そして目の前に奈落一丁目。



今すぐUターンしてぇ。







遠野舜15歳の今の心境は、正にその一言だった。
見上げる先に近代芸術の最高傑作である要塞の様な建物、開いた校門がまるで地獄の入り口の様に思えてならない。


「泣きてぇな、畜生」

呟きながらちょびっと浮かんだ涙を拭い、舜は適度に着崩した真新しい制服を見やった。

「…こうなりゃ、もう自棄だ。暴れ回って追い出されてやる。母ちゃんが怖くてグレられっかボケェ、奴のが余程怖いわボケェ」

自慢ではないが勉強が全く出来ない舜は、たった一つしか進路表に書かなかった第一志望高校を校内書類審査で落ちた。
まさか担任が受験申請すらしていなかったなどと考えもしなかった舜は慌てに慌て、二次募集している近隣の高校を受けまくったのだが、これまた見事に全戦全敗。



落ち込みが持続しないB型故にバイトでもするか、と中卒覚悟を早々に決め込み、卒業式以後毎日大好きな漫画を読み漁っていたのだが。
AB型の両親は耐えられなかったらしい。それはそうだろう、何が悲しくて今の御時世、これと言った取り柄もなく将来の夢は漫画家などと抜かす息子をニートにするものか。


長男は海外から引き抜きがあるほど賢いのに、次男は海外へ行こうにもパスポートの取得方法すら満足に知らない。
腹を痛めて産んだ実の母親でさえ、もしかしたら産婦人科で余所の子供と取り違えられたのではないかと悩んだ程だ。




然し、頭の悪さには自信がある残念な舜にも、たった一人理解者が居た。


「俊兄ちゃん、…俺、頑張って逃げ出すからな!」

一つ年上の従兄にして同じ読みの名を持つ大好きな人。
彼が本物の兄なら喜んで男子校だろうが有名私立だろうが裏口入学だろうが、認めたのに。



見渡す限りRPGゲームに出てくる様な怪しい要塞をひた歩き、普通新入生を出迎えてくれても良いんじゃないかとぶつぶつ愚痴りながら、





「つかデケーな!」

辿り着いた恐らく校舎だと思われる建物にポカリと口を開いた。

「あーあー、ナマト、りょう?」
「生徒寮、と読むんだ」
「うわっ」

傍らの看板と呼ぶには煌びやかなプレートに張り付けば、背後から肩を叩かれ飛び上がる。
小学校中学年の漢字すら怪しい舜がしゅばっと振り返り、置き勉する為に力一杯教科書…ではなく漫画を詰め込んだ鞄を振り回した。

「アウチ!ごほっ、ぐっ、何だソレ…?!新手の凶器かっ?!」
「なっ」

サラサラ靡く本物の金髪と腹を抱えながら涙目で見つめてくるブルーアイに、実はクオーターながら髪質が茶っこい以外純日本レベルな舜が慌てた。
外国人の腹にメガトンタックルを決めたらしい鞄をドサッと下ろし、携帯を開いて119番。


「すいませーんお巡りさァん!今、俺の前にヤンキーと言うかマフィアと言うかゴッドファーザーみたいな奴が居ますのよーっ!!!」
「ちょ、アイアムノットヤンキー!つか清く正しい高校三年生だからっ、通報はヤメロ!」
「はいっ?!パスポート?!いえっ、持ってません!ピザ?!普通のホールピザなら2分で食えますっ!!!」
「ちょ、不法入国でもないから!」

ビザとピザの区別が付かないお馬鹿な舜から携帯を奪った男は、受話口に日本語で喚き発てる。

「だから違うんですって!西園寺学園三年のロイ=アシュレイです。…あーっもうっ、そんなに信じられないなら嵯峨崎財閥の会長か社長に問い合わせて貰おうか!俺は現社長嵯峨崎零人の親戚だ。
  だからガセじゃないって言ってんだろっ、いい加減シツコイんだよ!」

はぁはぁ肩を切らせた金髪が携帯を閉じ、痙き攣った笑みを浮かべてビビりMAXの舜を捕まえた。



「君、俺に何か恨みがあるのかナ…?遠野舜くん」
「ヒィっ、何で俺の名前を…?!えっとえっと、ワッチャネーム?!」
「翻訳能力皆無な上に、今俺は日本語を話している筈なんだけど」
「ヒィイイイ!かっ、和歌ァ!助けろ馬鹿ズカァアアア!!!」
「ちょっ、それはマジでやめてー!!!」
「ひっく、お兄ちゃーんっ、こぁいよぉう、ひっく」

