話ができない



足音は三人分。
少女は床を滑るように歩いていて、よく見ると足が地に着いていなかった。
通路脇の隠し扉を回転させ、現れた階段を下って地下に行く。
明かりが無くて、足元が見えないどころか一寸前も見えなかった。
その中を、少女を頼りに手探りで進み続ける。
複雑に入り組んだ曲がり角を右に左に進み続ければ、やがて一つのドアにたどり着いた。
少女はイタチ達が追い付くのを待ってから、そのドアを開けた。
灯籠のオレンジ色の光に溢れたその部屋は物置のようだった。
中には二つの提灯を持った黒い着物の少女が待機していた。
黒い着物の少女が紺の着物の少女に片方の提灯を渡す。
そして、二人並んでイタチをじっと見つめた。

「………」

何かを訴えようとしているのは、わかる。
だが、イタチには何をどうしたらいいのかわからなかった。
無言の見つめ合いが続く。

「………」

「………」

「………」

「…目デ会話デモシテルノカ?」「だったら、僕達にもわかるように通訳してよ」

双子とイタチに焦れたゼツが口を挟んだ。
イタチは諦めたように目を伏せる。
第一、双子は髪を真ん中で分けているが、目は隠れてしまっている。
ならば雰囲気で察するしかない。
けれど、イタチにも何を言おうとしているかはわからなかった。
全く思いが伝わっていないことがわかった双子は、イタチから視線を逸らさないまま何か考えているようだった。

「………」

黒い着物の少女が小走りでイタチの前へ寄る。
暁の衣の裾を引っ張り、屈んでと訴える。
イタチがその場にしゃがむと、少女は何か重大な秘密を打ち明けるように体を固くして、イタチの耳元に口を寄せた。
どうやら内緒話をしたいらしい。
意図を理解したイタチは、少女の言葉を注意深く聞こうとする。

「………っ…」

だが、微かに息を呑む音が聞こえただけで、肝心の言葉は何も聞こえなかった。
少女は逃げるように紺の着物の少女の元へ戻った。
今度は紺の着物の少女がイタチに何か言おうと口を開くが、すぐに俯いてしまった。

「言いたい事があるなら、はっきり言ってもらえませんかねぇ…」

鬼鮫が急かす。
双子はお互いの手を握り合い、相手と自分を励ましていた。

「これは…重度の人見知りだね…」「人見知リダッタラ、人前ニモ出ラレナイハズダ」

身を寄せ合っている双子を見て、ゼツが言う。

「じゃあ何?」「照レ屋ナンダロ、重度ノ」

それもちょっと違う気がする、とは言わず、適当に返事を返した。

「どちらにしろ、厄介な事には変わりありませんね」

言うまでもないが、暁というS級犯罪者の集まりに、この手の人間と接するためのスキルはない。

「もう、手っ取り早く気絶させて運んじゃった方がいいんじゃないですか?」

「それでもいいが…今それをやると、目を覚ました時にコミュニケーションが取りにくくなる」

それを聞いた鬼鮫は、自分はお手上げだと言わんばかりに肩を竦めた。
何も言わないガキより、生意気なガキな方が扱い易かったりするのだ。

「でも、いつまでも此処にいるわけにはいきませんよ」

「………」

さてどうしようかと頭を捻らせる暁メンバー。

「…おや?」

黒い着物の少女が、もう一度イタチの元へ来た。
イタチもしゃがんで、少女と目線を合わせる。
少女はイタチの手を取り、掌に指で文字を書き始めた。

「なるほど、指文字ですか」

鬼鮫も横目で文字を見る。

《そ っ ち い く》

暁に入るということだろうか。

《で も に も つ》

少女が後ろの箱や衣類を指す。

「最低限必要な物だけ持ってくればいい」

イタチがそう諭すが、少女は首を振った。

《た い せ つ》

置いて行きたくない、無くしたくない。
イタチを掴む手に力が篭った。
イタチは背後に詰まれた彼女達の荷物を見る。
子供二人と大人三人で持てる量ではなかった。
こちらとしては、もし戦闘になった時のためにも、両手は開けておきたいものだ。
そう思ったのが伝わってしまったのか、少女は急いで次の文字を綴った。

《お わ か れ い や だ》

そこで、はっとした。
リーダーの情報だと、彼女達は十年前に抜け忍になったと云うではないか。
この双子は十歳前後の子供だ。
もし、産まれてすぐに「捨てられた」としたら、この家にある物は二人と一緒に過ごした大事な物ばかりではないか?

「………」

イタチは、大切な物を全て置いて来た。
遠ざかる里を見て、胸が裂けるような思いを経験した。

「…俺達が持てるだけ持つ。それで無理だった物は、諦めろ」

一拍置いて、少女が頷く。
それから紺の着物の少女と、何を持って行くか考え始めた。
物を箱にまとめている双子を、鬼鮫が複雑な表情で見つめる。
やがて紺の着物の少女が、一つの箱を持ってイタチの前へ置いた。
それを時間を目一杯使って繰り返し、一人一つ箱が行き渡る。
イタチ達が持つ箱は大きめの段ボールと同じサイズだが、双子の持つ箱は特別大きかった。
スーツケースくらいの箱を二つ重ねて二人で持つ。
一歩進む度、上に乗っている箱が危なっかしく揺れた。

「これじゃあ、アジトまでいくら掛かるかわかりませんね」

「俺達ハ先ニ戻ルゾ」「あとよろしくねー」

そう言うと、ゼツは床に潜っていった。
鬼鮫は小さくため息をつく。
しかし、鬼鮫は嫌とは言わなかったし、愚痴もこぼさなかった。
前を歩くイタチのあとを、二人が慎重に着いていく。
その後ろを鬼鮫が歩き、イタチが早く行き過ぎていた時は声をかけ、二人が疲れていたら休憩を提案した。

「今日中にアジトに着くのは難しいですね。どこか宿を取りましょう」

木陰で休憩しているイタチと双子に言う。
イタチも、日が沈みかけた空を見て頷いた。

「歩けるか?」

イタチが問うと、双子は同じタイミングで頷いた。
イタチと鬼鮫が持つ箱も、見た目の割には相当重い。
この子供が持っている箱は、さらに重い物なのだろう。
それが二つ分で横歩きとなると、きっとイタチ達より負担も大きい。
交換しようかとも言ったのだが、二人は首を振ってばかりだった。

「もう少し歩けば宿のある村に着きますよ」

鬼鮫も励ましの言葉をかけ、双子がまた頷く。
三人は並んで歩き出した。










3月27日、執筆。



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