夢と現実




宍戸さんが部活を引退してからというもの、テニスという接点だけがふたりを繋げていたんだと嫌でもわかってしまうほど、毎日毎日一緒にいたことが嘘のようにパタリと会わなくなってしまった。
だから今、宍戸さんがすぐ隣でゲームをやっている姿をなんだか幻を見ているような気持ちで見つめている。

「…なにジロジロ見てんだよ。気が散る」

「す、すいません…!」

視線を逸らした先には、ほんの二ヶ月前まで現役で活躍していた宍戸さんのテニスラケットが立て掛けてあった。
宍戸さんの部屋の窓から見える景色は北風が庭の木々を揺らしていてずいぶん寒そう。
あの夏宍戸さんと過ごした熱い日々を思い出すと、季節の巡りが早いと感じてしまう。
隣でゲーム画面に釘付けになっている宍戸さんはいつも通りに振る舞っているけど高等部進級のための試験勉強を始めていると聞いていたし、俺だけあの夏から一歩も動けず取り残された気分だ。
宍戸さんへの想いに気付いてしまったあの夏に俺はまだいる。

いくらダブルスの相方として共に多くの時間を過ごしてきたからといって、同性の先輩へ恋心を抱いてしまったなんてどの口が言えよう。
選抜合宿のときに貰ったグリップテープのケースでさえ未だに捨てられず部屋に仕舞ってあるくらいには重傷だ。
だから久しぶりに宍戸さんから遊ぼうと誘ってもらったときには正直断ろうと思った。
悶々と宍戸さんへの気持ちばかりが膨らんで、それが二人きりになったときにどうでるか自分でも未知数だったからだ。
でもいざこうやって宍戸さんの部屋で二人きりになってみても、久しぶりに会ったというのに宍戸さんは相変わらず俺を意識することもなく過ごしている。
それどころか前より口数も少なく視線も合わなくなっているような気がする。
こうやってどんどん他人行儀になっていって、いずれダブルスの元相方からただの後輩になっていくのかもしれない。
そんなことを思っていたら、せっかく宍戸さんが間近にいるというのにどうにも寂しくなってきてしまった。
手を伸ばせば簡単に触れられる距離にいるのに寂しいなんて、俺は宍戸さんを好きになってずいぶんワガママになったんだなと、打ち明けられない想いを少しだけ忌々しく思ってしまった。

「あー…ゲームオーバーになっちまった」

逸らしていた視線を再び宍戸さんに向けてみると、悔しそうに攻略サイトを見ようと携帯を操作し始めていた。
ゲーム音痴の俺は宍戸さんの応援をすることぐらいしか出来ないから、ひとりでゲームに夢中になっている姿を見ると、なんで今日宍戸さんから誘ってくれたのか疑問が湧いてくる。
もう帰ったほうがいいんじゃないかと思っても、宍戸さんの傍に少しでも長くいたいという気持ちも捨てきれず、どうしていいかわからないでいた。
そんな時、宍戸さんが携帯画面を見たまま、こっちを見向きもせずに口を開いた。

「そういえばさ、昨日夢に長太郎出てきた…」

「……えっ!?夢に…俺が?」

「そ。長太郎と会うの久しぶりだったし、ちょっと緊張してたのと楽しみだったのが影響したのかもな」

「宍戸さん…、俺と会えるの楽しみだったんですか?」

「ん…?」

まさか宍戸さんの夢に俺が登場したなんて思ってもない報告を受けたから嬉しさのあまり一気に顔から首周りまで熱くなり心臓がうるさく運動し始めた。
朝起きたときに、俺が夢に出てきた余韻が宍戸さんにまとわりついていたってことで、それがこの日を約束してから今までずっと俺と会うことを楽しみにしていた、という理由なら尚更嬉しい。
携帯画面に夢中になっていた宍戸さんは、俺の問い掛けにハッしたように顔を上げゆっくりと俺に視線を合わせてきた。
その若干目を見開いた宍戸さんの読みとれない表情に少しの不安が芽生えたが、俺の顔を見るなり一瞬で眉間に皺を寄せ口をひん曲げたので芽生えた不安が嬉しさを押し込めてしまった。

「し、宍戸さん…?」

「お前はなんつー顔してんだよ」

「だって…」

「楽しみだったよ、当たり前だろ。長太郎は?誘った俺がゲームばかりやっててつまらなかったよな」

「そ、そ、そんなことないです!俺は、宍戸さんと一緒にいられるだけで…、あっ…」

「へえ、ふーん。そうかそうか、長太郎くんはそんなに俺のことが好きなんだな」

「えっ!?」

宍戸さんはそう言いながらいきなり俺の肩に腕を回してして顔を寄せてきた。
宍戸さんは部活のノリでスキンシップしているのだろうが、俺にとっては拷問に近い。

「これだけは言うのやめようと思ってたんだけど、俺の見た夢の内容、気になるだろ」

「………」

「夢の中で…、俺、長太郎と…キスしてた」

「はっ!?…えっ?…」

「なーんてな。嘘、嘘だぜ。普通にテニスしてた」

俺の背中をばしばしと叩きながら歯を見せて笑う宍戸さんは、もしかしたら俺の迂闊な発言を察知してうまく取り消してくれたのかもしれない。
でもそれってつまり宍戸さんは俺にまったく気がないと言っているようなもので、自分の尻拭いをしてもらったにもかかわらずなんだか腑に落ちない。
しかも笑い飛ばしている宍戸さんを見ると、仄かに耳が赤くなっていることに気付いて、もっと違和感が深くなる。

