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最終更新2021/10/15(詳細はUPDATE)

猫と狼の最初の一歩

大学入学と同時に同じゼミに入ったアイツは、女子曰く『孤高の狼』らしい。
ンなもん俺に言わせりゃ『餓えた狂犬』だ。何よりアイツは凄まじく人相が悪い。

ヤクザの跡取りだとか某国のマフィアだとか、一人歩きしまくった噂に違わず人を寄せ付けない雰囲気を持った奴は、とにかく無口で目付き最悪。

最初は特に何とも思わなかった。俺より指一本分は小さいだろう噂の『狂犬』を、見掛けたらついつい眺めてしまうくらいで、同じゼミでもコンパに出ないアイツと俺に接点はない。
誰が話し掛けても一言二言頷く程度の返答しかしないアイツは浮いていて、それとは真逆に『ハレムの獅子』なんて言われてる俺にはコレから先も一生、関わり無い相手だと思っていた。


最近、何だか良く目が合う気がする。

あの威圧感半端ない目で睨まれたら普通泣いてんじゃないかとか思う訳だが、そこはそれ、誉められた様な高校時代を送ってない『獅子』は売られた喧嘩を笑顔で売り払う性根の曲がった大学生、睨まれたら見つめ返せこの美貌で、なんて冗談半分、無言の戦いは繰り返された。

一発殴ってやろうか、いや然しマジでヤクザだったらヤベェか、でも殴らせんのはやっぱ腹立つな、とかとか考えていたのも始めだけ。

今やあのギラギラ煮えたぎった眼に見つめられると、何だかムラムラしてくるのだ。



「俺ってマゾっ気あんのかなー」
「は?オメーは完全サドだろーが、笑うサディスト」

安いが美味い、と言う向かうところ敵無しな食堂で、ぽつりと呟いた独り言は独り言として成立しなかった。
ハレムの獅子は常にハーレムの真っ只中、孤独とは縁遠い。

「やだー、あたしもサドなんだよねぇ。でもベッドの中までは判んないじゃん?」
「きゃはは、サドって逆にマゾだよね!他人を痛め付けて快感、なんてさ、逆に言えば痛め付けられたいって願望があるからなんだって」
「おいおーい、女がする話じゃねぇだろー、それ」

賑やかしい仲間の声を耳に、冷めても美味いが何だか物足りないカツカレーを無理矢理飲み込み、


「コーヒー買って来る」
「あたし午後ティーレモン」
「黒ウーロンが良いなぁ」
「ビール!」
「うぜー、聞こえねぇ」

背後のブーイングに手を振り、食器トレーを返却して財布を漁る。
長引いた講義のお陰で、遅くなった昼飯はゆっくり食べられたから良かったものの、何だかしっくりこない。


それもこれも、


「今日はアイツを見てないからか」

大体、同じ政治経済学科なんだから、講義が重ならなくても見掛けるくらいするだろうが。
いや、この半年近く何かしら毎日見掛けたあの顔が、幾らブルーマンデーだからって居ないのはやっぱり何だかしっくりこない。

「昨日遊び過ぎてサボったんだな」

朝方五時までコンパ三昧だった俺が一限目から講義受けてるっつーのに、入学半年、未だ孤高の狼らしいアイツが遊び過ぎでサボりなんて腹が立つ。
危険な男に弱い女達が、何度かアイツを誘っている場面を見たけど、奴は一度も相手にしなかった。気がする。

「判った、人妻と不倫してんだな、アイツ。ちっ、羨ましーな」

財布を漁りながら小銭79円、80円の紙コップジュースすら買えない小銭の侘しさに札入れを開いて、

「げっ、万札しか入ってねぇ」

また食堂に戻って両替しなければならない現実に舌打ち。どうせこの後の講義は一つだけだから帰るか、などとサボる気満々で踵を返した所で、



「ほら、そんなに急いで食べたら腹壊すぞ?」
「にゃー」

大学のキャンパスには不似合いな子猫の鳴き声と、保育士の様な柔らかい声を聞いた。

「まだ沢山あるから、ゆっくり食べろ。近くにペットショップがなくて、三駅向こうまで行ってたからさ。待たせてごめんな?」
「うにゃ、ふにゃ、うにゃん!」
「でも、やっぱコンビニ弁当は食わせらんないよな、お前。こんなに小さいんだから」

