そして鬼は転職するらしい。
無人の保健室。



…の外は、凄まじい人の群れでごっちゃごちゃのざわざわだった。


「きゃあっ、ロイ様だよ!」
「ああん、横になられているロイ先輩も素敵に無敵っ」
「やぁん、眉間に皺を寄せて何の夢を見ていらっしゃるんだろう!」
「憂い顔がまた素敵ですぅ!」
「抱いてぇえ!」

黄色い声が保健室を覗き込んでいるのに気付いた男は眉間に皺を寄せ、無表情のまま人混みに突っ込んだ。



「退け、目障りだ。」
「きゃあっ、」
「か、会長…?!」
「す、すみませんっ、すぐに退きますっ」
「会長…素敵ですぅ…」

つかつか保健室に入るなり足でドアを閉めた男に、チワワな生徒らの黄色い声が漏れた。





さて、一方保健室。

ルーイン=アラベスク=アシュレイ17歳が性格の地味さはさりとて、貴族の様なマフィアの様なその派手過ぎる外見に苦汁の表情を滲ませ、伏せ込んでいるベッドの前。
歩み寄った男は暫し無言でその寝顔を眺め、



「ま、待って下サイ…!その980円はお買い得…っ」
「とっとと起きろ、似非外国人。」
「ゲフ」

げしっと金髪を蹴り飛ばした男は、べちょっと落ちた副会長には全く構わず傍らのパイプ椅子へ腰掛ける。
何の夢を見ていたのか、幸せそうな寝顔を晒していた金髪は打ち付けた頭を押さえながら涙目で見上げ、

「酷いじゃないか、カズカ」
「喧しい。藤都が他の作品の更新に面倒臭さを感じた時にだけ書き連ねる不束者だからと言って、曲がりなりにも腹黒副会長役が昼寝とは何事だ」


そう言う裏事情を言うな。


「オーマイガ、君が何を言ってるのか全く理解出来ないのはWhy、何故なんだろうカズカ」
「価値観の相違じゃないか」
「つか他の作品の更新に飽きた時だけだったのか、俺達は…」

ベッドへ戻った長身が背中を丸め遠い目で窓の外を見つめた。
ルルールルルールー、と言う北の国から的なBGMが悲しい。



「…で、可愛い可愛いハニーはどうしたんだ?」
「冒険に旅立った。舜はトレジャーハンターだからな」
「最終的には魔王を倒すんだろうな、きっと。肉親と言う名の魔王を倒すんだろうな、きっと」

副会長の呟きを綺麗さっぱり無視した会長はぼんやり床を眺め、





ていたと思ったら、突如立ち上がった。


「カズカ?」
「舜の声が聞こえた!」
「は?」
「まさか餓えた狼共に痴漢やら強姦やらレイプやら強制性交やら惨い目に遭わされて居るんじゃないだろうな?!」
「いや、全部同じ意味だと思うんですケド…」

今にも走り出して行きそうな男のブレザーを間一髪掴んだ男は、ひょいっと和歌を抱き上げ素早く殴り倒される事になる。

「痛い!」
「…喧しい、この童貞が。気安く私に触るな。寧ろ舜以外は死ね、死んでしまえ」
「誰がチェリーだって?全く、カズカの弟なら戦地からだろうが無事帰って来るさ」
「巫山戯るな駄犬が。舜の細腕で餓えた狼に立ち向かえるか!
  男は皆、舜を目にした瞬間狼に変貌するんだ!寧ろ舜に勃たない雄など存在しない!私なら6発は抜、」
「ストーップ!!!放送禁止っ、好い加減放送禁止っ!!!」

和歌の口を塞いだ男はガブリと手を噛まれ、涙目で『犬はどっちだ』と呟くが、やはり綺麗さっぱり無視されてしまう。

「然し成人するまで我慢する筈だった癖に、大丈夫なのか?今日からは一つ屋根の下で暮らすんだぞ?」
「大丈夫だ、避妊はする。卒業するまではな」
「お前の頭が大丈夫か。」
「仕方ないだろう」

