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最終更新2021/10/15(詳細はUPDATE)

肉食らわば骨まで

チャラチャラしているクラスの人気者は、何処からどう見ても世に言う『肉食系男子』だ。
ルーズに伸ばした前髪をカチューシャで上げて、右半分の髪を無造作にヘアピンで止めている。


シャツのボタンなんて無意味。
ネクタイなんて見た記憶が無い。
ベルト、チェーン、ネックレスにブレスレット当たり前、ピアスの数なんて数えてたらキリがなくて。
中学の頃から他校の女子までをも虜にしていた彼は、何を考えたのか男子校に進級した。

「お前ってさぁ、何でK高蹴ってまでンなホモ高に入った訳?」

入学直後から、そんな問い掛けをされている彼を何度も見てきた。
例えば同じ中学からこの高校に入学したのは彼と俺ぐらいで、第一志望に落ちた馬鹿な俺とは違い、外見・成績・運動神経・人当たり共にパーフェクトな彼が何故この高校に入学したのかと言えば、


「あー?何かねー、とーちゃんがオレを共学に通わせて余所様の娘孕ませたらマズイから男子校行けって、酷くない?」
「ギャハハ、マジかよ!」
「あー、マジマジ、だからさー、近場のホモ高で三年も監禁だよー。何か修業僧にでもなった気分ー」

いつもいつも、誰かに囲まれていて。まるでクラスメート全部が幼馴染みみたいに、いつも仲良く笑っていて。

「ま、寮っつっても、抜け道は幾らでもあるからな」
「そうそう、外に出ちまやぁ、ヤリたい放題だろ」
「何なら今夜辺り、クラブにでも行くか?」

だから、同じ中学と言うだけの他人には、別世界の人間だった筈だ。





















「ねえ、付き合おっか?」
「…は?」


秋の夕暮れは早い。
まだ5時を回ったばかりだと言うのに、悲しいくらい薄暗い教室で経費削減に尽力すべく手作り学園祭の準備に励む高校生、いつの間にか他の奴らは夕飯求めて居なくなっていて。


「何処に?」
「あっはっは、ベタだなあ、それー」

トレードマークのカチューシャを外し頭を掻いた男が、いつもの曖昧な笑みを滲ませ近付いてくるのを。

「だって、うちホモ高だよ?」

釘を咥えたまま、トンカチ片手に眺める俺、なんて余りに塩っぱい。

「鉄の味がするねー」
「…」

咥えていた釘が、目前の男の唇に収まっていた。
左手で押さえていた作り掛けの看板が、右手のトンカチによって左手ごとガツンと言う音を発てる。

「い!」
「うわ、何やってんの?」

力加減皆無の右手から殴られた看板は僅かに凹み、左手薬指がものの見事に腫れ上がった。

「…痛い」
「うん、痛そう。冷やして薬塗らないとー」
「保健室、」
「閉まってんだろーね、寮に戻らないと」
「つか、手、離して」
「何で?」

だから、何でいつの間にか他の奴らは居なくなってんだと言う話。

「だって返事、聞いてないし」
「何の」
「おう、予想外の切り返しキタ。オレの一世一代の告白、無かった事にすんの?」

入学してから早半年、中学時代を合わせれば三年半。ロクに話した記憶もなければ、未だにクラスメートの誰もが俺達の共通点を知らないと言う現実はどうした。

「ああ、さっきの付き合おっか?とか言う意味不明なアレかよ」
「何処が意味不明?単純明快、ちょーポピュラーな告白的台詞じゃん」
「俺、男。君、男。孕ませる心配がないからって、人生踏み間違えるには早い気がしないか、16歳」
「あっはっは、オレ早生まれだから15歳だもんねー」
「あ、そ」

中学時代に可愛いな、と思っていた女子はこの男に告白して呆気なく振られたらしい。

「ねえ、付き合おーよ。同じ中学のよしみじゃん?」

目を赤く染めて女子に囲まれていた彼女は、振られてもまだ好きなのとか細い声で言った。抱き締めてあげたくて仕方ないくらい、か細い声で。

「へぇ、同じ中学だって覚えてたんだな」
「勿論。だって好きな人のコトだし?」
「好きな人、か」

きっとこの男はこう考えているのだ。
自分に出来ない事はないのだと。自分を愛さない人間は居ないのだと。自分は世界一幸福な人間なのだと。



「そう、だから付き合っちゃお?キスした仲じゃん」

俺が落ちた第一志望に受かった癖に。俺が好きだった女子を振った癖に。入学してから半年も経つのに未だ友達らしい友達が居ない俺とは違って、誰からも好かれてる癖に。


ボランティアのつもりだろうか。
可哀想な俺に、学園祭準備期間のクラスメート一丸となるこの時期にも関わらず、誰からも夕食に誘って貰えない俺に、クラスの人気者は慈善活動したくなったのだろうか。



