ハレム企画 現在の物語(名前変換) | ナノ






=侍女(1)=



人目に気を配りながら出来るだけ静かに廊下を進む侍女。後宮内ではすれ違ってもわざわざ自分に声を掛けてくる者は決して多くはない。他人と話す事が極端に苦手な彼女は、普段は常に独りで行動し、たとえ誰かが傍に居たとしても会釈や相槌程度で殆ど会話をする事はない。
だが、どう気を付けていようとも、見つかる時は見つかってしまうものだ。


「あら**。ロー様の今夜のお召し物はそれかしら?」
「―――っ」

背後から掛けられた声にギクリと肩を揺らした。振り返った先に居たのは同室の侍女。強張った顔を隠せていたかはわからないが、出来る限り自然に微笑んでみせた。

「え、ええ…」
「綺麗な色ね。きっと喜ばれるわよ」
「ありがとう。じゃあ、私はこれで…」

一礼し、急ぎ足でその場を去った。両腕に抱えた上質の布の端を翻しながら長い道のりを駆け、目指すその部屋へ辿り着く。



「今日は、遅いわね」

目移りするほどの衣装・小物が溢れる王の衣装部屋。一日のほとんどをこの部屋と自分の住まう大部屋とを往復して過ごしている**は、指定の時刻をとうに過ぎている事に気付き小首を傾げた。
目の前には既に、先ほど持ち込んだ衣装と、それに見合う装飾品が並べられている。
そろそろ支度を始めなければ、間に合わなくなってしまう。様子だけでも窺ってこようか、と背を向けていた扉を振り返った時、少々乱暴とも思える音を立てて勢いよく扉が開かれた。

「―――っ…王…お待ち致しておりました」
「挨拶などいい。早く支度を」
「はい…っ」

ガツガツと靴を鳴らし入室してきた王は、深々と頭を下げる彼女に見向きもせず彼女を急かす。
内心ひっそりと“今日は何事も起こしてくれるな”と願いながら、**は普段通りに自分の仕事に取り掛かった。

「では、本日はこちらの…」
「嫌だ」
「王……」
「色も形も気に入らぬ。全て他の物を用意しろ」

丁寧に並べられた衣装を一瞥し顔を歪める王に“またか”と溜息が零れる。この衣装合わせにおいて王と自分の意見が合った事など、只の一度も無い。

「今宵の為の衣装はこちらしかご用意できておりません。どうかこちらを…」
「前にお前が仕立てていた物があっただろう。あれを寄越せ」
「しかしあれは今宵のような場では…」
「**」

強く名を呼ばれて身が強張る。刺すような強い視線を正面から受け、**は堪らず顔を背けた。ハレムに上がってもうじき1年になるというのに、未だに王のこの目にだけは慣れる事が出来なかった。
こんな時、いつもなら王の乳母であるラーレが仲裁に入る。王を宥める事に長け、更に自分の仕事を尊重してくれる彼女が居れば、この揉め事はいとも簡単に収まるのだ。**は淡い期待を込めて僅かな時間黙って彼女の登場を待ったが、今日に限って彼女はこの衣装部屋に姿を現す事はなかった。


「聞こえなかったか?返事をしろ」
「は、い」
「今晩はあれを着る。直ぐに用意しろ」
「…畏まりました」

**は一度深く頭を下げると、直ぐに部屋中を歩き回り、数多ある腰布や履物などから王が所望したそれを素早く選び出していった。
その様子を暫く見物していた王は満足気に口の端を上げると、その場に置かれた上質な椅子に深く腰掛け、再び彼女の仕事振りを観察し始めた。




何度足を踏み入れても、この場には慣れない。
賑やかな場内では音楽が鳴り響き、音の中心では舞が自慢の姫達が競って踊りを披露している。皆が皆、王の目に留まろうと躍起になっているようで、**には女達のその目が、纏う気迫が恐ろしくてならなかった。
目の前に差し出される空いた盃に酒を注ぎながら、その杯を持つ男をチラリと盗み見た――つもりだった。
少し持ち上げた目線は彼女の思いとは裏腹に、深い色の瞳と見事なまでにかち合った。
どくんと心臓が大きく鳴り、言い知れぬ焦りを感じる**に対し、王は妖しく笑う。

「―――っ」
「どうした」
「い、え……」

弧を描いた口元はそのままに、王の盃を持たぬ片手がおもむろに**の長い髪へ伸びる。
驚き硬直する**を他所に、するすると滑らかに指をすり抜けていく感触を楽しむように髪の上で指を遊ばせる。幾度かそれを繰り返しようやく名残惜しそうに指に絡む髪を解放し、盃に残った酒を全て煽った。
その間中微動だにせずにいた**は、そこでようやく安堵ともとれる短い息を吐いた。
それと同時に刺すような鋭い視線が全身に注がれるのを瞬時に感じ取っていた。
飢えた獣の様な目―――。少しでも王に擦り寄ろうものなら直ぐ様噛み殺してやろうとでも言うような女達の鋭く冷たい眼差しは、今の**にとっては闘争心を掻き立てられる物でもなければ、背筋が凍るほどの恐怖心を煽るものでもない。
彼女にとって、忠誠を誓う相手は只一人。そして、心を寄せる男もたった一人なのだから。

「ペンギン。こいつを連れて来たのはお前だったか?」
「…**ですか?それでしたら、確かに私ですが」
「そうか」
「何か?」
「いや…なかなか面白いのを連れてきたと思ってな」

目の前で、自分の気に入りの布で拵えたサッシュが揺れた。
何の脈絡もない問いに呆気に取られる側近を他所に、王は寵姫達の元へと足を運ぶ。


「お前が選ぶ日は王の機嫌がいいな」
「そう、でしょうか…?」
「お褒めに与ることもあるだろう?」
「“気に食わぬ”と咎められてばかりで御座います…」
「……。まぁ、気にするな。お前の働きは皆高く評価している」

目を合わせる事もなく、給仕の手も休めない。そんな中の会話であっても、**にとっては舞い上がる程幸せな瞬間だった。
**にとって彼がこれほど近くに居る事自体が珍しく、彼女が慕うのはこの王に忠実かつ有能な側近なのだ。
低く笑うペンギンの声は至極穏やかだ。その声を最後に聴いたのは実に数ヶ月ぶりであった事を思えば、普段は感情を表に出す事の少ない**も僅かに口元を綻ばせながら彼の方へ向き直った。

「―――有難う存じます」

そうして深く頭を垂れる**に、彼もまた柔らかく微笑んでみせた。

「私の眼は正しかった。励めよ、**」

自分どころか恐らく彼女の侍女仲間にすら一度も見せたことの無い笑顔で自らの腹心と和やかに会話を楽しむ**を、王の冷めた瞳が見つめていたことに、誰も気が付くことはなかった。

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