■ 愛しい人
「タオさんは何か好きなことってありますか。」
からりと晴れた冬にしては暖かい気候の日。釣りをしている自分の隣でぼんやりと海を見ていた彼女が突然こちらを向いてそう問いかけてきた。
「好きなこと、ですか」
その質問は聞く分には簡単なのだろうけれど、答える側にとっては意外と難しい質問である。
釣りも好きだし、昼寝だって捨てられない。散歩だって好きだし、何もせずにのんびりと時間を過ごすのも好き。
要するに、好きなことは沢山あるのだ。その中からいくつかを選ぶのというのが難しい。
「…そうですねぇ。」
釣りを一旦止め、真剣に考えてみる。自分の好きなこと、好きなこと。
そう言えば、好きなことをしている時はいつも彼女が傍にいる気がする。
「私はヒカリさんと一緒にいる時間が好きですよ」
そう言ってからハッと口を抑える。どんどん体温が上がっていくのが自分でも分かった。
これでは彼女に告白しているのと同じだ。
「あ、あの、」
必死に弁解しようと彼女を見ると、彼女は耳まで真っ赤に染め、こちらを見ていた。
「す、すみません」
「いえ、そんな、タオさんが謝ることじゃ、ない、です」
嬉しいです。
そう言ってえへへと柔らかく笑う彼女がとても可愛いくて、愛しくて。
気がつけば彼女を抱き締めていた。
ふわりと漂う彼女の匂いは心地よく、眠気を誘う。
家族以外でこんなにも安心できる人は彼女が初めてだった。
「タ…タオさん?」
「もう少し、このままでいさせてください」
自分でも何をしているのかと思ったけれど、抑えがきかない。こんなにも愛しい、愛しい、愛しい。
そっと彼女が私の背中に手をまわし、肩に顔を埋めて小さくタオさんと名前を呼んだ。
はい。と答えると彼女は少しだけきつく顔を押し付けて、また小さくタオさんと名前を呼ぶ。
それがなんだか擽ったくて、自身も彼女を抱き締める力を増した。冷たい潮風なんて全く気にならない程温かい。
「好きです」
無意識の内にそう溢していた。
恥ずかしいという気持ちと拒絶されてしまったらどうしようという不安よりも、言えたことの満足感が自身を満たす。
「私もタオさんが好きです。大好きです」
ふふふと嬉しそうに笑う彼女に私も笑い返して身体を離す。
離れた身体は冷たい潮風に吹き付けられて情けない程震えてしまったけれど、それすらも幸せで。
好きです。
目を見つめながらそう言い、互いに赤く染まった頬を更に赤く色づかせ、どちらからというでもなくまた抱き合った。
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