「初デートで、ラーメン食いに行かない?学校の裏に夜中まで開いてるラーメン屋あるんだよー」






糞食らえ。





「悪いけど、俺、恋人居るから。」
「嘘だあ」
「そんな嘘吐いてどうすんだよ。…だから、この学校に染まるつもりない」



露出激しいバニーガールが描かれた看板より、俺の方がお笑い草かも知れなかった。















「ちくしょ、ファーストキスだなんて言えっかよ」


あれから数週間、相変わらずクラスの人気者は皆に囲まれていて。
相変わらずクラスの一員でしかないエキストラな俺は、漸く終わった学園祭の余韻を楽しむ仲間もない。あの日の夕暮れを忘れられないまま、あんな事なんか無かったみたいにいつも通りなアイツを警戒しているなんて馬鹿馬鹿しい限りだ。

「ん?郵便受けに何か入ってる」

馬鹿と不良の巣窟である男子校の寮室は基本的に二人部屋だが、同室の奴は滅多に帰って来ない。
殆ど一人部屋気分の自室に戻るなり、インテリアと化していた郵便受けに突き刺さる葉書に首を傾げた。

「同室の奴宛てか?…何だ、俺宛てじゃん」

自宅から転送されたらしい葉書には、中学時代に仲が良かった奴の名前と同窓会を報せるプリントがされている。
卒業半年でもう同窓会かと小さく笑って、近頃めっきり鳴らなくなった携帯を開いた。

「…アイツ、行くつもりかな」

出席、のメールを送信し、向こうも色々忙しいだろうなとベッドに転がって息を吐く。
それでもすぐに返ってきたメールに気分が浮上して、それから暫く俺が有頂天だったのは秘密だ。












「よぉ、元気してたか!」
「変わってねぇな、お前ら」
「ギャハハ、オッサン臭い事言うなや!」

徐々に集まり出した懐かしい顔触れに、運ばれてきたばかりのウーロン茶を片手に挨拶を交わす。
男子も女子も、カラオケボックスのビップルームに犇めきあって、口では何だ言いながらやはり中学時代よりずっと大人びていた。



「リナちゃん、昔も可愛かったけどさ、また可愛くなったよなぁ」
「男居るのかな」
「そりゃ居るだろ。万一居なくてもさ、」

中学時代可愛いなと思っていた女子が、あの頃とは違う化粧と服装で現れ男子のテンションが上がり、

「やあ皆の衆、何かオレってば重役出勤的な感じかなー?」

最後にやって来た男の登場で皆のテンションが最高潮に達したのが判った。

「きゃーっ、かっこいいー!」
「待ってたよーっ!」
「よぉ、相変わらず美味いトコ持って行きやがって!」
「男子校なんかに行ってどうしてるかと思えば、相変わらずそうじゃねーか!」

秋の終わり、季節は冬に差し掛かると言うにも関わらず、薄手のジャケットとTシャツ、ジーパンのカジュアルな出で立ちでやってきたアイツはやはり皆に囲まれた。
隅でチビチビ肩身狭くウーロン茶を舐めている俺とは違い、威風堂々とした立ち振舞いがムカつく。

「屋久島君、久し振り」
「あ、リ…柏木、久し振り」

中学時代のアイドル、リナちゃんに話し掛けられて上擦った声が出る情けなさに涙が出そうだ。

「神尾君と同じ高校に進んだんだよね、屋久島君も」
「あ、うん。柏木は、K高、だったよな。元気してた?」
「うん、新しい友達も出来たし、仲良しの子も多いから」

思い思い席に座る皆を横目に、お調子者が前口上を始めるのを聞きながら、隣に座るリナちゃんに心臓が飛び出そうだった。
うちの中学からはK高に進んだ奴が圧倒的に多い。進学校なのは勿論、アイツがK高志望だと噂が立っていたからだ。

