実行する黒猫





 CHU-RIN糖分切れ騒動終わり、必要な糖分を摂取することが出来たせいか先程の妖しい雰囲気は何処へやら。

「ココアおいしー」

 ほっくりした顔でマグカップに口を付けていた。
 何故だろう、源吉の顔が少し老けたように見える。被害にあったのは俺の筈だが…。日頃AVばかり見てる癖に間接キスぐらいで…ぅえ。

「…翼、どないしたんや」
「…なんでもない」

 片手で口元を覆う俺に源吉は虚ろな目で心配してきた。俺よりあんたを心配しろよ源吉。
 俺達の現状を知ってか知らずか、CHU-RINはけろりとした態度で文字で埋め尽くされた用紙を俺の目の前まで滑らせた。

「はいはいそんなゲッソリしてたら手違いして牢獄行きだよぉ、こっからちゃんと聞いてねえー」

 「誰のせいでゲッソリしてると思ってんだ」と言いたかったが、言ったらまた恐ろしい事が起きそうだと判断すると自然に口が開かなくなった。
 軽く息を吐き用紙に目を向けると、それを合図にCHU-RINは口を開いた。

「ターゲットを移転させる新住所を用意するところまでしか俺は出来ないから、ここに書いてある分はクロチャン、君が明日実行すること。頭に叩き込んで。」

 そう伝えると用紙の一番上の部分を指差し説明を開始した。


****


 次の日、俺はターゲットになりすまし、なるべく人の出入りが激しく職員の記憶に残りづらい本役所へ向かった。
 ターゲットの氏名、生年月日、現住所、電話番号などをもう一度確認し、転出届の用紙に記入事項を書き込み、CHU-RINが用意してくれたターゲットの印鑑を押した。
 それを転入転出窓口に出し、近くの長椅子へと腰を降ろした。神経が昂っているせいか変な感覚が俺を纏った。
 ジーンズの後ろポケットにある携帯を取り出し画面を見ると。

「…源吉」

 そこには新着メールが10件、全て源吉だった。内容は俺を心配する文章ばかり、不意に口許が緩んだ。流石に10件丸ごと無視を決め込む訳にも行かず、大丈夫、順調にいってるから。

 それだけを書き込み送信した。あまりにも心配しすぎだ。そもそもこの携帯も源吉に無理矢理押し付けられたな。少しするとまたメールがきた。

"ほんまに大丈夫なんか?(´・ω・`)"

「ぶっ!!あ、すいません」

 思わず吹いてしまった。隣のじいさんに睨まれたぞ源吉、なんてメールを返すんだあんた。にしても…。

「…かわいいなこれ」


 しばらくしてターゲットの名前が呼ばれた。気を抜いていたせいか、内心驚いたが平然を装った。どうせ顔写真はないんだ、バレはしない筈。
 受付の姉さんから転出証明書をもらった。
 国民保険証の返還を求められたが、適当に「家に忘れてきたんで、後日郵送でいいですか?」と言っておいた。

 次にターゲットが住むであろう地域で転出先の市役所へ向かった。さっきの要領で転入届に記入していく。印鑑を押して前の市役所でもらった転出証明書と一緒に転入転出窓口に出した。
 その時、国民健康保険の加入はどうするかと聞かれたが、「会社の社会保険に入る」と言っておいた。ターゲットは19歳だから不思議はないだろう。
 しばらくしてターゲットの名前が呼ばれ、そこで手続きは終了。帰り際、ここでほしい身分証明書分の住民票を3通ほどもらった。

 数日後、原付の免許を取った後に本役所へ「就職した会社に社会保険がなかった」と言って即日交付するように伝え、保険証を受け取った。
 その後は、印鑑登録窓口で登録用紙を受け取り、それを記入する。書類ばかり書くせいか字が上手くなった気がする。
 名前が呼ばれ、印鑑登録カードを受け取った瞬間、ターゲットの公的権利をすべて俺が獲得した事になる。
 不思議な感じだ。こんな簡単に人の権利が自分のものになるなんて、自然とカードを持つ指に力が入った。
 帰り際にまた、印鑑登録証明書も3通ほどもらっておいた。CHU-RIN曰く、こういう書類はいろいろ便利らしい。
 全ての手続きが終わったと理解すると、体から気が抜けるのがリアルに全身に伝わった。


****


 家に戻ると部屋は真っ暗で、窓のカーテンの隙間から僅かに漏れる光を頼りに蛍光灯のスイッチを探した。
 やっとの事で蛍光灯を灯すと、床には源吉。その姿を見て溜め息を吐いた。鞄などをベッドへ投げ、冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出しキャップを開けると半分ほど飲み干した。気を張ってると喉が渇く。
 テーブルの横に座り紙とペンを引き出しから取り出すと、それをテーブルの上に置く。そしてペンを紙の上で走らせた。が、一行書いてペンを止めた。

「源吉。起きろ」
「…なんや。」

 源吉の肩を揺さぶり覚醒を促すと、蛍光灯の光が眩しいのか源吉は右腕で両目を隠した。
 尚も夢の中へ入っていこうとしやがるからペン先を鼻の穴へ突っ込んでやるとすんなりと起きた。

「なにすんねんアホ!!」
「見ろ。」

 半ばキレる源吉だが、気にせず先程ペンを走らせた紙を見せた。

「で、それがどないしたん」
「…字…上手くなった…」

 紙には源吉の名前を書いただけで他はなにもない。俺の発言に源吉は目を丸くして俺を見た。
 少し時間が経つと、自分の行動が意味不明だと解釈した。

「いやなにもない」

 この歳にもなってなにをしているのか、なにが字が上手くなっただ恥ずかしい。気が抜けすぎて思考力まで低下してしまったのか。
 この源吉からの痛々しい視線をどうにかしなければ、穴に入りたくなる。そう思い身分証明書などの手続きが全て終わった事を伝えようとした瞬間。

「…餓鬼やねぇ」
「なっ!!」

 餓鬼扱いするなと言おうとしたが、源吉の表情は嫌味な顔ではなくどこか懐かしく感じるほど優しい表情だった。

 次の日、CHU-RINから俺の携帯に連絡が入り「教習所とか役所には近付かない様にしてねー。近付かなければ見付かる可能性はゼロだから。クロチャンはエライねー、今度俺がクロチャンの頭いい子いい子してあg…」無理矢理切ってやった。携帯の電源ごと。







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