アプリリウス市中央。ここには政治と経済の要所が集中する。
臨時評議会が入っているビルも、そんなビル群の中にあった。
本日五回目の会議を終えて、イザーク・ジュールは会議室を足早に出た。
会議が重なるのは、評議会議員になれば当然のこと。だがそれにしても、今日のものは進行が遅かった。
意見が対立していれば、互いが歩み寄るためには時間をかけるしかないのだが。
もともと短気な自分としては、なかなかよく耐えたほうではあった。
「お疲れ、イザーク」
「……ああ」
イザークのあとからついてきたディアッカが、労いの言葉をかける。
あの戦争のあと、危うく軍をクビになりかけたディアッカは、イザークの補佐兼護衛として居場所を得ていた。ディアッカの件では、イザークも一時期危ない立場になりかけたのだが、互いにそんなわだかまりはもう残っていない。
「……もうこんな時間か」
「今回は長引いたしな。今日はもう帰ったほうがいいんじゃねーの?」
「ばかを言うな」
腕時計は夜7時をまわっていて、会議の終了予定時刻を大幅に超過していた。このあとに仕事がないわけではない。詰まっているスケジュールを考えて、イザークは嘆息した。
ディアッカは、そんな親友を見て、内心で溜息をついていた。一見、短気ゆえに荒っぽく見えるが、イザークはまじめだ。ディアッカとは違って。
自分ならば適度に力を抜いてやり過ごすようなことでも、イザークは大まじめに相手をする。そうしなければ気が済まないのだろう。
無理に手を抜かせようとすれば、あとからイザークが大いに後悔するのは間違いないことで、だからこそディアッカも、そしてシホも、イザークの仕事のやり方にあまり口出ししてこなかった。
―――だが少々限界だ。ここ最近、イザークは家に帰っていない。
執務室には生活に必要なものはすべて揃っているから、困るわけではない。だがまともな睡眠、おだやかな食事、そして一人のプライベートな時間を、彼はまったく持とうとしていなかった。
このままではどうなることか、想像に難くない。
ディアッカは、イザークがこのあとにするはずの仕事の内容を思い起こした。特に急務なものは、午前中に済ませてあるはずだ。あとは、今日あった会議の結果待ちということになっていた。
今日の会議は、ディアッカも眠気をこらえて聞いていたが、明確な結論はまだ出ていなかったはず。
それならば、明日にまわしたところで同じことだ。
ディアッカはケータイを取り出して、シホにメールを打ち始めた。
「お疲れさまでした」
「ああ……おい、この机はなんだ」
イザークが執務室に戻ってみると、出迎えたシホのそばにある、イザークのデスクがきれいに片付いていた。
このデスクはこんなにでかかったのか、と妙な感慨がわきあがる。
「ああ、この机ですか。急ぎではない書類をすべて整理しただけです」
「……それだけでこんなにまっさらになるのか?」
「はい。いいじゃないですか、きれいで」
まぁ、たしかにシホの言う通りではある。ある、が。
ディアッカを振り返ると、予想通りににやにやしている。また何か企んでいるのか。
「貴様ら、二人していったいなにを……」
「人聞き悪いこと言うなって。オレはシホに、散らかってる書類片付けといてって言っただけだぜ?」
「だからといって、今日のぶんの仕事まで片付けてどうする!!」
「急ぎじゃないんだから、いいじゃん。つぅか、会議の結果待ちだろ?」
なら明日やっても同じだって、と、へらっと言い放つディアッカを、イザークは思わず殴ってやりたくなる。
「というか、明日やるほうがはるかに能率的かと」
「ほら、シホもあー言ってるしさ。とりあえず今日はアレだ、帰れ」
ディアッカがそう言うと、待ちかねたようにシホがイザークのコートとカバンをさっと差し出してくる。この用意周到さにはさすがにイザークも言葉が無い。
「……つまり、二人揃ってオレを帰宅させたくてたまらんというわけか?」
「んー、まあ、そんなトコ? いいんじゃねーの、たまにはさ」
二人に悪意がないことは、イザークもよく分かっている。
やり方にはいささか問題アリなことも多いが。
イザークはまた嘆息して、シホから荷物を受け取り、執務室を出た。
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