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最終更新2021/10/15(詳細はUPDATE)

似た者同士な二人

いつも誰かに囲まれてるな、と。
クラスの中心に居る彼を見ていた。傍観者とか言う訳ではなく、何の接点も無かったからだ。単に。

不細工ではないけど目立つ訳でもない別段普通の俺が、入学式からずっと同じクラスの彼を「人気者」としてしか認識していないのは当然だろう。
女子は休み時間になると仲が良い友達と固まって、いつも彼の話をしている。何が好きだとか昨日のアクセサリーは何処のブランドだったとか、内容は実に様々ながら話題に上るのはいつも同じ人間だ。

「また髪染めてたね〜っ」
「今度はシルバーアッシュ!超似合ってたっ」

聞くつもりがなくても聞こえるもの。
休み時間なんかぼーっとするか本を読むか、同じく暇な奴らと雑談するしか方法がない俺は、たまたま比較的仲が良いお笑い要員のクラスメート数人といわゆるエロ話に花を咲かせながら、痛々しい童貞達を見る目に気付いた。

「AVなんか観てんの?お前ら」
「わりぃかよ」

あっちが華々しい人気者なら、こっちは平凡集団。
唯一、騒がしさならクラス1だろう佐々木が片眉を跳ね上げれば、「人気者」を囲う明らかに素行が悪そうな奴らが馬鹿にした目で笑った。

「ダッセェな。マリ、アイツらの童貞貰ってやれよ」
「やーだ、金積まれてもお断り」
「間違いねぇ!あたしだってやだぁ」

化粧と香水の匂いしかしない女子と、目に痛いアクセサリーだらけのイケメン達と。

「こっちだってお断りだっつーの、貧乳共っ。分厚いパット剥がしてから出直せ、巨乳万歳☆」
「死ねよ佐々木!」
「キモい佐々木!」
「なぁなぁ、キメェよなコイツら」

その中央にまるで王様の様な、彼。
騒ぎ発てる佐々木と睨む女子達とゲラゲラ笑うイケメン、対する俺達平凡。皆の視線を一身に集めた男は何の感慨もなく、


「くだんねぇな」



また、人気者の株が上がった。
いつからかシルバーアッシュで定着した彼は何処かの不良グループを制圧して、今や総長らしい。
騒がしいだけが取り柄の佐々木は生徒会会計に奇跡の当選、今や会計の友達へ昇格しただけの俺は、何処かで道を誤った様だ。



「かなえ」


甘い甘い、とろける様な声に呼ばれて目を伏せる。高等部から男女クラスが分かれた為に、この一年むさ苦しい男子ばかりが詰め込まれた教室の窓に夕陽が落ちていった。

「何処に行ってたんだ、お前」

静かな声音で首を傾げる男の足元に、いつか佐々木を馬鹿にしたクラスメートの姿。俺の机には見るも無残な夥しい落書き、床で弾けた花瓶と菊の花はきっと、俺の机に飾られていたものだろう。

「さ、さき、が。探してた、よ。…会長」
「何処に行ってたんだ、奏衣」
「先生に呼び出され、て。プリント、再提出して、来た」
「何で俺に何も言わなかったんだ」
「ごめん、なさい」

圧倒的人気者は易々生徒会長に当選して。何を間違ったのか、何の取り柄もなければクラスメートと言う接点くらいしかなかった俺を「恋人」として宣言した。つい数ヶ月前の話だ。

初めてまともに話したのは高等部に入学してから。佐々木とも仲が良かった皆ともクラスが離れて、苦手だったイケメン達と一緒になってしまった教室で、いつからか苛めが始まった。
女子が居ない事によるフラストレーションが溜まってたんだろうと思う。毎日机に落書き、靴箱はゴミ箱代わり、教科書も筆記用具もなくなるし、本当に、隣のクラスの佐々木がちょくちょく顔を出してくれてなかったら、退学を考えたかも知れない。それでもまだ、序の口だったんだ。

