■ おらんじゅ

「僕さ、好きな人が出来たんだよね。」

「…え?」

マリンバ農場からの帰り道。いつものようにオレンジを渡そうとチハヤ君の家に寄った時、突然彼がニコニコと普段ならあまり見せることのない笑みを浮かべてそう言ってきた。
あまりのことに驚いて手に持っていったオレンジを落としそうになり、慌てて持ち直す。

彼は今、何と言ったの?

「…好きな、人?チハヤ君に?」

「うん。」

「…本当に?」

「…疑われるだなんて心外なんだけど。」

そう言って眉間にシワを寄せて私を睨む彼にごめんなさいと謝り俯いた

だって、まさか、こんなにも突然失恋するだなんて想ってもいなかった

ぼんやりと視界が歪んで、持っていったオレンジが段々ぐしゃぐしゃになっていく。
止まれ止まれと何度も自分に言い聞かせてもどんどん溢れて、あぁ駄目だ。零れてしまう。

「…何泣いてるのさ。」

ぽろぽろと俯いたまま泣き出した私を見て、彼は困ったように尋ねる。
何か言おうと口を開いたけれど、嗚咽が漏れるだけで言葉にはならない。
…何をしているんだろう私は。
困らせたくて来たわけじゃないのに

「ご、めんなさ、い。目に、ゴミ、が、入って、しまって」

「…目にゴミが入っただけで嗚咽まで漏らす人にあったのは初めてだよ。」

やれやれとため息をついた彼にハンカチを渡される。
受け取ろうかどうかと迷っていると、無理矢理顔をあげられた。

「…酷い顔だね。」

そう言いながらハンカチで私の顔を拭く。
少し痛かったけれど、抵抗すると怒られそうだったので何もしなかった。

「ほんと、君って意外とせっかちだよね。最後まで聞いてくれないと困る」

「好きな人の話は聞きたくないです」

「あのねぇ…」

ハンカチ越しから鼻をつままれる。思わず身を引いてバランスを崩してしまったのを、彼が支えてくれた。
反動で顔にかかっていたハンカチが地面に落ちて薄紫の瞳と目があう。薄紫の瞳は、優しく私を見つめていた。

「一回しか言わないよ。…聞きたくないなら耳を塞いでもいいけどね」

まぁ塞がせないけど。と小さく付け足して、私の腕を掴む。
掴まれた部分が途端に熱を持つ。とくん、と心臓が跳ねた気がした。


「ヒカリが好きだよ。馬鹿みたいに正直なところも、せっかちなところも、泣いた顔が酷いところも全部。」

「…チハヤ、君…」

「ヒカリの気持ちは…まぁ聞くまでもないけど、一応聞いておくよ。君は僕のことをどう想ってるの?」

まぁ、好き以外の返答は認めないけど。

にやりと不適な笑みを浮かべてそう言った彼に敵わないなと思いながら

「チハヤ君が好きです」

また溢れてくる涙を必死に堪えてそう言った。
よくできました、と彼が言って髪に優しいキスを落とす。
ふわりとオレンジの匂いがした。

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