見慣れない長身外国人に抱き締められ恐怖が最高潮に達したらしい舜がマジ泣きしてしまえば、





「ロイィイイイイイ!!!!!」
「きゃー」

遥か上空から響き渡った凄まじい絶叫と背後に落ちてきたとんでもなくドス黒い何かに、イケメン外国人の乙女チックな悲鳴が響く。

ぱちり、と瞬いた舜が外国人の背後を覗き込み、



「どっから降ってきたんだ、兄貴」
「やぁ、舜。悪いが少しだけ目を閉じていなさい」
「は?」
「閉・じ・ろ。」
「はっ、はいィイイイ!」

近年稀に見る兄の微笑みに、弟は素早く目を閉じた。
耳を塞ぎたくなる様なホラーでオカルトでミステリアスでバイオレンスな音が鈍く響き、誰かの悲鳴の様な声がフェードアウトしていく。





間。




「舜。いつまで寝てるんだ、部屋に連れ込むぞ」
「起きてる!つかバカズカが目ェ閉じろっつったんだろ!」
「記憶に無い。お前の顔を見たらそれ所ではなくなった」

至極真面目な顔で眼鏡を押し上げる美形に、一体どんな苛めを企んでいるのだろうと疑心暗鬼中の舜は、然し姿の見えない外国人にキョロキョロ周囲を見回した。


「あれ?さっきのでっかい外人は?」
「体調が優れないから保健所に行くと言っていた、…気がする」
「保健所?保健室じゃなくて?」
「ああ、ただの酸欠だろう。二酸化炭素を充満させた部屋で休ませればすぐに良くなる」

その前に二度と目覚めないだろう。

「ふーん、お巡りさんと話が弾んでたもんなァ、ホクロの人」
「ルーイン=アラベスク=アシュレイ、生徒会副会長だ」
「嘘!…やっべー、副会長って偉いんだろ?!挨拶すんの忘れてたっ」
「副会長より会長の方が偉い。挨拶のキスならば生徒会長にすると良い」
「会長は金髪の女性なのかっ?!ど、どうしよう!俺、フォークダンスでリナちゃんと手ェ繋いだ事しかないし!」
「誰だリナと言う雌豚は」

会話が全く噛み合っていない二人はいつの間にか寮長室の前まで辿り着き、しれっと漫画ばかり詰め込んだ鞄を兄に持たせていた舜が緊張した面持ちで拳を固め、




「開けろ、鍵を寄越せ、一年の遠野舜だ」
「はいよ、じゃーな、一年間頑張れ」

ノックする前に扉を蹴り開けた和歌の所為で、チワワな男の子を押し倒していたホストな男が丸い輪っかを放り投げる。
ビシリと硬直した舜の隣で金属の輪をキャッチした男と言えば、通りすがる生徒生徒に話し掛けられ様が黄色い悲鳴を注がれ様が綺麗さっぱり無視し、今にも風化してしまいそうな舜の腕を持ち上げ、


「ブレスレットは鍵と生徒手帳代わりだ。一つ目のボタンを押せばプロジェクターから光が放たれ、施設内マップや校則等が写し出される」
「………男と男が…」
「部屋のセキュリティパネルに向かい二つ目のボタンを押せば解錠だ。オートロックだからな、ブレスレットを部屋に置いたまま外出しない様に」
「…裸と裸で…」
「三つ目のボタンはクレジット機能を起ち上げる。購買や食堂内のメニューモニタに向かい操作すれば、網膜識別だけで支払う事が可能だ」
「……………アレがアレに…うぇ」
「ブレスレットは就寝前に取り外し充電器で充電する様に。どちらにせよ、紛失したり電池切れしたり部屋に置き忘れた場合は速やかに知らせろ。…舜?」
「ほ、ほも…」

放心状態でぶつぶつ呟く弟を暫し見つめた男は突如奮え出し、ばっと眼鏡を投げ捨て、黄色い悲鳴を上げる生徒達の前で躊躇いなく舜を抱き締めた。




それはもう、ガバッと。



「ぎゃーっ?!何だァ?!」
「はぁはぁ、やだー、やっぱり本物の舜は良い匂いがするよ〜!はぁはぁ」
「うわァっ、何だァ?!何事だァアアア!!!」
「やっぱり寮生活なんてするんじゃなかった〜!くすんっ、舜と離れ離れなんてもう我慢のげーんかーいっ。お兄ちゃんはもう我慢するのをやめる事にしまっす!」

混乱状態の舜と悲痛な悲鳴を響かせる生徒達の網膜に、とろける様な笑みを浮かべた男の綺麗過ぎる顔が映り込む。



「舜、お兄ちゃん舜が16歳になるまで待つつもりだったけど…」
「へ、あ?………は?何を待つって?」
「最近の高校生は進んでるみたいだし、予定を早めて、










  今から濃厚なエッチしよっかvV
「ギャァアアアァアアアアア!!!」


青冷めたちびっこが美形を飛び蹴りして逃げたのは、言うまでも無い。





「あ、舜っ!部屋の場所判るの〜?!」


ついでに迷子になったのも言うまでも無い。








波乱の幕は切って落とされた。
西園寺学園学生寮、此処は地獄の一丁目


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