諦めに似た溜め息を零した和歌に片眉を上げ、苦笑を零した鋭利な美貌を前に肩を竦める。



「本気だから、救われないネ」
「ふん」
「『受かってた』筈の二次試験を『辞退』したり、帝王院の入試申請を取り消したり。…ブラザーが知ったら怒るだろうね、お兄サマ」
「両親合意の上だからな」

三流高校で三年遊ばせるより、西園寺卒業と言う箔が付いた方が断然宜しい。
世間体を何より気にする母親は諸手を挙げて喜び、尻に敷かれた父親も内心反対していたに違いないが、結局は次男を売った。


「…あの女の傍に置くより、俺の傍に置いた方が安心出来るからな」
「Oh、ママの最高傑作が反抗期ですか」

同じ遺伝子を分け与えられておいて、和歌の母親嫌いは末期だ。
休みの度に実家へ帰省している親孝行な息子、と見せ掛けて、弟の存在が無ければ死ぬまで家には帰らないだろう。

「アイツは医者の息子に嫁いで有頂天なだけだ。親父が憐れだとは思うがな、俊江伯母さんに継ぐ気が無いから仕方ない」
「従兄弟が帝王院に居るんだったネ、君には」
「鷹翼中学主席入学だったからな、舜にも相当皺寄せがあっただろう」
「天才一家の落ち零れクン?」

凄まじい睨みを受けて曖昧に笑う。
確かに一度しか見ていない舜は賢くはなさそうだったが、くるくる変わる表情や110番ではなく119番に通報してしまう阿呆さ加減は、この学園ではお目に掛かれない愛くるしさがあった。

「オーライ、帝王院の外部入学はカズカのハニーにはハードルが高過ぎる。うちなら偏差値の高さはともかく、理事長からして馬鹿の集まりだから」

但し、哀しきかな男子校。
昨日まで有頂天だった和歌が考え込んでいる理由は、それだ。初等科の頃から幾度と無く襲われてきただけあって、ブラコン兄の受難はこれからだろうか。


「…ま、慣れるまで努力して貰わなければならないケド」
「俺は身内が嫌いだ。まぁ、父親や従兄弟家族は別だが」

何せ180cmを越えている和歌の尻を狙う不埒者が、生徒だけではなく教師や理事会にも存在するのだ。
性格だけなら完全にカズロイだと言うにも関わらず、生徒内では副会長攻めとして広まっていた。


こんなド鬼畜押し倒して堪るか、と声高に叫びたい外国人は沈黙し、



「舜を愚弄する人間は一人残らず潰す。覚えておけ、─────お前も例外じゃない」

休みにしか会いに行けなかった弟を、長い間放置していた事を悔やんでいるのかと笑う。何だかんだ言いながら、この男は優しい人間なのだ。
外見だけで人望を得る事は出来ない。

「ラジャー、ボス」
「生徒会業務は任せた」

立ち上がる和歌に片眉を上げれば、トレードマークだった伊達眼鏡を外す様が見て取れる。


「当たり障りない生徒を選んだつもりだが、心配だからな」
「山田夕陽はカズカ二号、舜チャンなら飼い馴らせると思うケド?」
「…氷の女神だか何だか知らんが、あの男も男には違いなかろうが。万一舜に手を出していたら、素っ裸に剥いて帝王院の門前に縛り付けてやる」

西園寺以上に変わり者が多いと言う男子校に、素っ裸で放置されたら命はともかく、貞操が無いだろう。想像したロイは軽く頭を振り、この男だけは敵に回すまいと誓いを新たにした。

「今日の予定はサボタージュでござるか、カズカ殿」

裸眼の和歌が、きっちり整えられたソフトバックのプラチナブルーを掻き乱し、



「違う。今日から俺は、






  ─────愛の狩人になったんだ。」

「判ったよカズカ、君はただ単に、」



ブラコンなだけだ。


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