評議会ビルを出たイザークは、エレカのキーをポケットに押し込んだ。…なんとなく、すぐに帰る気にはなれなかった。
事務処理が自分に向いていると思ったことはない。むしろ以前のように、現場に立っていたほうが性にあっている。あっている…はずだが、議会で自分の評価が決して低くないこともイザークはよくわかっていた。今更後にひけるものか。
何とはなしに夕方の街を歩いた。もうすぐ空には夜の闇が描き出される頃合い。人通りは多くないのは幸いだった。
…今思えば疲れていたのだろうと思う。曲がり角でぶつかりそうになるなど、らしくない。それに、運命の恋だなんていうには、あまりにベタな展開じゃないか。
「…っと、ごめんなさい!」
「っ…すまない、」
するっとすり抜けるような身ごなしの軽さに何者かと思った。だが見てみれば俺より頭一つ分は小さな背丈の女だ。広がるハシバミ色の髪。アイスブルーのワンピース。腕の中には買い物の紙袋。
細い腕を支えてやると、顔を上げた女と初めて目があった。
珍しい金色の目……だがぎらつくゴールドではなく、夜に光る月のような淡い金が、イザークを見上げている。
美しい。見た瞬間にそう思った自分に自己嫌悪だったが。
「ごめんなさい、ちょっとぼんやりしてたみたい」
「いや、いい。怪我はないか?」
「大丈夫です…って、あっ」
微笑みかけた女が、あわてたようにイザークの後ろを指差した。
振り向いてみれば小さな太陽のような玉が2、3個、コロコロと坂を転がり落ちていくではないか。
「オレンジが!!」
「な……」
これは現実かと疑いたくなるが、どんどん遠ざかっていくオレンジを追いかけて走り出した女を置いていくのも、気がひけた。半分は自分が悪いのだし…
このまま離れたくない気がしたのだ。あの女と。
そして二人、オレンジと追いかけっこというあほな事態になった。
***
「あぁ、やっとつかまえたわ」
「………こっちもだ」
坂を下まで転がり落ち、いささか見た目が悪くなってしまったオレンジを渡してやる。…こんなになってしまって使い物になるのだろうか。
少女の細くて白い手は、少し冷たかった。
「ありがとうございます」
「…悪かったな……オレンジはもう一度買ったほうがいい。俺が払う」
「あら、いいんですよ。洗えばいいし、皮は剥けば大丈夫だから」
ママレードは作れなくなったけど、と微笑みながら言う。また、目が合う。
「あ…いや…そういうもの、か?」
「? …そういうもの、ですよ」
イザークは金の双眸から目をそらす。頬が熱い。というか体中が熱い。
その微笑みを、ずっと見ていたいと思う反面、そう思っている自分への苛立ちやら、見つめてしまうことへの羞恥やらで、すでに頭の中身はごちゃごちゃだ。
人に遠慮などしない自分が…言いたいこともわからずに困っているなど、らしくもない。
思わずためいきが出た。
「…お疲れなのですか」
「…なに?」
「顔色が優れないようですから。それにさっきからためいきばかり」
そう言われて、イザークは自分がどうしてここにいるのかを思い出した。あの二人に世話を焼かれるほど―――おまけに初めて会った女にまで心配されるほど、自分は疲弊著しいのだろうか。
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