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最終更新2021/10/15(詳細はUPDATE)

面食い少年と旦那様

俺は救われない面食いだ。


「おい」

別に、生まれてこの方16年独身だとか、中1の春から指折り数えて44回振られているとか、そんな事を悔やんでいる訳ではない。
皆から嫌われる4と言う数字が2つ揃うとある意味『幸せ』じゃねぇか。ポジティブシンキング万歳。

「む?」

巫山戯合っていた友達には片っ端から春が訪れて、今や『最後の砦』なんて馬鹿にされちまう様な童貞高校生でも、何だかんだ青春を謳歌しているのだ。
例え毎日毎日ゲーセンかカラオケ、はたまたファーストフード店に寄るくらいしか隙を潰せない可哀想な奴だろうと、今日まで極々平凡な人生をそれなりには楽しんでいたのに。

「よぉ、ちょい面貸せや」

馬鹿と阿呆しか居ない私立高校生普通科の教室が、水を打った様な静寂で包まれた。
哀れ44回振られている童貞高校生は、早弁と言うにはあんまりに早過ぎる二時間目の休み時間にも関わらず貪っていたカツサンドのカツをポロリと落とし、どう解釈しても友好的には思えない台詞の主を見上げる。

「ツラカセ?ラジカセじゃなくて、」
「俺はMD派だ」
「何でギニスの総長…いやいや、我が校が誇る特進科の生徒会長様がワタクシなんぞの平凡面をレンタルに?」

身長推定180cm以上、幾らこっちが座っているからって首が痛くなるほど見上げなければならない様な相手に呼び出されたらしい。
それも近隣トップクラスのセレブから。
然も普通科の生徒は近寄ってはいけない、と普通科の担任が至極真面目な顔で言う特進科の生徒会長から。

「ボクがビデオ店でバイトしてても、ちょっとお貸し出来ないんですが…」

教室内がざわついた。俺が命知らずにもお断りしたからだろう。

はっきり言って、俺はこの人に付いていけない理由がある。
相手はセレブで生徒会長の癖に不良の親玉までやってる清く正しくない高校二年生なのだが、理由はそれだ。



この学校でそれを知ってるのが、哀れ俺だけだからだ。


「言っとくが、拒否権はねぇ。無理矢理抱き上げられてーなら、今此処でベロチューカマした挙げ句腰抜けた所を丁重に抱き上げてやんぜ?」
「すいません、ファーストキスはカッコいい不良…ごほんごほん、生徒会長ではなく可愛い婦女子と決めてるので…」
「カッコいい?へぇ、俺はカッコいいのか」

ニヤニヤ笑う美な顔が覗き込んでくる。思わず仰け反って椅子ごと倒れ、後ろの机で頭を打ったなんて余りにダサい。


「ってぇ!…あ、カツサンドがっ」
「馬鹿か!ちっ、大人しくしてろ」
「は?」

ひょい、と。
まるでゴミでも拾うかの様にひょい、と。抱き上げられて、俺はお姫様になった。

「なるかぁ!ちょ、下ろせよ!下ろして下さいよ!」

教室中の視線と言う視線を一身に浴びながら、颯爽と走り出す見た目王子様な生徒会長に女子から黄色い悲鳴が上がったり、欠伸をカマしながら怠けた態度でやってきた担任が目口はだからず驚きの表情を浮かべたり。


「煩ぇ、口塞がれたくなけりゃ黙ってろ」

言いながら長い鼻を寄せてくる男の顔を片手で押し返し、もう片手で唇を覆いながら睨み付ける。

「言ってないから!つか誰にも言わないから!昨日見た事は死ぬまで内緒にするから!」
「あー、バレたら家の奴らが煩いからな。まぁ、バレたらバレたで困りゃしねーが」
「だったら何で、」
「『何で』?」




俺は中1の春から44回振られ続けている勇者だ。
片や、中1の春から444回振りまくっていると言うセレブ野郎。





「好い加減、他人の振りは飽きた」
「ワタクシ達は一生他人ではありませんか」
「18になりゃキスしよーがセックスしよーがヤりたい放題だっつーのに、なんで6年も我慢しなきゃなんねーんだクソ」

条件反射でセレブ不良会長、正確には『婚約者』の頬を殴った。
明日から俺は全校生徒から命を狙われるだろう。



「って言うか、小学校卒業と同時にプロポーズする阿呆が何処に居ますか馬鹿野郎」
「此処にいるじゃねーか。親にも挨拶済みだっつーのに、お前はガードが固すぎんだよ!然もソースなんざ唇に付けやがって、誘ってんのか!」
「死ね!」

