■ 刺青
過激な表現を含みます。ご注意ください。
嫌ですやめてくださいと拒絶する彼女の手を無理矢理抑え込んで最近買ったばかりのベッドへと身体を沈める。
二人分の重さにギシリとベッドが悲痛な声をあげたけれど、そんなことには構っていられなかった。
こうでもしないときっと僕たちはこれ以上先へ進めない。
そんな気がしたから。
夜のカバル草原地区は静かで、聞こえてくる音と言えば水車の回る音だけ。人通りも多くはなくこの行為を妨げる障害は何一つない。
依然抵抗する彼女の頬に優しく触れて下へ下へと指を這わせば彼女は嫌々と首を横に振り、刺激に耐えているようだった。
その姿にどうしようもなく愛しさを感じて緊張で乾燥している彼女の唇に自分のソレを押し当てれば、苦しそうな呻き声が暗い室内に響いて
その声にすら興奮してしまう自分は末期だと自嘲した。
これではただの強姦でしかないということは自分自身理解している。それが彼女にとって恐怖にしかならないということも。
それでも僕は
「ヒカリ」
君が欲しい。
チハヤ君と僕の名前を呼ぶ彼女にできる限り優しく笑いかけて艶のある髪に指を通す。
さらりと指を撫でて逃げていく髪に顔を埋めて小さくごめんと呟いた。
嫌われたっていいと想っていたけれど本心はそうでなかったらしい。
勿論たった一言、その言葉だけで許して貰えるなどと思ってもいないけれど、それでも言ってしまうのはもしかすると、と淡い期待を抱いているからなのだろうか。
ふわりと香った彼女の匂いに本能がまたむくりと頭をもたげる。
雄なのだから仕方ないとは言え、こうも身体に刺激が走るのは勘弁してほしいなと苦笑しながら彼女の服に手をかけた。
ビクリと震えた彼女の身体を優しく撫で、ぷつりぷつりボタンを外していく。
「み、見ないでください」
最後のボタンに手をかけた時今まで無言だった彼女が顔を両手で覆いながらぽつりとそう言った。
「今更、やめられないよ」
そう言い放った僕に彼女はまた首を横に振り「違うんです」と何度も繰り返す。
「何が違うの?」
ボタンを外す手を止めて問いかける。すると彼女は僅かに身体を震わせ、また首を横に振った。
「わ、わたし、チハヤ君に嫌われたくないから…だから見ないでください」
「…は?」
予想外の返事に自身の耳を疑う。
嫌われたくない?
何を言っているんだ、嫌われるのは君じゃなくて僕の方なのに。
「…嫌いになんてならないよ」
強姦しているんだよと口にはしなかったけれど彼女だってそのことは分かっている筈だ。
この行為は合意の上ではなく、僕の独りよがりだと。
それなのに彼女は僕に嫌われたくないと、そんなことを想っているのか。
「…そんなことより自分の身を案じた方がいいんじゃないの?」
最後のボタンを外し、そっと服を開かせる。
諦めたのか抵抗らしい抵抗はされなかった。
すらりと覗いた細身の身体に白い肌。そして不釣り合いな無数の傷跡が目に入る。
所々肌の色が青紫に変色し、痛々しい。
あぁ、そうか。
彼女は牧場の仕事をした際に負ってしまった怪我を見られたくなかったのか。
「…綺麗だ。とても」
「綺麗なんかじゃ、ないです」
今にも泣いてしまいそうな声でぽつりと呟く彼女にもう一度綺麗だと繰り返す。
白い肌に残る傷は生々しい。
勿論、綺麗だとはお世辞にも言い難く、思わず目を背けたくなるようなモノまで刻まれている。
それでも、こんなにまで身を削り仕事をこなしている彼女だからこそ綺麗だと想えた。
「嫌いになんてならないよ、こんな些細なことで」
「でも、私は醜いです。手だって女の子みたいに綺麗じゃない。細くもない」
「僕だって男らしい身体じゃないし、お世辞にも綺麗な身体とは言えないよ。火傷の痕とかも残ってるしね」
けれどそれがなんだと言うのか。それは自分が今まで行ってきた経験で得たもので、寧ろ誇りに思うべきものだ。
自分はここまで頑張ったのだと胸を張ってもいい。
「ヒカリが頑張ってたのは知ってる、ずっと一生懸命だったことも。だから醜いだとかそんなことは想わないし、想うやつを許さない」
「…チハヤくん」
潤んだ瞳が僕を見つめるその仕草に馬鹿みたいに欲情して、けれど理性が僕を押し返してくれる。
そっと、傷には触れぬようにボタンをかけなおしていく。
そんな僕に彼女はキョトンと首を傾げた。
「…しないのですか?」
「して欲しいの?」
そう返せば彼女は困った顔で僕を見つめる。
拒絶するでもなく、しないでもないその表情に溜め息をついてこつんと彼女の額に指をぶつけた。
痛いと小さく上がった声に聞こえなかったフリをして、彼女の髪に再度指を通す。
流れる髪は、僕の気持ちと正反対だ。
「まだ傷が癒えてない女の子を襲う趣味は持ち合わせてないからね」
「傷がなければ襲っていましたか?」
「…さぁ、どうだろう」
ベッドに腰を降ろしてそう返すと、彼女もまたボタンを掛け直しながら僕の隣に座った。
時を刻む音が小さく響く。
「チハヤ君は」
「ん?」
ふいに口を開いた彼女に視線を向けると、彼女はぼんやりと天井を見つめながら小さく、けれどしっかりとした口調で話を続けた。
「チハヤ君は、傷だらけの身体を見てもまだ私を女として扱ってくれますか」
「…ヒカリ…」
「私の身体の醜さを知って行為を止めたのなら、私は…」
ぽたりぽたり
滴がシーツにシミを作り、消える。ぎゅっとシーツを握った彼女の手は震えていた。
「…チハヤ君。私を抱いてください」
「…自分が何を言ってるのか、わかってる?」
「はい」
チハヤ君がいいんです。
今、して欲しいんです。
潤んだ瞳でそんなことを言われてしまえば理性なんて消え失せて、本能のままに彼女を押し倒し荒々しく、けれど優しくキスをする。
「好きだよヒカリ」
何度も言っては拒絶された言葉に彼女が小さく頷いたのを確認して、互いの体温を確かめあうように衣服を全て脱ぎ去り、刻みついた傷を隠すように肌を重ねた。
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