瞼におよぐ魚
懇親パーティの翌日。
今日は護衛の任務が無いため、エヴァンジェリンとカオルは、<アンノーン>の拠点があるコロニー、アーモリーツーにいた。
アーモリーは「兵器工廠」を意味する。隣にあるアーモリーワンでは、自己防衛のためモビルスーツと新型艦の開発が行われており、エヴァンジェリンたちもその資料にはすでに目を通していた。
「新型艦の名前は“ミネルバ”だってさ。皮肉なもんだね」
「その資料は私も見たわ。…何が皮肉なの?」
「ミネルバは戦の女神だよ。平和のための武装がこれじゃ、ナンセンスだと思わないかい?」
カオルが投げてよこした資料は、完成を間近に迎えたミネルバのものだ。
たしかに、カオルが言うことも的を射てはいるか…エヴァンジェリンはそう思わざるを得ない。ミネルバは、あらゆる新装備を搭載した戦艦だからだ。
その特徴のひとつが、モビルスーツの稼働時間を延長させるデュートリオンビーム送電システム。セカンドステージ(第二世代)のモビルスーツの一部にこのシステムが使用されているが、送電システムを備えているのはミネルバのみ。 上層部が、このミネルバとセカンドステージのモビルスーツを“自己防衛”に積極的に使用するつもりでいるらしいことは容易に知れた。
「…本気でこれを使うつもりなら、たしかにナンセンスね」
「使うだろうね、ギルバート・デュランダルなら。それにミネルバの艦長は、彼の恋人だ」
「元・恋人でしょう。それに、議長がデュランダルになるとまだ決まったわけじゃない」
「決まったようなもんだよ? エヴァンだってわかってるくせに」
すでに議長の呼び声高いデュランダル。プラント市民、そして議員たちの熱気を、エヴァンジェリンはつい冷めた目で見てしまうのだった。数ヶ月前まで、ナチュラル殲滅に対してもろ手をあげて賛同していたことは、もう忘れ去られているのだろうか?
「ところで、イザーク=ジュールだけど」
「え!?…な、なによいきなり」
「やだなぁ、彼が持つことになる艦が決まったよって言おうとしただけなのに」
…などと言いつつ、カオルの口元がにやけている。エヴァンジェリンはミネルバの資料をその面に投げつけてやった。
「ナスカ級の“ボルテール”でしょう。知ってるわよそれくらい」
「流石。恋人たるものそれくらい知ってなきゃね」
…足元にあったゴミ箱でもぶつけてやろうかと思うが踏みとどまる。
「言っておくけれど、一緒に踊っただけよ。恋人じゃないわ」
「パーティーの間じゅう一緒だった、の間違いでしょ。そういうのって恋人っていうんじゃないの?」
エヴァンジェリンは憮然としてカオルから目をそらす。…結局、あのパーティーではイザークとずっと一緒にいた。というか、イザークのほうが文字通りエヴァンジェリンを離さなかった。
あのあと何曲か踊って、軽食をとり、また踊って…カナーバたちが帰宅するためにエヴァンが護衛の任に戻るときまで、イザークはエヴァンの手を片時も離さずエスコートしてくれたのだ。
猛烈に周囲の視線を浴びた気がするが、そこはもう仕方がないと割り切った―――いや、イザークが楽しそうに微笑んでくれるのを見て、そんなことはどうでもよくなってしまった。
イザークと一緒にいたときは、ただ楽しかった。
『また会いたい』…イザークはそう言ってくれたが、現実的に考えてみれば、どうやって連絡を取り合うかすら定かでなかったりする。エヴァンの方から連絡できなくもないが、イザークからは難しいだろう。
「…エヴァン、どうやって会うか考えてるでしょ」
「ええ…じゃないっ、何言ってるの!? あれはただの社交辞令なんだから!!」
賭けてもいいがそんなことは無い…とカオルは思ったが、黙っておく。
「会いに行ってあげればいいのに…ってとこだけど、拒否権無いよ? エザリア・ジュールからお茶会の誘いがきてる」
「……は?」
お茶会。お茶会……これほど自分たちにそぐわない言葉もなかなか無いだろう。
「……あんた、一体何したの?」
「心外な。オレは何もしてないよ。向こうが言ってきたのさ」
エザリア・ジュール。元強硬派の議員。イザークの母親。議員だった頃からその行動力には驚くべきものがあったが、それは引退しても衰えを見せないらしい。
「イザーク=ジュールに話してないこと、たくさんあるだろ? これを機に行ってくればいい」
「…機密漏洩してこいってわけ?」
「戦争中だったらそうだった。でも、戦争は終わったんだよ」
諭すようなカオルに、エヴァンは胸の内をすべて見透かされているような気がした。実際、その通りなのかもしれない。カオルとは、生まれた時から一緒にいたのだから。
エザリア自身が知っているかどうかはわからないが、停戦直前のクーデターのとき、エヴァンはエザリアに会っている。それも穏やかでないやり方で。
「……カオル」
「なんだい?」
「あんたは私を見捨てない?」
沈黙。
カオルがエヴァンのほうへ向き直って言った。
「見捨てないさ。今もこれからもずっと」
「……そう」
エヴァンジェリンは安堵する―――たとえこの世界が滅んでも、カオルだけはきっとそばにいてくれる。
「じゃあ、行くわ……お茶会」
「明日、マティウスまで送ってくよ」
カオルに頷いて、エヴァンは上着を手にとった。明日訪問するなら、もう帰宅して、手土産の準備しなければ間に合わない。ろくな菓子は作れないだろうが…
(……イザーク)
彼に、カオルと同じことを望むつもりは無い。
だが彼がすべて知ったとき、もう一度自分に笑いかけてくれるのだろうか。
彼の悲しい顔を見たくないと思う自分が滑稽で、哀れだった。
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