初めましてこの野郎。


「ひっく、ひっく、うぇ」





全略(◎前略)

  俊兄ちゃん、お天気ですか?(◎お元気) ぼくは天気です。
  今日はさいおんじ高校の入寮(意味は判りません)です。でも、ぼくは今、悲しみに呉れています。(◎暮れて)

  俊兄ちゃんが居る、ていおういん高校(◎ミカドイン)に行きたいです。ぼくは俊兄ちゃんに会いたくて泣いています。

  俊兄ちゃん、今なにをしていますか?ぼくのことは心配しないでください。

  バカズカに苛められても、心を強く盛って(◎持って)頑張ります。


  さようなら。     かしこ(×)






とある建物の裏手、膝を抱え携帯を見つめる舜の姿がある。
打ち込むメールの大半が誤字で満たされているが、生憎それを教えてやる人間も迷子センターも存在しない。

「ちくしょー、バカズカ…っ。あんな奴兄貴じゃねェ!」

悲痛な叫びが響いた。
生徒寮の裏手は生い茂る雑木林で覆われ、中等部までの1キロ弱を隔てているが、そんな事などつい二日前まで中卒覚悟を決め込んでいた舜の知る所ではない。
まるで樹海の入り口の様な雑木林を見やり、一歩足を踏み入れたら命がないだろう、などと半ば本気で考えている舜の数少ない特技は迷子だ。


この世に生み落ちた瞬間、兄貴地獄と言うSF世界に迷い込んでしまっているのだから致し方ない。
因みに藤都幟岐のイニシャルもSFだが、全く関係ないのであしからず。




「返事来た!」

チャララン♪と陽気な音を発てた携帯をパカッと開き、ディスプレイに表示された大好きな従兄の名前に涙を拭う。
男がいつまでもめそめそ泣いてはいけない、健気な男気を見せる舜は侍だ。小さい侍だ。



成長期はいつやってくるのだろう。
声変わりだけは早かった舜の外見は良くて中学生、最悪小学生だ。


「兄ちゃん…」


拝啓、俺の可愛い強気受け君。

やァ、元気そうで何よりだ。俺は舜が元気ならワンコが言う事を聞かなくても許すよ。

入寮式は楽しいか?
これから三年間強気受けな舜を付け狙う俺様生徒会長や腹黒副会長やホスト担任や理事長と生活していく事になるんだろう、俺は今から期待が膨らんでうっかり西園寺学園に転校しそうです。


俺様生徒会長の居ない生活に耐えられません。もうワンコばかり耐えられません。

腹黒副会長を見付けたら電話下さいにょ。マッハで会いに行きます。



敬具





「えっと…」

メールの内容が3割も理解出来なかった舜は胡坐を掻いて顎に手を当てた。最後の一文だけ見るなら、電話をしてもOKと言う事になるだろう。それは大変喜ばしいではないか。
然し腹黒副会長とは何だ。


「外人副会長は、腹黒っつーか弄られキャラだった様な…」

中々に鋭い舜が呟いた時、樹海の中から誰かの悲鳴が響いてきた。

「何だァ?」

よっ、と言う掛け声一発で跳ねる様に立ち上がり、首の骨をコキコキ鳴らしながら植え込みを飛び越える。
枯葉や枯れ枝まみれの足場を見つめながら林と言うより森の中を進めば、今度は誰かが争う様な気配を見つけた。




「テメェ、調子に乗るのも大概にしろやぁっ!!!」
「ふん、汚い顔近付けないでくれない?呼び出したと思えば寄って集って気持ち悪い、僕には君達の相手をする暇なんて無いの」
「構わねぇっ、やっちまえ!」
「このクソお姫様がよぉっ!」
「ぶっ殺す!」

