お金をくわえた黒猫
ソイツを見つけた時の第一印象。
「…キモ。」
土砂降りの雨の中、居酒屋が建ち並ぶ細道をちょい進んだところにソイツはいた。空き瓶やらゴミやらの狭っ苦しい場所に、だ。
まるで人形みてぇに足を投げ出して座っていた。薄汚れた体は所々擦り傷打撲。顔を見ようとしゃがんだらその顔は半分ぐらい前髪で口元しか分からなかった。けど高い鼻とか形良い唇とか見たら一目でわかる。
「ケッ……イケメンかよ。」
直ぐさま立ち上がり嫌味如く軽くソイツの足を蹴った。
ピクリと動いたソイツは俯いていた顔をゆるゆると上げ俺を見た。虚ろな目だ。だが背筋が凍る程冷たい視線だった。
「…なんや。たかが足蹴られたぐれぇで怒っとんのか?ハッ…餓…!!」
餓鬼やねぇと言おうとした瞬間いきなりソイツが俺の足に飛び掛かって来やがった。もちろん俺はバランス崩してゴミ袋の海に背から飛び込んだ。あーあこのジャケット高かったんだぞ?
「テメッ…!!急に!!」
一発ぶん殴ってやろうと心に決め立ち上がった頃にはソイツは走って角を曲がったところだった。あんな体力あったのか。そんな呑気な事を思いケツに付いてしまったゴミを叩き落とす。
「…」
もう一度叩き落とす。
「…ぅそーん。」
後ろポケットにあるはずの膨らみがない。大事な大事な膨らみが…
「…ない。」
暫し絶望感に浸ると顳みに青筋一つ。ワナワナ震える手に力を込めて。見開く目は猛る獣の如く。大きな大きな息を吸い大きな大きな声で。
いち、
にぃ、
さん、
はい。
「俺の全財産返さんかいこんクソ餓鬼ゃああああ!!」
犯人目掛けて全力疾走。
お金をくわえた黒猫、追っ掛けて、草履で、駆けてく、怖いお兄さん。
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