「そうか。ならば仕方あるまい」
「……え?」
「来年、またここに来るがいい。それまでに覚悟は決めておけ」
わけがわからないまま立っていると、彼は腕を離して立ち上がり、もやいづなを解いた。
ああ、彼はどこかへ行ってしまうのだなとそれを見つめてぼんやりと考える。
おそらく、もう二度と会わないのだろう。
「あ、あの」
「なんだ」
「名前……名前だけでも教えてくれませんか?」
彼は、少しだけ驚いたような顔をして、知らないのかと呟いた。
首を横に振ると、軽くためいきを吐く。なにかおかしかっただろうか。
「ジュラキュール・ミホークだ」
「……ありがとう」
「お前の名は」
「マリアです。…名前、憶えておきますから」
貝殻の代わりにでも。
微笑んで言えば、彼も不敵といわんばかりに笑って見せる。
その表情が獰猛な獣のようにも思え、でもたしかに魅力的でもあって、また心臓が跳ねた。
あんな顔をされては、到底忘れられるはずもなかった。
家へもどってミホークのことを人づてに聞き、どんな男なのかを知らされて、ただ驚くしかなかった。
七武海という政府側に立っていたとしても、一般人から見れば海賊には間違いなくて、よく攫われずにすんだものだと大勢に心配された。
『来年、またここに来るがいい。それまでに覚悟は決めておけ』
あのときは意味がわからなかったけれど、何となくその真意を見つけられた気がして、ひそかに嬉しかったことは秘密だ。
あれから一年経って、またあのときと同じようにマリアは砂浜を歩いている。
夕暮れ時に、貝殻を探すふりをする。
浜の外れに、十字架のマストをかかげた黒い船が見えて、思わず駆け寄った。
船の中にはやっぱり彼が寝ていて、マリアが帽子に手をのばすと、また腕を取られた。
「また、来ましたよ」
「…仕事とやらは」
「辞めました。家はまだ見つけてませんけど」
いろいろふっ切ってきたのだと肩をすくめてみせると、ミホークが少し笑って体を起こす。
「家はまだないと言ったな」
「……ええ。でも、見当くらいつけてあるんですよ?」
「船の上というのは」
「それはないです」
きっぱり言い放つと、ミホークが軽く目を見開く。その表情に少しばかりの優越感。
「私は、素人ですよ」
「…そうか」
「だから、待ってます。ここで」
「………」
「会いに来てくださいね? 来年で、いいですから」
まっすぐ目を見て告げると、ミホークはまたため息を吐いて、マリアの腕を離した。
「…たしかに、相応な覚悟だな」
「……ありがとう」
褒め言葉なのだろうと、声音でわかった。
たとえ気まぐれの上でも、一年は長い。
それまでには、どうにか一人で生きていける算段がつけられるだろう。
「酒場でも開こうかな……」
「それはやめておけ」
「…なんでですか」
「お前が用意しておく酒は一人分でいい」
「……!!」
もやいづなを解きながらあっさりと言われて、頬に血がのぼるのを感じる。
「また来る」
わたわたしているマリアを差し置いたまま、彼はそう言って、振り向きもしないで去って行った。
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