舜の身長より高い草を掻き分け覗き込めば、センター分けの黒髪を掻き上げた『お姫様』へ突進していく不良三人。
ピキッと額に青筋を立てた舜はしゅばっと飛び上がり、



「天誅!!!」
「ぐわっ」
「ぎゃあ」
「げふっ」

ハイキック、回し蹴り、ジャーマンスープレックスフォールドと言う素敵にバイオレンスな連続技で、三人を倒した。


「わっはっはっ、正義は勝ァつ!!!」
「………何、君。」
「お怪我はありませんかっ?!いやはや、我輩が通り掛かったのも何かの縁!お宅までお見送り致しましょうお嬢さんっ!!!」
「はぁ?何、意味不明な事言ってんの?」
「いやはや、ついでと言ってはアレがアレしますがァ、我輩をナマト寮まで、…ん?ヤマト寮だっけ?連れて行っては頂けませんかね、ふぇっふぇっふぇ」

紳士と不審者の境を迷子になっているらしい舜を怪訝げに見やり、良く良く見ればお姫様ではなく王子様な彼は腕を組み替えた。


「君、見掛けない顔だね。無断侵入なら生徒会に通報するよ」
「へっ?あっ、いや、今日からえっと、入寮しました遠野舜ですっ!因みに15歳で彼女は居ませんっ!」
「配偶者の有無なんて聞いてないんだけど」
「お嬢さんのお名前は何と仰るのでしょうか?!」
「誰がお嬢さんなの?悪いけど、そっちの方がよっぽどお嬢さんじゃない?お・チ・ビ・ちゃん」

カチン、と固まった舜を鼻で笑い、転がったまま起き上がる気配の無い三人を足で弄ぶ彼は苛立たしげに舌打ちし、


「ヒロアキに恋人が出来たなんてムカツク話聞いたばかりだって言うのに、わざわざこんな下らない事で呼び出さないでくれるかな!」
「ぅ、」
「ぐっ」
「けふ」
「次は無いからね。こんなおチビに負けて恥ずかしくないの?
  三下がこの僕に刃向かおうだなんて百年早いんだよ!」
「や、やめろよ!」

余りに痛々しい光景に耐えられず、三人を足下にする男の腕を掴む。

「やり過ぎじゃんか!やめてやれよォ!」
「煩いな」
「わっ」

鋭い眼差しで睨んで来た男の腕に振り払われ、枯葉のクッションに尻が沈んだ。茫然と見上げれば髪を掻き上げ艶然と微笑む整った顔があり、


「痛っ!」
「ああ、…思い出した。君、あの陰険会長の弟くんなんでしょ?」

見下す様な瞳も人を人として見ていない様な声音も、貧乏公立学校で育ってきた舜には馴染みが無い。
いつも馬鹿騒ぎして下らない事で喧嘩してその日の内に仲直りして、学校帰りに駄菓子屋に寄って軒先でアイスキャンディーを貪っていた日々が急速に色褪せて行く。


「精々出来の良いお兄ちゃんに潰れないよう、頑張るんだね」

最近言われなくなってきた言葉に目頭が熱くなった。
親戚も近所のオバサンも学校の先生でさえ口々に言うのだ。和歌と自分は違う人間なのに。別の個体を持った人間なのに。


庇ってくれるのは従兄のお兄ちゃんだけだ。
実の兄は殆ど近くに居なくて、兄の前では皆、自分の事なんて見ていないから悪口も言わない。





『誰が何と言おうが、俺は舜の味方だ』



大好きな従兄の声が遠くなる。




「裏口入学だなんて、うちも落ちたもんだね」
「何で、それ!」
「僕は何でも知ってるよ。…本当、君を見てると苛々する」
「あっ、お前、名前っ!」
「いい加減執拗いんだけど。ま、すぐに判るから教えておいてあげる。感謝するんだね」


背を向けた男の傲慢な物言いに唇を噛み締め、





「二年の山田夕陽。先輩に対する言葉遣いがなってない君の、










  ルームメート、だよ。」



嵐は去り、三人の不良は野獣の雄叫びを聞いたと言う。









「ふざけんなァア!!!」



一難去って、十難増える。


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