間抜けな黒猫




 彼女からカチューシャを着けてもらい、お礼を言う暇もなくさちゑさんに手招きされた俺。直ぐにお礼の言葉が出てこない俺は彼女の前で一人焦っていた。
 そんな俺に対して嫌気がさしたのだろう、少しだけ綺麗な眉が歪んだように見えた時にはたったの一声「行きよし」で虚しく彼女に背を向ける形となってしまった。


「翼くんは今何歳なん?」
「…え、17歳です」
「うわぁ羨まし、あてと20も年はなれてはるわ。しかも未成年やのにバーで働いててええのんどすか?」
「いやそれは…、三水も未成年だし…」
「ほんまに!?やー気付かへんかったわぁ酉ちゃんしかついねんやもん…」
「あはは…すみませんね、さちゑさん」
「し?」

 それから彼女は一言も話していない。さちゑさんもそんな彼女に気を止めることなく俺と三水の事をひたすら訊いてきた。
 カチューシャをしているため彼女に視線をやるのも一苦労で、やっとの思いで然り気無く視界に彼女をいれると彼女は三水が作ったカクテルに口を付けているところだった。
 紅いマンハッタンが彼女の口内へ導かれる様はどこか妖艶に見えた。

「翼くんは普通のアルバイトかなんかなん?」「…え?」
「彼はルーキーですよ」

 彼女の残像にまで気を取られてしまい自分へ向けられた問いを聞き逃してしまったが、俺の代わりに三水が答えてくれた。その答えにさちゑさんは俺を見る。

「なんや翼くん新入りやったんや、ここに居る言ぅことは叡李組やね?」
「え。ああはい、そう、です」

 さちゑさんはCHU-RINを知っているのだろうか不安そうな顔をして三水を見るが、三水は苦笑い。
 再び俺を見たさちゑさんは、俺の両頬を掌で潰したり人差し指と親指で摘まんだり、なんとも楽しそうな手付きで俺の顔で遊んでいる訳だが当の本人は眉間に皺を寄せ不満顔。

「…翼くん食べられんようにね」
「…」
「…おきばりやす」
「…」

 さちゑさんから心配と応援の言葉を掛けられているのはわかったがどう返事をすれば良いかわからなかったので、取り敢えず小さく頷いておいた。


****


「ほな酉ちゃん、翼くん、今日はおおきにありがとさんどした」
「此方こそお忙しい合間に御来店いただき感謝します」
「…ありがとうございました」

 ほんのりと頬を染めたさちゑさんは出入り口を前に俺と三水に礼を言うとドアを開け出ていった。続いて彼女もさちゑさんの後を追いドアを潜ると無機質なドアが閉まる金属音だけが店内に響く。彼女の後ろ姿が見えなくなったことにより喪失感が沸き上がった。
 溜め息を吐くと行き成り腕を三水に捕まれ驚きにより肩が震えた。

「……なんだよ」
「カチューシャ。」

 三水は一言だけ発すると、腕を掴んでいる逆の手でドアを開け無理矢理店の外へと出された。
 あまりにも勢いがありすぎて前のめりになった。まだ俺の髪にはさちゑさんから借りていたカチューシャがあった事を思い出し、前を向くと丁度エレベーターが来たらしくさちゑさんと彼女が中に乗っていくところだった。

「…桜花さん!!」

 さちゑさんを呼ぼうとしたのに大声で彼女の名前を呼んでしまったことに思考が停止した。
 彼女は驚いたように目を真ん丸にさせると直ぐに元の表情に戻り、さちゑさんに先に上がってくれと伝える。エレベーターはさちゑさんだけ乗せてドアが閉まった。

「……」
「なんどすか?」
「あ、あの…」

 俺の声が小さいせいで彼女が此方へ寄ってきてくれるのだが、それに合わせて後ろへ下がり距離を取る俺。その行動に苛立ち始めた彼女は眉間に皺を寄せ、歩み寄る早さが倍になり俺はよくわからない恐怖心が沸き上がってしまった。
 迫ってくる彼女を止めるべくカチューシャを無意識に髪から外し彼女に突き出してしまった。俯いた俺の手に握られたカチューシャを見るなり足を止める彼女。

「さ…、さちゑさんにカチューシャ、返すの忘れてしま…って」
「…はあ、ほんに。よういわんわ。」

 声を振り絞って彼女にそう伝えると呆れたように言葉を吐き捨てられた。
 最後の言葉が理解できず少しだけ顔を上げると胸倉を引き寄せられ視界いっぱいに彼女の不機嫌な表情が広がり再び思考が停止した。
 彼女は何も言わず自分のシャツのボタンを片手で器用に上から順に外していく。その光景が信じられず目を力一杯綴じて顔を背けたが、胸倉を掴んでいた彼女の手が俺の後頭部に回り、また元の位置に戻されてしまった。

「目ぇ開けよし」
「……」

 彼女の言葉に必死に首を降って抵抗するが彼女の発した一言。

「せやったらもう二度と、黒田はんには会う事はあらしまへんなぁ…」

 この言葉には抗う事なんて到底無理な話で、意を決して少しずつ目を開けていくと彼女の顔と。

「……」
「黒田はん、かんにんえ」

 はだけたシャツから見える彼女の、平らな胸。

「うちは、男や」

 彼女の、いや彼の綺麗すぎる顔とない胸を交互に見やる俺の顔は、この上無く間抜けだろうなと思った。








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