「宍戸さんの耳…赤い」

「見んな!」

宍戸さんは両手で耳を隠しつつ俺を睨みつける。
さっき眉間に皺を寄せていたときとは違い、なぜかぜんぜん怖くない。
むしろ落ち着いていた心拍数が跳ね上がって全身が熱く汗ばんでくる。

「ねえ宍戸さん、本当にテニスしてた夢でした?」

「そ、そうだよ」

「じゃあなんで赤くなってるの?」

「近づくんじゃねえ」

近づく俺を牽制するため宍戸さんは犬を追い払うようにしっしと片手を振った。
その手首を反射的に掴んでしまった。
その力強さに驚いた顔をする宍戸さんにじりじりと近づく。

「宍戸さん…」

「言わなきゃよかった…」

「そ、それじゃあやっぱり…夢で俺と、キス、したんですか?」

「………」

片手を俺に拘束されたまま顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった宍戸さんの態度は無言でも肯定しているのが丸わかりだ。
その姿は今まで見たこともない宍戸さんで思わず抱きしめたくなってしまったが、でもそれをぐっと耐えてまた少しにじり寄る。

「ねえ宍戸さん、気持ち悪くなかった?男の俺とキスして気持ち悪く思わなかった?」

「思わなかった、な…」

「それって!…もしかして…」

「…なんだよ…」

「俺が、俺が…宍戸さんに思っている感情と同じ…ですか?」

「………」

気がつけば宍戸さんとの唇の距離10センチ。
相変わらず視線を合わせてくれないけれど、茹で蛸のような顔色と背後に余裕があるのにこれ以上逃げる素振りをみせない宍戸さんの態度が後押ししてくれて俺の気持ちにもう迷いはない。

「宍戸さん、答えて…」

「…なんだか曖昧だな。長太郎、ハッキリ言ってくれよ」

そう言いながら宍戸さんは視線だけを俺に寄越した。
もう顔が赤いのなんか隠すこともせず俺にすべてを見せている。

「…俺、宍戸さんのことずっと好きでした。だから夢に俺が出てきたことに舞い上がって、しかもキスしただなんて…もう…我慢出来ません」

「そっか…」

「宍戸さんは?俺のこと、好き?」

「…それはー…、もう夢で長太郎に言ったから言わねえ」

「…はっ?そ、そんなの俺聞いてないっすよ!」

「あんな恥ずかしいこと二度も言えるか!」

「夢の中でのことなのにズルいです!ここで目の前で言ってください!」

「嫌だっつーの!」

掴まれた手首を解こうと腕を左右に振りながらまたもや逃げようとする宍戸さんを強引に引き寄せ抱きしめた。
すると途端におとなしくなり俺の肩口に顔を寄せ吐息が首筋を掠めて一気に鼓動が跳ね上がる。
そして同じように宍戸さんの早鳴りの鼓動も感じることが出来た。
言葉では聞いてないけれど、もうこの態度で答えを貰ったようなものだからいいかな、と諦めかけていると宍戸さんが少し顔を上げて耳元に囁く。

「こういうの苦手なの察しろよ。…もう三度目はねえからな」

「…えっ?」

心構えもしないうちに耳元で囁かれた簡潔な二文字の言葉に一瞬で心がとろけてしまった。
こんなの三度目があったら俺の身が持たなくなりそう。

「こんな耳元で…反則ですよ」

情けない声を出せば、宍戸さんは俺の様子を窺うように下から覗き見て、満足そうな笑みを浮かべた口元そのままを俺の唇に押しつけた。

「し、宍戸さん!?」

「正夢にしてみた」

やっぱり宍戸さんには敵わない。
たまらず抱き竦めると背中に宍戸さんの腕が回ってきた。
これからもずっと片思いを引きずって宍戸さんの隣にいるものだと思っていたから腕の中に宍戸さんがいる現実が追いついてないところもあるけれど、じわりと伝わってくる宍戸さんのぬくもりがゆっくりと実感を引き出してくれる。
これも宍戸さんの夢の中に出てきた俺のお陰なのか、夢の俺に少し嫉妬しつつ感謝もしながら、重なりあう互いの鼓動に耳を澄ませた。












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