「神尾君、いつもどんな感じ?変わってない?」
「柏木は神尾がまだ好きなんだな」
「やだ、屋久島君ってば!」

純粋にK高を第一志望にしていた俺が落ちて、不純な動機で受けた彼女らや、その彼女らを追い掛けた男子共は受かったなんて。
でも、それが現実なのだ。アイツの存在がなかったら、リナちゃんが俺に話し掛ける事なんか無い。高々委員会が一緒だった程度の俺なんか、彼女にとって男でも何でもなく、ただのエキストラなのだから。


「アタシね、本当は一年の時、屋久島君が好きだったんだぁ」
「………は?」
「委員会一緒になった時、覚えてる?アタシ緊張して失敗しちゃって、先輩達に怒られた事、あったでしょ?」
「あ、…そう言えば、そんな事、あったっけ?」
「屋久島君、庇ってくれたよね。新入生が始めから完璧に出来る筈が無いって、先輩達相手にビシッて」
「あー、でも、あれはあんまりに言い過ぎだったから…」
「屋久島君、背が高くて、普段あんまり喋らないけど、格好良いなって思ったんだ」

晴天の霹靂、とは、まさにこの事ではないだろうか。

「高いっつったって、あれからあんま伸びてねぇから、175止まりだし…」
「でも、二年になってもずっと片思いしてたんだよ」

だったら何で、三年の時に君は泣いてたんだ。なんて、聞けたら勇者だ。然も相手は俺じゃない。



「屋久島君を見てたら、いつも神尾君と目が合うの。明るくて格好良くて皆の人気者で、そんな神尾君がいつもアタシを見てるって、ドキドキしてね」
「…」

なら何でアイツは君を振ったんだ、なんてとんでもない。聞けたら俺は明日にでも世界制覇している。


「好きな人が居るから付き合えない、だって。入学した時からずっと片思いしてる人が居るから、その人としか付き合いたくないんだって」
「まさか」
「だって、じゃあ代わりにキスしてって言っても、ファーストキスはその人にしか捧げたくないから無理、って言われちゃったもん」

無意識に唇に手を当ててみた。
悟った様な表情を浮かべたリナちゃんが微笑を浮かべて覗き込んできて、誰かが下手なバラードを熱唱しているのが酷く耳に付く。



「ねぇ、何で神尾君はK高行かなかったのかな」
「そんな事、俺は…」
「ねえ、そこの不っ細工ー、ホステスみたいな事してんじゃねぇよ」

覗き込んできた彼女が急速に離れた。感動より笑いを取っていた下手糞なバラードが途切れて、インストだけが流れ続ける。

「アンタ、まだ屋久島に気があんの?…あんだけオレに気が向くよう、仕掛けたってのに」

肩に力強い手が乗っていて、空に近かったグラスが先程まで俺が座っていたソファの上に転がっていた。

「好い加減、諦めろや。アンタに屋久島が似合う訳ないじゃん、あったま悪過ぎじゃない?」
「神尾」
「何」
「手を離せ、俺は帰る」
「うん、じゃあ、オレも帰るー」

ぱっと手を離した男から今度は腕を掴まれて、茫然自失の元同級生達を横目にビップルームを後にした。
最後に見たリナちゃんが笑っていた様に見えたのは、幻覚だろうか。











夕暮れ時の閑静な道を、バスを待たず歩く高校生二人、なんて中々に青春ではないか。
なんて、冗談にも程がある。片やシャツの上にTシャツ重ね着しただけの平凡男、片や雑誌から飛び出してきた様なモデル男となればその共通点を探す方が面倒だ。


「ねえ、お腹空いたねー」
「誰かのお陰で飯食い損ねたからな。…会費二千円、無駄になった」
「奢るからさあ、ラーメン食いに行こーよ。塩ラーメン好きなんでしょ?胡麻と紅ショウガいっぱい乗せて食べるんだよねー」
「お前、俺のストーカーかよ」
「今更気付いたの?」

へらりと笑って頬に掠める様なキスを仕掛けてきた馬鹿野郎を素早く殴り、

「いや、そこは否定しろよ」
「あっはっは、…無理じゃん?公立蹴って私立のホモ高に入った時点で、オレに運が向いてる気がしたしー」
「三年大人しく片思いしてた奴の台詞か、それが」
「うーん、屋久島より大きくなったらコクるつもりだったんだけどなー、いざとなると中々勇気が湧かないものでねえ、不っ思議ー」
「で、ファーストキスもまだだった野郎が、告白と同時にキス泥棒か」
「だから、一世一代の告白って言ったじゃんかー」
「馬鹿決定」

