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=侍女(4)=



自分何故今このような行動に至っているか。答を知るのは勿論自分しか居ないのだし、誰に問うているのかも分からない。
少し前の彼女だったなら、涼やかに笑って寵姫としての人生を受け入れただろう。出来る限り控えめに平穏に生きていくのが望みの彼女だからこそ、その気持ちは確かなものだった。
きっと自分の心構えが足りなかったか、或いは“彼”との僅かな接触が自分の中にある小さな欲を揺り起こしたのだと、**は無理矢理結論付けて深く息を吐いた。
吐息は薄暗い空間の中に溶けていく。自室でもなければ主に仕事場としている衣裳部屋でもない、もう長く使われていない所謂空き部屋でこうして独り、**は自問自答を繰り返しながら“彼”が訪れるのを待っていた。

やがて部屋に唯一である美しい装飾の扉が静かに開いた。一度だけ、申し訳なさ気に軋んだ扉は、訪問者を通すと今度こそ音もなく元の場所へと戻っていった。

「――誰だ」

控えめに響いた声は、待ち人のものだと確信できた。小窓から差し込む月明かりは悪戯に**の足元ばかりを照らしており、互いの顔を確認できない。
**は一度大きく息を吸い、月明かりの下へ進み出た。

「お待ち致しておりました、ペンギン様」
「………**か」
「はい」

小窓から弦月が見下ろす中、ようやく姿を捉えることが出来たペンギンの表情は、思う程険しくはない。ただ少し困ったように眉を下げ、二つに折られた小さな紙を差し出した。
薄い桃色に染まったその紙は、まだ陽の高い間に**がペンギンの母ラーレに預けた、彼へ宛てた手紙だった。

「母に、これを預けたのはお前か?」
「…然様で御座います」
「何故このような事をした。これが知れればどうなるか…分からん訳ではないだろう」
「勿論存じ上げております。しかし、どうしても今夜貴方様にお会いしたく…こうしてお呼び立てした次第で御座います」

申し訳御座いません、と深く頭を下げた。もっときつく窘められることも覚悟していたが、彼の口調はそれよりも幾分か優しかった。

「わかったから、顔を上げろ」
「は、い…あの…っ」

ペンギンに促されるように顔を上げた**は、真っ直ぐに彼を見上げる。その目は普段よりもずっと大きく見開き、真っ直ぐにペンギンを映していた。

「……なんだ」
「ペンギン様、この地へ連れて来ていただけたこと、深く感謝致しております」
「ああ、それは、よかった」
「ペンギン様には、幾ら御礼を申し上げても足りませんわ。本当に……」
「そんな礼を延々聞いている時間は無い。私は失礼する」
「お、お待ち下さいませっ」
「今のお前が在るのは全てお前自身の力に因るものだ。私には関係ない」
「―――私は…っ。私は、これまでずっと貴方様をお慕いしておりました」

時が止まったかと思うような静寂が部屋を包む。部屋を去ろうと**に背を向けたまま、ペンギンは足を止めた。
**もまた、咄嗟に掴んだペンギンの腕を放す事が出来ず、極々小さな声で「申し訳ありません」と呟いた。

「……冗談にしては笑えんな」
「冗談では御座いません」
「馬鹿を言うな。早くその手を放せ」
「…嫌です。きちんと話を聞いていただけるまでは」

腕を握る手により力を籠める。勿論このような非力な女に抑えられる程ペンギンは弱くはないが、それを振り払うことはしなかった。

「いい加減にしないか。自分の立場くらい解っているだろう?お前は…」
「解っております!それでも、私がお慕いするのはペンギン様だけなのです!……王では、ないのです…」

消え入りそうな声で、何とか搾り出した**の肩が微かに震えた。

「**、もう黙れ」
「―――ペンギン、さ」
「黙れと言っている」

**は思わず口を噤んだ。乱暴に振り払われた手を庇う間もなく、肩から壁に強く押さえ付けられて身動きすら取れなくなる。互いの呼吸が感じられる程の距離で、それでも**は怯えもしなければ、僅かな抵抗すらしなかった。

「……どうしてそのようなお顔をなさいます」
「**。お前は俺に何を望む?」
「何も。ただ、今の私の気持ちを、少しの間だけでもお心に留めてくださいませ」
「何も、か。こんな所まで呼びつけておいて随分勝手な言い草だな」
「身勝手我が侭は大人の女の特権ですわ」

此処では許されることではないでしょうけれど、と笑う**に対し、ペンギンはより一層複雑な表情を見せた。

「酷い名言だ」
「そういう家に育ちましたの」
「ならば仕方ない」
「ええ。さぁ、そろそろ姫様が閨へ帰られる頃ですわ」

今宵どの女が王の閨を訪れているかなど更々興味はない。それでも誰に鉢合わせたとしても、罪に問われるのは確実であり、ともすれば2人揃って極刑は免れない。

「今日の事は、明日の夜までには忘れてくださいませ」
「本当に俺の答えなどは一つも聞いてはくれんようだな」
「ええ。だって聞いたら、死にたくなってしまいますもの」

それがどんなものであっても、きっと自分を保っていられなくなる。自分の立場と性格をよく理解しているからこそ**は答えを拒んだ。


「―――わかった。では」



そう残して最後は顔も見せずにペンギンは足早に部屋を去った。一人部屋に残った**は、閉ざされた扉を見つめ、ひとつ溜息をついた。


笑う彼女の頬を涙が伝う。**はハレムへ来て初めて涙を流した。

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