無関心とキツネの嫁入り
振り返れば若き日が脳裏に浮かぶ、なんて何処の年寄りだ。
愛が無ければ生きていけない、などとほざく女に何度思った事か。
『なら死ねよ』
ああ、俺って何てちっちゃい人間だろう。余所の幸福がそのまま自分の不幸になるのだ、なんて。被害者妄想甚だしい生き物に生まれ変わったのはいつだ。
「…かったりー」
勉強するのも生きるのも死ぬのも誰かを待つのも、全部。労力を消費する。無駄な時間の浪費だ、じゃあ有用な時間の浪費とは何だ。
「なぁに、死人みたいな顔しちゃってさ。」
コイツ、我が校が誇りたくもない極悪不良その一じゃないか。
まぁ、その二が何を隠そうこの俺様なのだから笑うのも面倒臭い事この上ねぇ。
「山と言う生き甲斐を無くした登山家がどんな末路を辿るか、知ってる?」
ほんの少し上から覗き込んでくる細っこい目がうざいったらない。
これを女子は『切れ長の瞳』だとか『甘いマスク』だとかほざくんだから、馬鹿だ。こんなん俺に言わせりゃただの『キツネ顔』以外の何者でもない。
「知りたくもねーっつーか、うざい」
「お前って見たまんまツマンナイ奴だねぇ」
「そーそー、セックスもツマンナイらしいよ」
そんな理由で振られたヤンキーなんて俺くらいじゃないのか。
ヤル気がない時に誘ってくる女が悪い。俺はサッカーが観たかったんだ。押し倒された瞬間、ゴールを伝えるアナウンサーの絶叫が聞こえた時は本気で殴ろうかと思ったくらい。
でもまぁ、我が子をパクリと食べられりゃ、ヤル気がなくても反応はするもんだ。
結局、本番前に萎えて不発弾と化した我が子は、やっぱり見逃したゴールシーンに不満だったのだろう。
「へぇ、あのケバいのと別れたんだ?」
「あれでも鈴黎女子のミスコン…って、何でテメーが俺の元カノ知ってんだ?」
「そいつのオトコに興味があったから。」
まるでアイスクリームが好きだ、と言う様な呆気なさで、目の前の近隣が誇る不良大将はほざいた。
つか、何で総長クラスの不良がヤンキーと言う名前だけで極々慎ましく暮らしてる俺に話し掛けて来るんだ。
然も良く考えりゃ二時間目の屋上、総長が登校するには余りに早過ぎるのではなかろうか、とか、思ったり。
「キス、しても良いよね」
良い訳あるか、と反射的に吐き捨てた台詞は自分の物ではない唇に奪われた。
眩暈がする、気がする。
何でベロチューなんだとか、流石総長巻き付いた腕を振り払いたくても微動だにしないとか、蹴り付けた足が無駄に長かったとか、180cmのヤンキーに吸い付くなんてちょっと頭大丈夫ですかとか。
いっぱい考え過ぎて、リミットオーバーだ。
俺のハードディスクはショボい。九九の7の段さえ危うい高校生なんだ、手加減してくれ。
「アイが無ければ生きていけないの、だから私を捨てないで。」
最後に聞いた元カノの台詞に目を見開いた。至近距離から見つめてくる、曰く切れ長の瞳が笑みを滲ませる。
「愛には興味がないけど、藍には興味があるんだ。脅すか犯すかして手に入れようって思ってたけど、」
何て危険な奴だ、コイツ。
流石総長、今頃逃げ出したくなった俺は生憎喧嘩慣れしてない。外見騙しだ。
背が高いと相手が勝手にビビって近付いて来ない。
が、目前の総長は俺より5cmはデカイと言う現実。
キツネ顔だと舐めて掛かれば間違いなく殺されてしまう気がする。まぁ、生きるのが面倒臭い俺にはどうでも良い話だが、死ぬのもまた面倒臭いから救われない。
「今、俺の事ばっか考えてんだろ」
確信めいた台詞に鼻白む。
その通りだが、俺はただどうやって逃げようか考えていただけだ。
「脅すか犯すかで悩んでたけど、やっぱ予定変更する事にした」
「顔が近ぇ、マジうざい、マックスうざっくす、あっちいけ」
「告白してから犯す事にした」
この男は馬鹿なんじゃないだろうか。
「藍の為に愛を覚えるから、体で教えて。」
二度目のキスでどうでも良くなってしまった俺の性格を嘆くべきか、嘆くのも面倒臭いと溜め息を吐くべきか。
ああ、東の空が灰色だ。
「何でこんな所で…雨降りそうだっつーのに…」
「大丈夫、降ってもすぐ止む。キツネの嫁入りって言うんだよ」
「キツネ…」
「じっと見つめられると、大変照れる。」
「…あほキツネ」
溜め息を吐くのも面倒な俺は、三度目のキスで目を閉じた。
「ぐー。」
「…目ェ瞑った途端爆睡って、マジかよ」
デカイキツネが押し掛け女房になる夢を見た。現実はどうだったかなんて、言いたくもない。
捧げものを加筆改変
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