言った途端に、狭い路地裏に連れ込まれ抱き締められる俺は何だ。
幾ら人気がないからとは言え、男同士の抱擁シーンなど見れば野良猫も逃げる。



「ね、…別れてよ」
「何?」
「オレ以外の奴に、キスしたりしないで」
「…」
「染まれば良いじゃん、違う学校の奴と遠距離恋愛なんて今時流行らないよ。オレで良いじゃん、オレより屋久島の事が好きで死にそうな奴なんか存在しないんだし」
「失礼な奴だな。…俺だって告白された事くらい、」


いや、一度しかないのだが。
然も生まれてこの方16年、独身の身の上。付き合ってる彼女は勿論、女の子から告白された事もない。

好きです、ではなく、好きだった、なら、つい先程告白されたばかりだけれども。
悲しい事にその彼女は、今俺を抱き締めてる馬鹿男に惚れている。


「ホモには興味がない」
「大丈夫、オレが屋久島に絶賛興味あるから、全部任せて」
「…お断りする方向は残されてないのか」
「だから、今付き合ってる奴にお断りしてよ」
「………お断りする相手が居ない」

馬鹿正直に、自分の嘘を明かしてしまう俺こそ真の馬鹿に違いない。
ぱちくり、と瞬いたチャラ男が、然し見た目とは真逆に優秀な頭で弾き出したらしい答えに満面の笑みを滲ませて、



「じゃ、付き合ってしまえー。オレと付き合ってしまえー」
「何だ、その怪しい呪文は」
「だって、屋久島嫌がらないんだもん」

そうだ。
キスされた時も、今こうして抱き締められても、さっきだって、皆の前であんな事されたのに、好きだった筈のリナちゃんを侮辱されたにも関わらず俺は、コイツを振り払わない。


「…お前、やっぱ恵まれてる」
「何が?」
「ラーメン奢れ、大盛り塩ラーメンとチャーハン」
「良いよ、ギョーザも付けてあげる!」

手を繋いで月が姿を現し始めたストリートを歩く高校生、なんてやはり塩っぱい。
塩ラーメン味、嫌いじゃない自分に涙が出そうだ。


「会費二千円の代わりにしては、安いな…」
「バイト代入ったら、クリスマスプレゼントに指輪買ってあげるからねー」
「バイトなんかしてるのか?」
「こないだ、モデルやんないかって声掛けられてさあ」
「…ベタ過ぎないか、それ」
「屋久島に嫌われたって落ち込んでた時だったから、クリスマスのダンパで屋久島に何かプレゼントして機嫌直して貰おうと思ってー」
「あ、そ」
「でもそんな事続けてたら折角のラブラブ高校生活に支障を来す事請け合いだから、ある程度稼いで辞めちゃおっかなー」
「あー、うん、やっぱりお前はこの世を舐めてる」

通い慣れた寮へではなく、その裏の想像よりコジャレたラーメン屋を前に、



「オレが舐めたいのは、屋久島だけー」
「すいません、大盛り塩ラーメンにチャーシューと煮卵トッピングして、大盛りチャーハンとギョーザ三人前お願いします」
「もう、屋久島ったら照れ屋さんなんだからー」








チャラチャラしているオレとは違い、武士みたいな無愛想で野暮ったい彼は完全なる『肉食男子』だ。
今時の高校生を近寄らせないオーラを放っている事に、自分だけが気付いていない。



「神尾、ネギばっか食ってないでチャーシューも食え」
「欲しいならあげるよー」
「お前、意外と草食系男子なんだな」
「あー、うん、屋久島が意外と大食いなだけだと思う…」
「神尾、右の頬にネギ付いてるぞ」
「─────」
「恥ずかしい奴だな。」


ねえ、カップルだらけのラーメン屋で男の頬っぺを舐める方が大分恥ずかしい事に、



「神尾、…替え玉しても良いか?」
(ちょ、首傾げた屋久島ちょー可愛いんですけどー!)



お願いだから、一生気付かないで。

- 肉食らわば骨まで -
*めいん#
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