訪問者



 月が一層と輝く夜中の24時。

 町外れの古びた二階建てのアパート。そのアパート二階一番右隅のドアの前に一人の男が立っていた。男は何かするわけでもなくただ佇むだけ。
 男は迷っていた、何度もドアノブに触れようとしては止めるの繰り返し。そんな自分に苛立ったのか勢いのある溜め息が辺りに響く。
 暫くそのままでいるとゆっくりとドアが開き髭を生やした厳つい顔の男、奥大源吉が出てきた。
 源吉は目の前の男を一目見ると後頭部辺りをガシガシと乱暴に掻きそうすることによって乱れた髪を強引に掻き上げる。
 目を伏せ軽く息を吐いた。

「…いつまで其処におんねん、叡李(ルェイリー)」

 叡李と呼ばれた男は独特な笑い方をするとフードを脱いだ。瞼の上ほどの位置できっちりと切り揃えられた茶髪、細い目の下には濃い隈が広がり健康的とは程遠い顔立ちが印象的なCHU-RINだった。

「…ちょっと考え事してただけ。ってか叡李はやめてくんない?源ちゃん」
「ならお前も源ちゃん止めろボケ」

 CHU-RINは厳つい男に対してちゃん付けで名前を呼ぶとそれに向け怒気を含まず呆れたように制止の言葉を掛ける源吉。溜め息を吐くとCHU-RINに中に上がるよう促し部屋へ招き入れた。


「翼は上手くやっとるんか?」

 源吉はベッドに腰掛け煙草を一本取りだして銜えた。空になった煙草の箱を力任せに握り潰しゴミ箱へと放り投げる。
 その様子を見たCHU-RINはテーブルに頬杖を着いた状態で小さく笑った。

「うん、なんかびっくりさせられちゃったけどね」

 CHU-RINはそう言うと先程の出来事を思い出した。未だ鮮明に耳に残る翼の声、初めて自分の名前(偽名)を呼んでくれたことに嬉しさが込み上がってくるのだが、微かに切なさも溢れてくる気がした。

 CHU-RINが考えに耽っていると目の前を煙が線を引く、それを辿るように視線を流すと源吉と目が合った。

「で?お前が考え事するぐらいや、なんかあんねんやろ?」

 CHU-RINはその鋭い言葉に不安気に眉間に皺を寄ると重々しい口を開く。

「…先日、俺の下にいる奴が叩かれてさ。まーいつものことでちょっとした戯れかと思ったんだけど違ったんだよねぇ。」
「なにが」
「…人違いだったみたい」
「は?」

 CHU-RINは大きく溜め息を吐くとテーブルに凭れ掛かり両手で頭を抱えた。

「武原和成…」

 CHU-RINの言葉により部屋の空気が一気に変わり源吉は息を止め双眼を見開いた。
 CHU-RINが言った人物は10年前まで龍獄会にいた自分がよく知り過ぎている人だったからだ。嫌でも甦る過去の記憶が酷く懐かしく、今でも鮮明に耳に残る自分達の笑い声が再び聞こえだした。

「なんで今更、和がどないしてん」

 平然を装った源吉が問うとCHU-RINは意を決したかのように上体を起こし源吉を見据えた。

「和さんはどうもしてないよ、正確には和さんの子供」
「…和の?」
「その子"みづき"って言うらしいんだけど、その子供に間違われてうちの奴がやられちゃったってわけ、やられちゃったってか殺され掛けた?間違われた奴男だから多分、みづきは男の子だと思うんだけどね」

 CHU-RINが言おうとしていることが分かり、源吉は深い深い白くなった息を盛大に吐き出した。

「それにさ、」
「……?」
「叩いた奴をソイツに聞いたら…」
「大辺組の奴等やろ」
「…よく御存知で」

 そのことについて源吉は以前、龍獄会会長である龍崎憲一郎と酒を交えた時に噂話として聞いていたのだった。

 5年程前から大辺組は龍獄会の中を彷徨いていたことも知っている(それが和成の子供を探すためとまでは知らなかったが)、本当に彷徨いているだけで何も会に危害は加えていないため好きにさせていたのだった。
 龍獄会は危害を加えない限り滅多なことでは争いにはならない、そのため世間からは臆病者などと罵り上げられていた。
 しかし一度でも龍獄会に噛み付けば最後、噛み付いた団体は誰にも知られることなく静かに消えていく、それこそが龍獄会の真の恐ろしさと言えるだろう。

 源吉は短くなった煙草を最後に勢い良く吸うと灰皿へ押し付けると白い息を吐く。その顔はいつもの彼がする表情とはちがい鬼のような形相だった。

 和成が龍獄会から離れて10年。源吉の頭の中は何故大辺組が和成の子供を狙っているのか、またその子供は何処にいるのかという疑問と不安が渦巻いていた。

「叡李、かんにんやけど憲一郎に今の事伝えてくれへんか?」
「大将に?それはカンベンだねー」

 源吉の頼みに首を横に降るCHU-RIN。源吉は怒気を含んだ声で理由を問いただす。

「もしそれ大将に言ったら龍獄会と大辺組で抗争始まるでしょ?抗争やってバタバタしてるうちに和さんの子供が大辺組に見つかって殺られちゃったらどうすんのさ。5年間も探り回ってやっと叩いてきたってことは、向こうにもう和さんの子供の情報はある程度あるわけでしょ?まぁ今回奇跡的に人間違いで済んだけど」

 CHU-RINの隠された言葉を理解し眉間に皺を寄せる源吉。
 先にやるべき事は憲一郎に話すのではなく武原みづきを探し出すこと。

「…その間違われたヤツの特徴はどないやねん叡李」

 CHU-RINは源吉が言い終わると同時にジーンズの後ろポケットから写真を取り出し裏返した状態で台の上に滑らせた。
 源吉は恐る恐る紙を捲る、そこに写っていたのは一人の男性だった。

「…こいつ…」

 源吉はただ写真を見つめるだけで言葉を詰まらせる。その様子を見ていたCHU-RINの口元には微かに笑みが象られていた。






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