「………はぁ」
甲板にある樽に腰掛けて、手すりに頬杖をつき、そして小さくため息をつく。それがここ最近、日課のようになりつつあった。
見つめる先は海ではなく、いつも同じ人。
「………」
サッチと何やら話しているあの人の背中には、マリアも敬愛する父のシンボルが誇らしげに刻まれている。
顔を見る勇気などあるわけもなく、見つめているのはそればっかりだ。
「また見てるのかい」
「…何をですか? マルコ隊長」
「おれが言ってもいいのかよい」
じゃあ気にしないでくださいよ、とつぶやくと、マルコが苦笑する。
「いい加減、言っちまえばいいのにじれったい奴だよい」
「だから何の話ですか」
「ま、お互い様だがねい」
意味不明なことを言って、マルコは勝手に自己完結して離れていった。
結局何だったのだと首をかしげながら視線を戻すと、いつもの彼…エースがなんでだかこちらに向かって手を振っている。
まさか私に、なんてことはないだろうと後ろを振り返ってみるけれど、マストに帆がたなびくばかり。
「おーい、マリア!! 一緒におやつ食わねェか?」
「へ?……は!?」
ちょっと待って。どうしていきなり? しかも私に?
わけがわからなくておたおたしていると、エースはさっさと歩きだしてしまって、慌ててそのあとを追うはめになった。
「今日のおやつはドーナツだってよ」
「そ……そうです…ね」
ぎこちなく笑うしかない自分の頬をつねってやりたい。
目の前にはエースが持ってきてくれたドーナツが皿に山盛り。ああ、やっぱりいっぱい食べるんだなぁなどとマリアが思っていると、エースが食わねェの?と訊いてきた。
「マリア、ドーナツ好きだろ?」
「え? あ、はい…好きですけど」
たしかにドーナツは好きで、そういえば皿にのっているのはマリアが特に好きなグレイズドのドーナツだ。たぶん生地もマリアの好みにあった、もっちりしたタイプ。
普段ならば呆れられるほどの勢いで食いつくけれど、さすがに好きな人の前で食い意地を張るほど乙女を棄てた積もりはない。でも食べないのも申し訳なくて、ひとついただいて控えめにかじった。
「……なぁ」
「……はい?」
「もしかして、本当は好きじゃねェのか?」
「ふぇ?…何がですか…?」
「だっていつもはもっと豪快に食うだろ、マリアは」
思わず喉に甘ったるいグレイズドが詰まりかけた。
見られてたなんて…女としてはあまりに辛いものがある。まぁ好きな人の前でだけ取り繕うなんて、私も馬鹿なのかもしれないけれど…エースとは隊も違うし、食事の席も遠いことが多いから、まさか気がついているなんて思わなかったのだ。
「だ、大丈夫です…美味しいですからっ」
「ホントか?」
「ホント…ホントに大丈夫ですから」
二人きりだというのに、この微妙すぎる雰囲気に泣きたくなった。
甘いはずのグレイズドさえほろ苦い。
と、そのとき、エースが唐突に手を伸ばして、マリアの唇の端に指で触れた。
「ついてたぜ?」
「…………!!」
甘ェ、と指を舐めるエース。
その仕草に、普段の姿にはない大人びた艶やかさが見えて、マリアは羞恥も相まって真っ赤になる。
しかしさっきといい、今といい、一体自分は女としてどうなのだろうと思わざるを得ない。
「あ、あの……!!」
「ん? どうかしたか?」
「し、失礼します…!! ドーナツありがとうございましたっ」
最早居たたまれなくてマリアは食べかけのドーナツだけを持って立ち上がり、食堂を飛び出した。エースが何か言っていたけれどそれも耳に入らない。
言ってしまえばいいのに、なんて。こんなことでは無理に決まっていた。
一方、食堂では。
「ミスったなー…」
てっきり、マリアが好きだと思ったから用意してもらったのだが。
山盛りになったままのドーナツを見つめて、エースは頭をがりがりと掻き毟る。
「やっぱ小細工するもんじゃねェな」
まどろっこしいことこの上ない。というか、先ず性に合わない。
マルコに言われたとおりに事が進むのはむかつくが。
とりあえず追いかけるとしよう。
好きになってほしい
「ホントは、好き…なのに……」
「よぅ、何がだ?」
「うえっエース、隊長!?」
「なあ、おれもホントは好きなんだ」
「……ドーナツですか?」
「違ェよ、」
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