超有名私立のセレブと、極々普通の公立小学校育ちの俺は不幸にも修学旅行先で出会った。
初めての修学旅行にはしゃぐ公立に対し、『近場の社会見学』に飽き飽きした感がある私立小学生達。

鎌倉のミステリアスレトロな風景にふらふら誘われ、団体からはぐれてしまった11歳の悪餓鬼は。
黒服姿の男達に囲まれた如何にもお嬢様チックな可愛い子を助けようとして、勇敢にも男達に飛び蹴りしたのだ。



まさかそれが男の子で、黒服達がボディーガードだったなんて。
まさかそれが近所で有名なデカイお屋敷の息子で、そのまま超有名私立小学校に無理矢理転入させられてしまうなんて。

修学旅行一日目で転校した奴なんて俺くらいだろう。



そして、中等部に上がる直前。
小学校卒業と同時に、たった数ヶ月で可愛い子ちゃんから『イケメン』に成長した詐欺師は、悪餓鬼からセレブに紛れた庶民代表に成長した俺へプロポーズする事になる。



「心も体も満たしてやるから嫁に来い、…なんて12歳が言う事じゃないぜ」
「なぁ、良く考えてみたんだがな」

いつの間にか保健室の中。
ふかふかベッドに下ろされて、机でしこたま打った後頭部を撫でられた。地味に痛い。
アイスノンをタオルで丁寧に包んだ長身をチラリと盗み見ながら、それにしてもいつの間に不良なんかと遊び出したのかと眉を寄せた。

我儘坊っちゃん育ちのコイツは、俺にプロポーズしたその日の内に自身の両親とうちの両親に了解を求めたらしい。
後にも先にもプロポーズされる事などないだろうが、小さい頃から可愛いものや綺麗なものに弱かった俺はコイツにプロポーズされた時、言うのも何だがそれなりに乗り気だったのだ。

だからコイツがうちの両親を説得していたらしい同時刻、俺はコイツの両親に頭を下げに行った。
俗に言うアレだ、『娘さんを僕に下さい』だ。

「聞いてんのか、お前」
「あ?ああ、聞いてる聞いてる、明日から俺は全校生徒から命を狙われる羽目になったんだろ」
「全く聞いてねーな」

感動したらしいコイツの両親が根っからの金持ち気質で助かったのか否か、貧乏子沢山のうちの両親はやはりあんなんでも常識人だったのか、結婚出来る年になるまで『そう言う事』をしてはいけないと言ったらしい。
その時の俺は結婚出来る年齢を知らなかった。コイツが18になるまで同棲は無理なんだと言うから、その時の俺はふむふむ頷いただけだ。



そして中等部入学。
小学校はたった数ヶ月しか通ってないから気付かなかったけど、コイツは嫌味なほどモテた。
週一で誰かに告白されるくらいモテた。
それも可愛い子ばかりに。


それからの俺は何だかんだ理由を付けてはコイツから逃げ回り、高等部には進まず別の私立高校、つまり今の学校に入学したのだが。


「あーあ、…転校したい」
「頭冷やしとけ」

入学二日目にして転入生、早い話が目の前の現生徒会長が現れ。今に至る。
救われたのは俺が馬鹿でコイツが賢かった所か。編入と同時に特進科首席に就いたコイツが校長室に乗り込んで、俺と同じクラスにしろと物申しに行った時、俺は足りない頭で一生懸命考えた結果『賢い男が好きだからクラス替えはやめろ』などと益々コイツを付け上がらせる様な台詞を吐いた。

以降、模試やら検定やらを総なめにしているコイツは、



「なぁ」
「何だ?」
「何でギニスの総長なんかやってんの?」

昨日の夜、近所のコンビニで漫画を立ち読みしていた俺は外で喧嘩しているらしいと言う誰かの声に、それまで漫画に向けていた目を硝子の向こう、大きな公園の前に夥しい量のバイクと人の群れがひしめきあっている光景へ向けた。
そして、その真ん中で誰よりも目立つ美形が誰よりも多くの不良に囲まれ誰よりも多くの不良を殴り倒している様を見て、


「お前が嫌ならやめる」

漫画を投げ捨て走り、目を見開く男に回し蹴りしたのだ。
しーん、とした不良達の視線にビビってすぐに逃げ出したものの、やはり今日コイツと顔を合わせなければならないなんて。


死にたい。



「やめるも何も、お前がやりたいからやった事だろ」
「別に。お前がいつも読んでる漫画のお気に入りキャラがヤンキーだから始めただけだし」
「…それが理由、とか?」
「他に何があるんだ?」
「そんな理由で総長になれるのか?!」
「さーな、1ヶ月懸からんかったし、余裕なんじゃねーか」