ただの気紛れ気紛れ。
ハレムの獅子、つまり猫科の生き物は気紛れ放題だから、サボると決めた途端軽くなった足取りで、皆からは『荒んだ楽園』と名高い裏庭を覗き込んだ訳だ。



「…マジかよ」


何ともまぁ、噂通り荒れ放題の花壇と風化して色褪せたベンチに枯渇した噴水。その噴水の縁に腰掛けたデザインジャージ姿の男に見覚えが有り過ぎて、ついつい目を擦った。

「今日はこの後に2つ講義があるんだけど…。お前放って行けないよ」

ニットの様な白い敷布の上にちょこんと乗った子猫を眺めながら、ショルダーバッグを小脇に呟く唇に滲んだ微かな笑みに。何も悪い事なんかしてない俺は、辺りを見回しながら物陰に隠れて心臓を押さえた。


「マジかよ、あんな面、初めて見たぜ、おい」

何かヤバイ気がする。ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ、何がヤバイのかなんて理由が判れば焦ったりしない。

「な、何なんだよ…」

何で子猫にあんな表情で笑い掛けて、俺には今にも噛み殺すぞと言う睨みを向けてくるんだろう、とか。

「今日はもう帰ろう。…お前、一緒に来るか?今日はバイトも無いから、首輪とか買いに行こう」
「にゃー」
「それ、食べてからで良いから。ゆっくり食べろよ」


何なんだ、とは。
自分に言いたかったのかも知れない。愛車のインスパイアかっ飛ばしてマンションに逃げ込んだ俺が、命と愛車の次に大切な携帯を落としたまま気付かずに夜を過ごした驚愕の事実に、徹夜明けの俺は爆笑した。


面白くもないのに笑うのは、ストレスが溜まる様だ。





「おー、いい感じに…死んでんな。どーしたよ、我がキャンパスの獅子王様?」
「ナニナニ?昨夜そんなに頑張ったの〜?」
「ずるーい、そんな濃厚な夜だったんならさ、あたしも交ぜてよねー」
「病気貰ったんじゃねぇかー?」

好き勝手ほざく仲間を追い払うのも面倒で、珍しく朝飯なんか作ってしまった俺は全く働かない頭のまま、テレビの通販をボーッと眺め、必要もない青汁セットなんかを頼もうと携帯を探した。
見付からなかったお陰で青汁セットが届く予定は無いが、半日以上携帯の有無に気付かなかった自分に呆れる。一時間に最低一回は着信音を奏でる人気者、寝てる間にメール30件なんてザラ。徹夜した癖に携帯の音がしない事にも気付かないなんて、


「マジ、意味不明。」

繰り返し思い出したのはあの笑顔。子猫に囁き掛ける声とか、子猫を撫でる節張った手とか、丸めた背中とか、秋口の肌寒い風に靡びく髪とか。

「何だろ、何て言うか、俺も撫でて欲しいとか、…思ったり」
「何か言ったかー?」

獅子っつっても人間の男の子ですから、たまには人肌恋しくなるのかも知れない。だからってこの胸の切なさは何だ。五月病か、来月はクリスマスだっつーのに。



「…おい」

はぁ、と切ない溜め息が零れた刹那、騒がしい仲間が一斉に黙った。何だろうとは思ったものの、起き上がる気がしない俺はテーブルに顔を伏せたまま、興味もない映画情報ページを開いている雑誌をボーッと眺める。

「…おい」

何か昨日聞いた声に似てるなとか思いながら、アクションでもホラーでもないただの文学映画のキャスト項目を凝視していれば、雑誌と視界の間に見慣れた携帯電話が現れた。

「あー?俺の携帯じゃん」

間延びした台詞を吐いて、漸く顔を上げる。硬直した男友達とケバケバしい女達の見開かれたアイライナー…と言うか目、順番に見上げていって、最後に。

「昨日、B棟の所に落ちてた。悪いとは思ったが中を見たら、丁度誰かから電話掛かってきて…」
「…」
「君の名前が出たから、預かってたんだ。…返す。勝手に扱ってないけど、一応確かめといて」

押し付けられた携帯を握っていた手にも、無愛想な顔にも、威圧感たっぷりのその目にも。
見覚えありまくりなのに、声で気付かなかったのはソイツが無口だからだ。だって昨日聞いた声と全く違う。


「あ、ちょ、ちょっと待てって!」

無意識に去っていく手を掴んで、振り向いた顔を少し低い位置に見つめながら混乱していた。
マズイ、非常にマズイ、朝っぱらの講堂で、何で元気になってるんですかボク。ゆったりしたスウェット着てて良かったとか考えながら、良く考えたらこれ昨日の寝間着じゃねぇかとか、

