目は口ほどにモノを云う



 源吉が黒い猫を拾った。捨て猫よろしく段ボールに入っていた黒猫。段ボールには拾ってくださいの一言。それが源吉と俺が住むアパートの前の電柱の下にあった。
 まだ幼い風貌でアーモンド形にぱっちりと開かれた双眼は綺麗なエメラルド。にゃあと一声そいつが鳴けば瞬く間にへにゃりとだらしなく目は垂れ下がり頬が緩む源吉。
 そこから黒猫の長いのか短いのか分からない段ボール生活は幕を閉じ人間様との同居生活が幕を開けた。
 ほんわほんわした空気を部屋中に撒き散らす中年のだらしない光景を声を出さずに目元で笑う楽しそうなCHU-RINと、黒猫相手に眼を飛ばす心底楽しくない俺。
 源吉が黒猫の顎裏を指先で撫でてやれば気持ち良さそうに目を細め甘えるようにその手に頬を擦り寄せる黒猫。

なんだろうこの感覚。
実に不愉快だ。

 CHU-RINは暇潰しがてらにここへ来たらしいが何故か手に持つスーパーの袋にはキャットフードやらマグロの缶詰に牛乳等があった。
 今のセフレが猫飼っててお使いを頼まれたのだとCHU-RINは説明した。それで良いのか組長。つか組長のクセにお使い。違和感がありすぎる。
 CHU-RINが小皿に牛乳を入れてやると黒猫は小さい舌を懸命に動かし飲み始めた。
 その姿はさぞ可愛いのだろうと思う、この大人組には。俺にはその満遍なく振り撒かれる可愛さがウザくて仕方がないのは何故だろう。
 未だ源吉とCHU-RINがほんわほんわしてるのが気に入らなくて小さく舌打ちした後ベッドへ潜り込む。源吉がまだ8時だぞと言う声も無視。
 にゃあにゃあと鳴く声が鬱陶しい、俯せになって枕で頭を覆う。たかが猫ごときに馬鹿騒ぎしやがって。
 音もなくベッドへと飛び移った猫が頭上で鳴いた、枕を退かし声の主を軽く睨む。

「んだよ、こっちくんな猫」
「にゃあ」
「うっせーよ猫」
「にゃあ」
「…………」
「にゃあ」
「…………にゃー」
「…にゃあ」

 なにしてんだ俺、こっちまで思考回路がおかしくなってきた。今のやりとりは絶対に見られたに違いない、自分の失態にこれでもかと蹴りを入れたい。寧ろ穴があったら入りたい。
 恐る恐る源吉等に目を向けると、源吉は此方を見てるのは良いが、先程とは比べ物にならないほどへにゃり顔だった。最早目を細め過ぎて何処に焦点を合わせているのかさえわからないから良しとする。もしかしたら猫を見てあんなへにゃり顔の極みまで達しているかも知れないのにそれで叱るのは気が引ける。猫を見てへにゃられるのも嫌だが今のやりとりを見られたと言うのならもっと嫌だから今だけ猫デレは許す。
 問題はCHU-RINだった。如何にもさっきの俺を見て笑っている。

「くっクロチャ、可愛…じゃなくて見てないよ、うん見てない!!」

 右手で顔半分を隠して必死に見ていないと否定しているが、うそつけ変態。目が笑ってるし発言からして認めてるじゃねぇか。
 心底腹が立ち手元にあった枕を掴み思い切りCHU-RINの顔目掛け投げ付けてやった。

「人の顔見てへらへらすんな変態!!」

 ぎゃあぎゃあ俺が怒鳴っていると源吉からカルシウムが足りてなかったら苛々するのだと説明を受け猫用にと買ってきたもう一本の牛乳をもらった。
 封を開けコップにも注がず直に飲む俺。その隣では少量皿に残っていた牛乳を飲む猫。

「こっちの"猫"を扱うのは上手いね源ちゃん」
「お前の扱いが下手すぎんねんアホ」

 怒り心頭の俺には二人が話している内容は聞き取れず無我夢中で牛乳を飲み干していた。





――にゃあ。








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