではない

「会長、最近あの人と仲が良いみたいですね」
「そう見えるか」
「然し彼は地区最強の不良でしょう?チーム『イルガット』の総長と言えば、隣町の不良達も畏れているとか」
「思うんだが、ガットとはやはりアレのイタリア語だろうか」
「はい?」
「何でもない」
「何でも町のカフェを溜まり場にして、ほぼ毎晩集会を開いているとか。副リーダーは金獅子と恐れられた高坂組の現若頭と言う噂ですよ。悪い事は言いません、会長…」
「君に私の交友関係をとやかく言われる覚えはない」
「っ、失礼しました…!」

慌ただしく去っていく副会長の背中を一瞥し、引き換えにやってきた見慣れた黒髪に眼鏡を押し上げる。生まれ付き金に近い茶髪である会長の家族は日本人の父親以外茶髪で、元々黒髪だった父も年老いて今や白髪だ。

「さっき副会長と擦れ違った。見つめられたが俺に惚れてるんだろうか?弱ったな、猫耳付けてロングスカート穿いてくれないだろうか。それなら考えてやらない事もない」
「自意識過剰だな。睨まれたの間違いだろう」
「だろうな、アレはどう見てもお前に惚れてる。つか女子の八割はお前に惚れてる。やっぱ頭の良さか」
「顔だろう」
「馬鹿言えお前、滅多に笑わない無愛想なお前の顔より俺のが良い男だろうが」
「世間一般では君も十分無愛想、いや無表情に分類される」
「知らなかった。驚愕の事実だ、産んだ母さんを恨もう」
「昨日の夜、は」
「仕込んだ親父殿も恨もう。明日辺り枕に爆竹仕込んでやる」
「何をしていたんだ」
「昨夜?オムライス作って食って、いつも通りゴーグル付けて風呂に飛び込んで浴槽の底で鼻打ったな。だから無愛想になったのかも知れん、迂濶だった」
「出掛けたりはしなかったのか」
「いつもの猫カフェには行ったが、学校帰りに寄って8時には帰ったぞ」
「イルガット」
「俺が部長やってる猫ラブ倶楽部知ってんのか?まさか定例オフ会に連れてって欲しかったのか?でもお前動物アレルギーだろう、気持ちは判るが我慢しろ」
「違う。…まぁ良い、大体理解した。それでオムライスを作ったのか君は。その顔で」
「俺の料理の腕を舐めんな、舐めるのは尻尾だけにしろ変態眼鏡が」
「変態と謂われる覚えはまだない」
「十分変態だろうが」
「失敬な、私の何処が変態だ」
「俺に惚れてる癖に」



溺れていたのは俺の方だ

「やっぱり変態だ」
「朝一の挨拶すっ飛ばしてそれか」
「腰遣いがエロ過ぎる。変態過ぎる。俺が華も恥じらう処女だって知ってる癖に」
「気持ちよさそうにしていただろう、君も」
「いや実際気持ち良かったからな」
「…それは、光栄」
「エロいなりに優しくしてくれて有難うな変態」
「素直に喜べない」
「それはそうと風呂入りたい」
「遅刻するぞ、折角の皆勤だろう」
「オスカルはもう人妻だから会う意味が無い。登校の楽しみはオスカルとの一時のアバンチュールだったからな」
「複雑だが立てないんだろう、私の責任だ。バスルームまで運んでやる」
「おう」
「湯を蓄めながらゆっくりシャワーでも浴びていろ。着替えとタオルを用意しておく」
「お前も一緒に入ろうぜ?新婚だろ、俺ら」
「…先に入っていろ」
「おうよ」
「あれが計算だったら余りに恐ろしいが、私の考え過ぎだろうな。…駄目だ、既に溺れさせられている気がする」

それなりに経験はあるが、初恋に等しい感情が渦巻いている。昨日より今朝の方がずっと威力を増した。
最初は面白そうな生き物だと興味を揺さ振られただけ。事実、昨日の生徒会室でコート一枚の変態に指摘されるまで無自覚だったのだから、案外自分は馬鹿のだろうか。情けなくも自覚した途端、タガが外れた気がする。生徒会室で曰く処女剥奪して、延々揺さ振った挙げ句、一人暮らしのマンションにまで連れてきてから夜更けまで貪ってしまった。何も彼もが初めて尽くしだ。
相手は男だと言うのに、

「おーい、まだかー?お湯蓄まったぞー」
「あ、ああ、今行く」

一緒に風呂、など。耐えられるだろうか。いや、無理だろう。初めて出来た恋人相手に、幾ら一夜限りの経験が数多あろうが健全な高校生男子。
溺れさせられた分、もっと溺れさせてやりたい。飄々としているあの顔を、もっともっと、ぐちゃぐちゃに歪ませたい。自覚はある。自分は猟奇的な変態だ。気に入った相手を苛めるのが大好きだ。苛めて苛めて、可愛がりたい。大半は可愛がる前に逃げるのだが。

今回は逃がしたくなかったからきっと、大切に大切に壊れ物に触れるかの様に甘やかしてきたのだろう。初めて会話した瞬間から、どっぷり溺れていたに違いない。

「反撃開始、か」

同じだけ溺れれば良い。
これから毎日毎日、目一杯甘やかして目一杯愛して、メロメロにしてやる。苛めても逃げなくなるまで、綿密に。
そして溺れ死んでしまえ、猫のフサフサな尻尾よりもフワフワした愛の中へ飛び込んで、二人共。


「………何をしている」
「ブクブクブクブク、ごふっ!ちっ、やっぱうちの風呂とは勝手が違うな。うちの風呂より深いからあわや水死体になる所だったぞ、謝れ」
「風呂に飛び込むな風呂なんかで溺れるな」



提供:リライト

- 耽溺する五題 -
*めいん#
[29/54]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -