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最終更新2021/10/15(詳細はUPDATE)

聖なる夜に、祈りを。

貴方はいつ幸せだと感じますか?






そんな質問を街角で受けた時、確か俺は毎日不幸だと言った覚えがある。
でも今なら多分、デカイ声で叫べると思うんだ。






「起きろ!っ、愛してるから、目、開けろ…っ」



ああ、俺は今、最高に幸せだ・と。










初めて付き合った相手は俗に言うイケメンで、クラスで一番の遊び人だった。
付き合う切っ掛けなんかもう覚えていない。ただでさえ五股六股上等、が口癖のロクデナシなんて、たまに話す程度でそんな親しくもなかったのだ。



キス、より早く男同士のエッチに興味を持ったらしい奴から、半ば強姦されてしまった哀れな子羊。


『うん、女より良いかも。また、しよーね』

そんな軽い感想を頂いた俺はその後数日間口を聞かなかったけど、野獣と化した遊び人に押し倒された回数が二桁に達した頃、諦めた。
いや、正確には情が湧いたんだ。


仲の良い奴らも、もしかしたら女ですら知らないかもしれない小さな癖とか仕草とか、知る度に加速して、怒りが独占欲に変化するのはあっという間だった気がする。
気付いたらほぼ毎日エッチして、キスも休日デートも当たり前で、付き合ってる感覚が擽ったくて。

喧嘩もした。仲直りのエッチは毎回盛り上がった。



けど、所詮相手は遊び人。
男の恋人なんて認めてなかったのか、はたまたただのセフレの一人でしかなかったのか、浮気が次々に明るみになっていくのは、それこそあっという間だったのだ。



例えば、浮気現場を見る度に見なかった振りなんかしないで、自分の心に素直なまま詰め寄ってやれば良かったのかも知れない。
例えば、エッチの回数が減って行って、それでもたまに抱いてくれるだけで良いなんて、健気な振りなんかしないで寧ろこっちから押し倒してやれば良かったのかも知れない。



『あー、やっぱお前のが落ち着くわ』

浮気を隠しもしない男が、そう笑う度に胸をときめかせたりしないで。
俺以外に触んな、とか。
俺以外とエッチすんな、とか。

何度も何度も飲み込んで来た台詞を吐き捨てれば、良かったのだ。



付き合って一年が過ぎた頃。
何の相談もなく、恋人だと思っていた奴はバイトを始めた。バイトと言うにはあんまりにアレだが、所謂俳優業だ。

高校生とは思えない演技力とその美貌で一年と待たずトップスター、テレビで奴を見ない日はないくらいに華々しいスポットライトを浴びていて。
益々会える回数が減っていき、大学受験を控えた高校最後の学年に進級する頃には、月に一回会えたら良いくらいだった。


それでも、メールは毎日した。
電話は流石に気が引けて、声を聞いたらきっと会いたくて我慢出来なくなるから本当にたまにだけ。

それでも、律儀にメールを返してくれると嬉しくて舞い上がって。
電話越しに抱きたい、なんて囁かれたら、腰が抜けてしまうくらい嬉しくて、嬉しくて。



三流雑誌にスキャンダルが叩かれても、こっそり夜中のマンションに会いに行って、知らない女とキスしてる恋人を見ても。
見ない振りをしてきた。




でも、やっぱ、限界だったんだ。
クリスマス産まれなんて似合い過ぎか否か、笑えないアイツ誕生日を控えた先週。

久し振りに掛かってきた電話に、コール三回で出た俺は、覚悟を決めていた。



クリスマスに別れよう。
アイツの誕生日に、さようならを言おう。


だから、



『最近会えなかったからな、来週丸々空けとけよ?冬休みだろ、俺ん家で過ごそうぜ』

その言葉に舞い上がるより、悲しくて涙が出た。
どうクリスマスの逢引きを言い出そうかと頭を悩ませた自分が馬鹿みたいで、それでも、誕生日に俺と過ごそうと言ってくれたアイツにやっぱり何処か舞い上がっていて。



『じゃ、プレゼント何が欲しい?』
『お前。』
『はは、気障だなー』

だから、誰もに同じ事を言ってるアイツが、憎らしくなったんだ。





クリスマスは土曜だった。
月曜日からマンションに押し掛けて、終了式にも出ないでずっと二人で過ごした。

スキャンダルの話を聞き出す事もしない。相変わらず生活感がないマンションは、二人で過ごす内に二日と掛からず散らかってきた。
交代で料理をして、近くのスーパーに出掛けたり、真新しいパジャマや生活用品をペアで買い漁ったり。

『お前、熊好きだもんな』
『テディベアって言え!』

些細な事で喧嘩したり、笑いあったり。



『クリスマスは、出掛けんぞ』
『誕生日だからか?』
『ま、そうだな。…昔からこの日に懸けてたんだ、俺は』

何かを覚悟した目で、俺ではない何処かを見つめるアイツに。
俺の方が余程本気で覚悟しているのだ、と。言ってやりたかった。




クリスマスイブ。
突然マネージャーから連絡を受けたアイツは、終わっていた筈のドラマ撮影のリテイクで飛んでいった。


『いつ戻れっか判んねーから、お前は先に行ってろ。絶対、明日の内には行くから!』

別れ際のキスと共にメモを渡されて、買ってきたばかりのケーキも誕生日前夜の料理も、冷め切った。


『…チャペル?』

メモには県内でもかなり有名な結婚式場の場所と、スーツ着用必須と言う赤文字が書かれていて。
三流ゴシップに踊っていた若手女優との結婚秒読み記事や、天皇誕生日と言う素敵な夜に見付けたアイツ愛用のコートの中に忍ばせてあった、明らかに指輪が収められている様な小さな箱を思い出し、



『は、ははは、あははははは』


ケーキも料理もゴミ箱に投げ捨てて、マンションの合鍵をテーブルに残したまま、俺は家に帰ったんだ。




そして、今日。
晴れやかな新郎新婦を二組、見送って。
クリスマスは夕暮れ時から、ホワイトクリスマスに変化した。


「寒いなー、マジ」

小遣い叩いて買った真新しいスーツに、初めてのオールバック。
別れを告げる男の恋人にしては余りに格好良い俺は、煌びやかなチャペルを前にもう半日も待ち惚けと言う無様さだった。

「雪、冷てぇし」

夕陽が落ちるのはあっという間で。
月が昇り始めて、何処からかジングルベルが聴こえて来た時、携帯が音を発てた。


それこそ、ジングルベル。
アイツの誕生日を知った日からずっと、愛しい恋人の着信音はジングルベルだ。

どうせ、これなくなったと言うのだろう。そうやって今まで何度もドタキャンされた事があった。


『悪い、別の女が呼び出してきてさ』
『悪い、いきなりバイトが入ってさ』
『悪い、仕事が入ってさ』

悪いと口では言いながら全く悪怯れない台詞に、何度も何度も許してきたけれど。




「もしもし?」
『悪い、』

もう、俺は知らない振りをしてやるほど、俺は不幸だと悲劇のヒロインを気取るつもりも、なかったのだ。



『今やっと、』
「別れよう」
『…はぁ?』
「もう、お前に付き合うのは懲り懲りだ。バイバイ、鍵は置いてきたから」
『ちょ、何いきなり意味不明な事、言い出してんだよ!』
「俺は、お前を本気で愛してたんだ」


バイバイ、最後に呟いて、過去を振り切る様に携帯を投げ捨てた。
バイパス添いにあるチャペルは賑やかな装飾を煌めかせていて、車道に投げ捨てた携帯は次々に通り抜ける車の波に呑み込まれ見えなくなっている。


「あー、俺って格好良いー」

零れ落ちそうな涙を耐えて空を見上げながら、凄まじい勢いで駐車場に走り込んできたベンツのヘッドライトを横目に、



「おいっ、さっきのはどう言う意味だよ!」
「え?」

そのベンツから飛び出す様に降りてきた今し方別れを告げたばかりの愛しい声を、聞いた気がした。




最後に見たのは、バイパスから飛び込んでくるトラックのヘッドライトだったから。
確かめ様が無いのだけど。








何度も何度も何度も何度も。
愛しい声が名前を呼ぶ幻聴を聴いている。
ピーポーピーポー煩い救急車の音が邪魔だった。俄かに騒めき出した他人の声も耳障りで、折角の幻聴が聞こえなくなると叫び出したいのに、口は貝より固い。



「巫山戯けんじゃねぇ、テメェ…!アイツが死んだらテメェもブッ殺すぞ、ああ?!」
「す、すいませ、」
「やめなさいっ、事情は署で聞くから!まずは怪我人の処置を救急隊に任せて、」

凄く、凄く、煩い。



「た、んじょ、び…」
「おいっ、意識が戻ったぞ!」
「芳樹!」

そう、芳樹。
俺の名前、その声は大好きな大馬鹿俳優の声だ。


「目を開けろっ、芳樹っ、俺だ、判るか?!」
「た、んじょ、び…ぉめで、と、良紀」

良紀、芳樹。そうだ、初めは同じ名前だから、ダブルヨシキなんて笑いながらコイツが話し掛けて来たんだった。

「寒、ぃ、なぁ」
「目を開けろっ、芳樹!」

本当、そんな大切な思い出を忘れてたなんて、俺こそ大馬鹿野郎じゃないか。


「好き、だ、ょ。浮気、されても、す、き、なんだ」
「もうしない!来年から一緒に暮らすんだ、何の為に俺がンな必死に金貯めたと思ってやがる!」

悲鳴に似た声がずっとずっと。

「離れて下さいっ、病院へ搬送します!」
「何の為に18まで我慢したと思って、何の為に今日!これを用意したと思ってんだ!」

他人の声が聞こえた。
左手に違和感があって、何だか重たい腕を持ち上げられて薬指に冷たい何が触れる。



「ずっと一緒に暮らしてくんだろ!嫌だからな、認めねぇからな…!何度違う女抱いたって、嫉妬もしねぇ薄情な奴をっ、俺は死ぬまで手放す気はねぇんだ!」
「ゃ、きも、ち、まぃ、にち、した、ょ」
「判った、もう二度としねぇからっ、あや、謝るから!目を開けろっ、俺を見ろよっ、芳樹!」


ああ、全身が怠い。
こんな幸せな幻聴を聴けるなんて、クリスマスとはなんて素敵な日なんだろう。



「起きろ!っ、愛してるから、目、開けろ…っ、開けてくれよ、芳樹…!」

縋る様に名前を呼ぶ声が遠ざかる。



「しっかりして下さいっ、必ず助かりますからね!」
「くそっ、出血が酷い…!」


だから、今なら世界中で俺が一番幸せに違いない。
だって雪で霞んだ視界に自分の左薬指が写っていて、アイツ愛用のコートの中に忍ばせてあったものと同じ高そうな指輪が、クリスマスツリーのネオンを反射させながら幻想的に煌めいている。


「血圧低下しています!」
「くそっ、急げ…!」

知らない声を他人事の様に聞きながら、俺はこの幸せな夢をもっともっと味わう為に、







「愛してるんだよ、芳樹…っ」
俺もだよ。だからお休み、良紀。




現実世界の彼の幸せを祈り、眠りに就いた。




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季節外れ万歳└|∵|┐

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*めいん#
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