追いかける背中

[heroine side]

ジュードに名前を呼ばれて咄嗟に追いかけてくると逃げるように社長室を出ていった。
エレベーターの前でエルが足踏みをして待っている。どうやらミラはもう下へ向かっているらしい。

「ねえファルス、ミラどーして走ってっちゃったの?」

ミラが乗ったのであろうエレベーターが下へ下へと下がっていく。もう一つのエレベーターが音で知らせゆっくりとした動作で扉が開かれた。私はエルの質問に答えることなく彼女の手を引いて足早に乗り込む。

(なんて答えればいいか分かんないよ……、)

ミラ=マクスウェルの邪魔をしているのがミラだなんて。そんなのミラと仲良しのエルに伝えるほどの勇気なんて生憎だが持ち合わせていなかった。

小さくなっていくミラの後ろ姿。商店街の方へ向かい、賑わう人々に紛れて何度も見失いかける。でも、今のミラをひとりぼっちになんかさせたくない。今のミラはきっとやけくそになって自害だってしてしまうかもしれないもの。手に入れかけた居場所がなくなってしまう人の気持ち。それは私の立場と似ているようで全然違う。正直追いついて何を言ってあげればいいのかなんてさっぱり見当もついていないけれど。

欲を言ってしまうならば、私もミラには居なくなってほしくない。私の知るミラとは違う、全然似ていないはずなのに隣にいて安心する彼女が消えてしまうなんて考えたくもなかった。分かってる。自分の願いが雲をつかむような話しなんて事は。

「いっ…いたいよ、ファルス」

「あ……、エル…ごめんね」

無意識に力がこもっていて眉をしかめたエルの声を聞いて考えるのをやめた。握る力を緩めて走る。ふわふわと揺れる金髪を目指して走る。ミラの背中が徐々に大きくなっていったのは海停に着いてからのことだった。海を見つめるその表情は苦虫をつぶしたよう。
エルと目を合わせて、そっと彼女に近づいた。何も声はかけてあげられない。

「私、ファルスが嫌いよ」

「………え?」

「私と同じ境遇なのにあなたはこんな思いしなくてもいいんだから。……ずるいわ」

それは彼女の本心だろう。違う世界の住人なのに現状崖っぷちの彼女とは全然違うのだから。嫌いと言う言葉がそういう意味を指しているのは分かってる。私という存在を否定しているわけではないのだ。

「…それでも、やっぱり私はミラが好きだよ」

ちらりと後ろを伺うミラと一瞬だけ目があった。ふいっと顔を海側へ戻し押し黙る彼女。そこへ複数人の足音が届いた。ルドガーたちだ。

「ルドガー……ミラが、なんか変なんだよ」

「……気付いてるんでしょ?」

エルはミラの言葉を聞いても純粋に不思議がっていて。その純粋さが私の胸を突き刺される。曇天と同じ、ルドガーの表情も重たいものだ。静かに重々しく口を開いてその言葉にミラは頷いて、ゆっくりとした動作で振り返った。

「ミラ=マクスウェルの復活の障害は……私よ」

聞きたくない言葉。それを本人の口から聞いてしまった。耳を塞ぎたい、だけど本人が一番辛いのだ。私は彼女の目を見ない。かわりにジュードを見た。

「どういうこと……?」

「正史世界では、同じモノは同時に存在できない。あなたたちのミラが、この世界に戻れないのは、私が、ここにいるせいなの」

待ってと止めるジュードは困惑している。彼らの制止も聞かずミラは正史世界の彼女を復活させたいのなら私を殺せばいいと淡々と事実を述べた。エルが殺すという言葉に衝撃をうけているそんなときにアルヴィンたちもやってくる。聞いていたのだろう。その顔は少しばかり恐い。

「子どもの前でやめろよ」

「事実なんだから、しょうがないでしょ」

「もめてる場合じゃないんだって。ガイアスから、アルクノアがテロを計画してるって連絡があったんだ」

「まさか和平条約の調印式を!?」

アルクノア。その存在を忘れかけていた私がいた。分史世界じゃ幾度となく残党に襲われていたはずなのに。どうやら頭の中、平凡脳になっていたらしい。ミラとアルクノア。
天秤に掛けて、皆はアルクノアをとったのだ。

「俺も手伝おう」

「俺たちって私も?」

エルはミラの手を掴む。こんな状態のミラ、一人にできるわけがない。テロは待ってくれないし、それが正しい選択なんだ。彼女のことは歩いて考えよう、最善の策を。この衰退した時代から生まれた頭をフル回転して。

皆が歩く。進み出したその集団に続いて私も歩き出した。白衣の青年の背中を見つめて一人孤独な気持ちに包まれた。
なんでファルス・マティス=ジュード・マティスではなかったんだろう。本当…そうだったら、今のミラの気持ち、すごく分かってあげられるんだろうけど。



(それ以前に、こうしてミラと会うこともなかったのかもしれないけれど)



違う境遇の自分を
(なんど重ねても当てはまらないパズルのピース)

2014.7/12


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