「ためいきを吐くと、しあわせが逃げますよ。お休みにはなられないんですか?」
「いや。休んでいるつもり、なんだが……周りはそう思わないらしいな」
「なら、休めていないんでしょう。きっと。まともな食事と睡眠をとらないと」
…言い返せない自分にまた苛立ちが募る。生活が乱れがちなのは事実だ。
「…出すぎたことを言いました。でも、ちゃんとお休みになってくださいね……からだを大事にしてください」
「え? いや…」
会話がまったく弾まないのがもどかしかった。もっと話していたい、この金色が自分を見ていてくれたらいいのに。それだけでどれほど心が休まるか―――
(…いったい何を考えてるんだ俺はっ)
「…ふふ」
「!?」
くすくす、と軽い笑いが聞こえてもう一度彼女を見れば、口元に手をやって苦笑している。なぜか高なる心臓に、イザークは辟易した。
「な、なにがおかしい!?」
「いえ、ごめんなさい…でもさっきから百面相で…悩んだり、苛々したりしてるなってすぐにわかるから」
頬に血がのぼるのを感じながら、イザークは憮然としてそっぽを向く。感情が表に出やすいのは自覚しているが、こう言われるとどうも気恥かしくてならない。
少女はごめんなさい、ともう一度言って、紙袋を抱えなおした。
彼女はもう帰るのだろう。と、その仕草でイザークは気がつく。そして自分も自宅へ戻る。明日になれば、またいつも通りの多忙な日々。
もう二度とお互いに出会わない。
このまま、さようならと言ってしまえば。
「あの…」
「っ、待て!!」
「は?」
思わずいつも通りの言い方になっていた。おどろいたように、少し目を見開いている少女。さっきから、彼女がどんな顔をしていたって、心臓はばくばくとやかましい。
「あぁ…いや…その……」
「…なんです?」
「名前は……なんというんだ」
お前の名前はなんだ、と露骨に聞ければどれほど楽か知れない。なぜそうしないのかと聞かれてもよくわからない。
「名前…?」
「…ああ。俺は、イザーク=ジュールだ」
イザークは、名乗って右手を差し出した。少女は驚いたようにその手を見つめている。
心臓の異様に早い拍数が、高揚から不安へと理由を変えていくのがわかる。頭がおかしくなりそうだ。
ぎりぎり、踏み出した一歩。もし、彼女が踵を返して走り出してしまったら? ごめんなさいといったら?
「…私は…エヴァンです」
「エヴァン…何というんだ?」
「エヴァンジェリン。いつもはエヴァンと呼ばれてます。それだけ」
エヴァンはほんの少し困ったような顔で、そっとイザークの右手に触れた。ほっそりした指。だが柔らかくはなく、どこか女性の手にしてはかたく感じた。
イザークが力を込めて握りしめれば、エヴァンも少し力を入れて握り返した。
「よろしく…イザークさん」
「イザークでいい。…エヴァンジェリン」
「私も…エヴァンでいいですよ」
ふっと微笑んだエヴァンにつられて、イザークも微笑む。
うるさかった心臓はいつの間にか静かになっていた。
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