「教師以外と話してねぇよな?」
「話してない、よ」
「なら良い」
「何で、高橋君達に手を出したんだよ。お、俺が誰とも話さなくて、目を合わせなかったら、誰にも暴力奮わないって言ったじゃん」
「お前に触ったからだ」

狂ってる。
当然の事だと言わんばかりに吐き捨てて、転がる奴らを蹴り飛ばす男に目眩がした。何で、どうして。
ただ、話してみたかっただけなんだ。傷だらけでぼーっとしている姿を見付けた時に、ちょっとだけ好奇心が擽られて。たまたまポケットに入っていた絆創膏一枚、そんなものでは足りない傷に気付きながら、俺は。

『大丈夫?』

本気で、下らない好奇心だけで。
人気者に話し掛けただけ、だったんだ。苛めが始まってクラス中から見放されて、鈍い教師には気付いて貰えずに、話し掛けてくれる人なんか佐々木か他のクラスの友達だけ、で。

淋しかったから。
話し掛けるな、と言われても良いくらい。それでも会話になるなら無視よりマシだと思ったから。


『やっと近付いたか、奏衣』

にやり、と。
初めて見た「クールな人気者」の笑みに寒気がしても、名前を呼ばれて舞い上がった馬鹿な俺。


勝てる喧嘩なのにわざと手加減した男は、苛めを知っていながら見知らぬ振りをして、俺が疲弊するのをただ見ていたらしい。
俺が彼に何をしたのだろう。彼は俺に何がしたいのだろう。

奪われた携帯電話は傷だらけの男の手の中で砕けた。
最初から少なかったメモリは今やたった一つ限り、目の前の人気者だけが登録されて、目の前の人気者と全く同じ機種に変わった。


電車で30分だった通学が徒歩30分、バイクで10分の距離に変わり、祖父の代に購入した古びた建て売り住宅に父母と三人暮らしだった生活が、今や目の前の男と二人暮しだ。
煌びやかな分譲マンションの一室へ、閉じ込められる様に帰るしかない。


「そろそろ帰るか」
「う、ん」

誰も気付かない。
人気者会長と付き合っているらしい俺を苛めるのに夢中で、恋人同士なのにキスすらした事がないなんて、誰も。


俺が他人に触れたら怒る。
他人が俺に触れたら怒る。彼すら、俺に触れるのはいけないらしい。余程の事情がない限り、触れないと言う。

彼は俺に何がしたいのだろう。
意味が判らない。意味が判らない。意味が判らない。

「かなえ」

一度キスされそうになった時、に。
泣きそうな表情をした彼は、身動き出来なかった俺を置いて出ていってしまった。オートロックのマンションに、内側からも鍵がなければ外に出られない部屋に俺一人。
置いて丸一日、帰って来なかった。


俺は。
未だに彼を何も知らない。


無駄に広いマンションにたった一人で暮らす彼を、マンションから一歩踏み出せば誰からも囲まれる彼を、何一つ。


「帰ろう、か」

けれどそれでも、親からも無視される家で暮らすより、学園中から苛められようが監禁に似た二人暮しの方がマシだと思うから。
外に別の家庭がある父親にも、さっさと家を出た兄貴ばかり可愛がる母親にも、何の未練もない、から。
家出した次男を探そうともしない彼らにはもう、何の未練もないから。

「飯、どうする」

なんて。
平凡で何の才能もない俺は、一人。

「うちで、食べよ?肉じゃが、作る、から」
「良いな、それ」
「帰ろう、…香苗」

利己主義な父親に酷く似た横顔を持つ人気者に笑い掛けながら、今日も。

「とっとと帰るぞ、奏衣」

甘ったるく微笑む同じ韻の名を持つ声音が何も言わない事を救いに、何も言わないまま、明日も。



俺がこの世で一番嫌いな父親に酷く似た彼は、彼が恐らくこの世で一番嫌っているだろう女に似た俺にはきっと一生、触れないだろう。
小さな好奇心から始まった全てが、破滅に向かっている様な気がした。

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*めいん#
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