「…まだ、何か?」
「いや、あの、えっと…そうだ!携帯!悪かったな、助かった」
「別に」
「待てって!だから、えっと、ああ、お礼だ。拾って貰った礼!したいから、メアド教えてくれ!」
「別にそんな事、気にするな」

ああ、もう。下半身の暴走でハレムの獅子から普段のクールさが消えちまってる。
予鈴で集まって来た皆の視線を痛いくらい感じながら、手を離したらすぐにでも居なくなりそうなソイツにらしくなく焦った。
このまま手を握ってたらただの変態だ。言い訳出来ない下半身もさる事ながら、礼がしたいと言った手前、今更引く訳にはいかない。遊び慣れてても中々礼儀に煩い俺だ、両親揃って警察官だからな。

「あっと、だ、だったら明日!明日暇か?祝日だろ!」
「あ?…ああ、午前中バイトがあるくらいで、午後は別に…」
「映画、行かない?」

ちらり、と。仲間の誰かが開いたままの雑誌に視線を落として、しまったと後悔する。明らかに恋愛要素が強そうな文学映画は、今時の男子大学生の好みから外れてる、絶対。

「この監督、好きなのか?」

何だこの俺らしくない余裕の無さは、と自己嫌悪に陥っていると、目を瞠ったアイツが何だか初めて見る表情を見せた。

「え?あ、うん、そう、好き。えっと、でも何か一人じゃ行き辛いってゆ〜か」

全く知らない映画監督、ではなかったが興味は無い。しどろもどろ、普段映画館になんか行きもしないDVD世代な俺は良心をチクチク痛めつつ、萎えてきた下半身にちょっぴり安堵しながら、

「あ、でも興味無いよな。あは、悪い、忘れてく、」
「いや、俺も…行きたいと思ってたんだ」



晴天の霹靂。



「じゃ、じゃあ、メアド!メアド教えて、明日連絡すっから!」
「あ、いや、携帯持ってなくて…」
「だったら俺の貸しとく!俺、明日一日フリーだから、パソコンからメールするし」
「いや、でも、悪いから…」
「いやいや、気にすんな。持っててろ」
「でも、」
「あー、もー、だったら!今日泊まりに行く!」

叫んで、硬直した。
今まで女の部屋にも泊まった事が無いこの俺様が、まさか自分から泊まりたいなんて言うなんて。
ほら見ろ、馬鹿な仲間達が一斉に固まってんじゃねぇか。俺の添い寝嫌いを知ってるから、凄い目で見つめてきやがるじゃねぇか。

「えっと、でもうちは…狭いし、ペット、居るから」
「気にしない気にしない。狭いの結構、俺のマンションも狭いし。リビングなんか20畳ないもんな、マジ」
「20…?いや、うちは六畳一間のアパートだから…」
「アパート?に、猫飼ってんのか?アパートって、大体ペット禁止とかじゃねぇの?」
「うん、でもマンションはやっぱ高いし。…って、何で猫だって知ってるんだ?」
「あ、あは、そ、そうだ!そのアパート幾ら払ってんだ?」

気迫に気後れしたのか肩を震わせた奴にちょっと感動した俺は、恐る恐る立てられた二本の指に眉を寄せる。

「六畳一間で20万、は、ちょいぼったくりじゃねぇ?都心だったら…いや、でもやっぱぼったくりだ。新築?」
「違う、二万円…。大家さんの奥さんが知り合いで、三分の一におまけして貰ってて…」
「二万?じゃ、それと同じで良い。12畳の洋間、バルコニーとクローゼット付き、の、ペットOKな物件あんだけど。引っ越さない?」
「は?」

きょとん、と首を傾げた姿にまた暴走し始めた下半身に呆れつつ、今までハレムに囲まれていた俺は初めて囲う側になるべく、女子曰く『皇帝の微笑』を浮かべた訳だ。


「因みに183cmの猫が居るけど、噛み付いたりしねぇから」
「え?え?」
「荷物纏めんの手伝うから、講義…あ、俺今日最後まで詰まってんだわ。終わったら駐車場で待ってて」

言ってから教授と入れ違いにトイレへ走った俺が、密かに拳を握り締めつつ前屈みだったなんて。



─────ちょっと情けないぜ。

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*めいん#
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