無理矢理転校させたり。
プロポーズしたり。
転入してきたり。
不良の総長になってたり。
有り得ないくらい美形だったり。

「つーか、さっき聞いてなかったみてーだけどな、俺もお前も16…俺は来月17だ」
「だったら何だよ。誕生日プレゼントが欲しいとかなら聞かないからな、貧乏舐めんな。さっきのカツサンドだって久し振りだったのに…」
「カツサンドでもカツカレーでも何でも喰わせてやっから、少しは話を聞け」
「本当?ありがと、お前のそう言うとこ好きー」





あらら?天井が見えます。
押さえていたアイスノンが吹っ飛び、目の前にイケメンセレブ生徒会長様。


「会長、この構図は何でしょう」
「俺も愛してる。だから初夜は此処で良いか」
「良いわけあるか!蹴るぞ」
「16、っつったら嫁になれる年だ。入籍は18になるまで仕方ねぇ、我慢する」
「ぎゃーっ、何か固いものが!何か固いものが当たってるからー」
「いきなり咥えろなんか言わねぇから、まずキスさせろ」



別に、生まれてこの方16年独身だとか、中1の春から指折り数えて44回振られているとか、そんな事を悔やんでいる訳ではない。

何が悲しくて同性の婚約者から保健室のベッドで押し倒されなきゃなんねーんだ。


「ふざけんなー!」
「好きだ。好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ!」
「な」

匂いたつ雄を迸らせる様に叫んだ唇が噛り付いてきた。
貪る様に口腔を蹂躙する舌が暴れ回って、角度を変える度に口の端から唾液が零れる。


何回も名前を呼ばれた気がする。
触れ合う唇に意識を根こそぎ奪われて、スラックスのファスナーを下げられても抵抗出来ない。



だって、綺麗な顔。
きっと一目惚れだったんだ。きっとコイツに告白する女の子に嫉妬したんだ。結婚出来る年齢を知らなかった小学生は、同性婚出来ない事を学んだ中学生に成長して、女の子皆が憎くなったのだ。


中1の春から中3の春までに44回振られてきた。本気じゃない告白なんて、誰も相手する筈ないのに。
たまにはOKしてくれる子が居て、次の日にはこの男のモノになっていて。


「俺以外を見んな、俺以外を欲しがるな」

彼女を奪われてるのに、奪われた彼女に嫉妬するのは馬鹿だ。
俺の彼氏を盗んないで、なんて惨めな事を言いたくないから逃げたのに。

「…俺の事、好き?」
「好きだ」
「愛してる?」
「愛してる」
「エッチ、したい、くらい?」
「今すぐ喰いてぇ」

ああ、もう。
そんなカッコいい顔で言われて、我慢出来るわけがないのに。





手を伸ばして、キスのお返しをしてみた。目を瞠るコイツに少しだけ笑って、





「俺も、好き」



だって、俺は面食いなんだ。
コイツより綺麗な奴なんて、見た事もなくて。












「あー、会長見つけたー!」





初夜ムードの中、保健室のドアを蹴り開けたらしい生徒が俺達をビシッと指差す。
硬直した俺はナニを握る婚約者、別名『恋人』を条件反射で蹴り落とし、ベッドから転げたセレブ不良会長と言えば今にも殺人を犯しそうな表情で戸口を睨んでいる。

「総長大丈夫〜?」
「邪魔すんじゃねぇ!」
「あれー昨日会長を蹴り倒した地味っ子君じゃーん」
「は、ははは、副会長様、何のお話ですか」
「僕、昨日の君に惚れちゃったんだぁ。やっぱ強い雄は強い雄に惹かれるんだねぇ!」

きゃ、とはしゃぐ見た目ド派手不良な副会長に珍しく間抜けな顔をした婚約者を横目に、人生初と言える告白に顔が赤くなるのが判る。

「これから本気で落としてもいーい?総長のモノって判ったら燃えてきちゃった☆」
「ざけんなボケ、ぶっ殺すぞ!」
「ねーえ、僕じゃ好みじゃない?」
「え、いや、その、副会長は、えっと、カッコいいと思います、はい」

美形不良セレブ優等生会長、と言う無駄に長い肩書きを持つ恋人が青冷め、ガシッと肩を掴んできた。



「浮気したら死んでやるからな…!」
「あ、あはは、大丈夫だって…多分」
「僕は3Pでも平気だよー」



まだまだ、前途多難。

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*めいん#
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