波打ち際を歩くのが好きだった。
特に、海と空が夕焼けに染まったころが好きだ。
裸足になって、ロング丈のワンピースの裾を少しだけ持ち上げて歩く。いつもはこうしてゆったりした時間を一人で楽しむのだが、今日は少し事情が違った。
視線の先は砂の上。先ほどからずっと落ちていないかと探しているのだが、あると聞いていてもなかなか見つからないものだ。
もうすぐ夏の休みは終わって、内陸部に帰る。その思い出に、貝殻のひとつでも拾っていこうと思っていたのだ。
下ばかり向いていて首が痛くなってきて、ふと顔をあげると、今まで来たことのない浜まで来ていた。
少し離れたところに黒い船が泊まっていて、それが棺のようにも見えて、少し不気味だった。
船のことはよく知らないが、マストが十字架の形をしているのだ。
もうすぐ夜という時間もあいまって、いかにも何かありそうに思えたが、興味もそそられた。
船のそばまで来てみると、中にはちゃんと―――と言えるか否かは微妙なところだったが―――人がいて、またびっくりした。
漂流者かと思ったが、横たわる体の逞しさがそれを暗に否定していた。肌に直接黒い上着を羽織っていて、鋼のような筋肉がよく見えたからだ。悠々と船に寝そべる体躯はがっしりしていて、立ち上がればきっと背が高いだろうなと思った。
顔には黒い帽子が日除けのようにかぶさっていて、見えない。
気になって、そっと帽子に手を伸ばそうとしたとき、彼の横に巨大な黒い刀が置かれているのに気がつく。真っ黒な刀身に、澄んだ青い石と細工が彫られた金が飾られている。
ああ、きれいだ―――そう思ったとき、帽子に伸ばしたままだった腕を強く掴まれた。
とっさに身を引きかけるが、しっかり握られていて全く動かなかった。するともう片方の手が帽子をすっと持ち上げて、同時に眩いほどに鋭い金色がこちらを射抜いた。
刀の金よりもずっと強い光を宿した双眸に、思わず見入ってしまう。
帽子からのぞいた顔も意外なくらい端正で、心臓がどきどきし始めたのが分かる。
「なにか用か」
「…えっ? いえ、その…ごめんなさい…」
寝ているのを邪魔したわけだから、とりあえず謝ると、彼が腕をつかんだまま上体を起こした。
帽子をかぶり直したせいで、見えていた顔が少し隠れてしまったのが残念だった。
「何をしてた」
低い声で問われて、貝殻を拾いに来ていたのだと答えると、訝しげに彼がこっちを見た。
この船はきっと彼のものなのだろうし、海での生活も長いようだったから、そういう人から見れば、たしかにおかしな理由かもしれない。
「もうすぐ、内陸の方に帰るので…そのお土産にと思ったんです」
「貝殻をか」
「だって、海の音がするっていうじゃありませんか」
大真面目に言ったのだが、彼がくっと喉の奥で笑ったように見えて、憮然とするしかなかった。
「陸へ帰ると言ったな。ここには住んでいないのか」
「…できるなら、住みたいですよ。でもダメだから」
「なぜいけない」
「え? だって、仕事もあるし…家もそうそう見つかるものじゃないでしょう」
貝殻を見つけに来たはずが、えらいものを見つけてしまって夢見心地になってはいたけれど、苦い現実を思い出して気分が沈んだ。
この海に来られるのは夏、しかもわずかな休みをぬってのことだ。
これからもきっとそれは変わらないだろうと漠然と決めつけていた。
- 3 -
[
*前
] | [
次#
]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -