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=侍女(2)=



“近頃王の一番のお気に入りはどうやら**らしい”などと言う噂が侍女達の間で流れ始めたのは、宴の際に**がペンギンと言葉を交わしたそのすぐ後の事だった。
その理由は明確であったし、何よりそう噂される要因である王の言動は、あまりにも露骨だった。

「あっちのを寄越せ。そんな物は着けぬ」
「お前の仕立てるものは地味だ。作り直せ」
「今宵は酌をしろ。他の仕事はするな」

他の侍女でも充分事足りる仕事を全て**に回し、王はできる限り彼女を自分の近くに置いた。おかげで**は元々僅かであった休息すらほぼ与えられなくなり、文字通り一日中働き詰めの日々となった。
そして噂は侍女ばかりか、正妃や寵姫達にまで当然知れ渡ってしまう。毎度宴の度に王に付き添う**を恨めしげに睨み付ける寵姫は決して少なくはない。
**は仕事自体は何の苦にもならないし、王が席を立った際に時折ペンギンに労いの言葉をかけてもらえる事は、何よりも嬉しかった。しかしこの憎しみ篭った女達の視線に晒されるのは耐え切れなかった。仕事と割り切っていても、やはりそれは彼女に重く圧し掛かる。


「今晩は給仕に就け」
「……」
「どうした、不満でもあるのか?」
「…いいえ、滅相も御座いません」

衣装室での王との会話もここ数日はお決まりのやりとりしかない。言いつけられた仕事に不満を漏らすような**ではないし、現にここ数日の過酷な労働も全て黙ってこなしていた。
だからこそ、今日に限って返事を躊躇った彼女に、王は訝しげに眉を顰めた。

「給仕の仕事は好かぬか?」
「い、いえ…!そのような事は…」
「……近頃ペンギンと懇意にしているようだが」
「――――っ!?」

心臓が大きく跳ねた。心拍数が上がり、震える手で襟元を整える**の頭上で、王は小さく鼻で笑う。

「気付かぬとでも思ったか?」
「申し訳、ございません…。で、ですが…王の仰るような事は…」
「懇意ではない、と?」
「は、い…三度ほど労いの言葉を頂いただけでございます…」
「珍しい事もあるもんだな。あいつがなぁ」

目の前の**に返答するでもなく、ぽつりと呟くように一言漏らした。その表情が思いの外優しく、多少の憂いを帯びているのは、生まれてこの方ずっと共に過ごしてきた男の顔が浮かぶからか。**は窺い見た王の顔に少しだけ胸の奥が痛んだ。
王の支度を終え、**はその足元に膝を付いた。

「お気に障りましたのならお詫び申し上げます。私からお声をお掛けする事は御座いません」
「そうか…いや、もういい」

はじめは**の詫びを軽く受け流した王だが、ふと何かを思い立ったように少し間を置くと、彼女の傍へ腰を屈め、その耳元へ顔を寄せた。
**はびくりと肩を揺らした。それが王の悪戯心をより掻き立てる行為だとは気付かない。自分達しか部屋に居ないこの状況で尚、王は彼女にだけ聞こえる程の声で告げた。

「二日後、迎えを寄越す―――お前が部屋に来い」
「……それ、は……」

その場で呆然とする**を残し王は、彼には馴染みの不敵な笑みを浮かべ立ち上がり、そのまま一人部屋を後にした。




その夜は結局まともに仕事も手に付かず、尚且つ王がこの事を使いの者に伝えた事で「噂は本当だった」と後宮内の女達に一気に広まった為、**は更に憎悪に満ちた視線を全身に受ける事となった。
新しい朝が来てもそれは変わらず、すれ違う女達からの羨望と嫉妬の眼差しは既に絶望の淵に立っている気分の**を更に追い詰めた。

王の部屋へ呼ばれる事が何を意味するかが解らない**ではない。この誘いを切望する女達が此処には幾らでも居るというのに、なぜそれを望まぬ自分に訪れるのか。
いくら思考を巡らせたところで、元々王の気まぐれかとも思われる言動には理解に苦しんでいた**が、その真意に辿り着ける筈もない。何とも言えぬ息苦しさと眩暈が酷さを増すばかりだった。
こんな時に思い出されるのは、もう随分と古い記憶にしか無い、若く奔放だった頃の母の事だった。

「身勝手や我が侭は女の特権よ?楽しまなくては損」
「思う事はきちんと人に話しなさい。伝わらなくては意味がないわ」
「悔やむという事は人生最大の罪だわ。悔いのないように暮らしなさい」

まだ幼かった**には到底理解出来なかった若き頃の母の口癖が、今になってぽつりぽつりと思い出され、時折それをうわ言のように呟いては、小さな溜息をついていた。

昨夜から思い悩んでいたことが一つだけあった。
実行に移すには幾らかの人を巻き込み、下手をすれば自分は極刑にもなり得る事態となる。普段冷静で大人しい**だからこそ、今自分が思い描くような利己的な行動を起こすことに大きな躊躇いを感じていた。
手に取っては置き、また思い立っては手に取るを繰り返していた小さな手紙を眺める度に先の母の言葉が脳裏に蘇るのだ。




陽が真上から少し動いた頃、**は自室から少し離れた一人の女の個室を訊ねた。
軽く扉を叩くと、間もなく鈴の鳴るような美しい声が返ってきた。
開いた扉から顔を出した部屋の主に、**は深く深く頭を垂れた。

「ご機嫌麗しゅう御座います、ラーレ様」

その手には、例の手紙が薄い皺を寄せて収められていた。

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