名前を持たない黒猫




「お前、名前なんて言うんや?」

 不意に男から発せられた言葉は興味に満ち溢れていた。
 先程の「実は裸騒動」から数分後男から適当な服を借り今は男が買ってきた弁当にがっついている最中だった。
 口に含んでいた唐揚げを噛み砕き飲み込む。暫しの沈黙が流れ口を開いた。

「ない」
「…ない?」

 男は方眉を上げ一瞬考える素振りをすると納得いったのか軽く溜息を吐いた。
 その軽い溜息が逆に重く感じ居た堪れず問い返した。

「アンタは?」
「俺?俺ぁ奥大源吉や。よろしゅうにな」

 恐面の癖に人懐っこい笑顔でそう言うから自然と間抜けな顔になってしまう。
 この男、源吉は少しずつ少しずつ俺の警戒の壁を崩していく。それを関係ない、只の他人、と理由を付けて壊された壁を修復していく俺がいる。
 だがもうその修復作業もいつまで出来るかが時間の問題となっていた。
 不意に聞いてしまった名前。少なからず俺もコイツに興味を持ってしまっているから。
 何故そのまま財布を取り返し去って行かなかったのか。それ以前に何故金を奪った相手に金をやると言う異常な行動をしようとしたのか。何故自分を殺そうとした奴を自宅においているのか。何故こんなにも暖かい笑顔をこんな俺に向けてくれるのか。コイツの全てに興味を持ってしまっている。

でも俺は…

人殺しなんだ。


「黒田翼」

 自分の考えに浸っていると源吉は俺に指差して言った。俺は眉を寄せ疑問の表情を作る。と。

「お前の名前や。お前名前ないんやろ?やから今日からお前は黒田翼や」
「…くろだ…よく?」

 源吉が言った名前を復唱すると嬉しそうに缶ビール傾け一気に中身を飲み干した。そしてもう一言。




「翼、お前只の家出少年やないやろ。ここに住めや。面倒見たるわ。」




 思いも寄らぬ一言に俺の頭は真っ白になった。








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