love & peace




「す、す、好きなんです!」

意を決して伝えた言葉は俺たちの他に誰もいない部室に大きく響いて消えていった。
目の前にはざんばらに切られた髪を気にする風でもなく目を見張った傷だらけの宍戸さんが、後頭部をガシガシと掻きながら俺を見詰めている。
その唇は少し尖っていて眉はいつもよりキリリとつり上がっていた。

「で?…どーしたいんだよ…」

「ど、ど、どうしたい…って……、出来ればお付き合いしたいです」

「お前なあ…、さっきレギュラーに返り咲いたばかりでいろんなことに混乱してる俺を余計混乱させたいのかよ」

「そんな!……ごめんなさい…」

「すぐに謝んな。お前の悪い癖だ」

「…はい」

どうしてこのタイミングなのかは自分でもよくわからないけど我慢出来なかったんだ。
好きで好きで、土下座して髪まで切ってしまった宍戸さんをこれからもずっと傍で守りたいって思ったら口に出していた。

宍戸さんは後頭部を掻いていた手を首の後ろに持っていき、その手を流れるように前に突き出した。

「…は?」

「『は?』じゃねえよ。握手だよ握手」

「…なんで?」

「よろしくお願いしますっていう意味」

「ホ、ホントに!?宍戸さん少しでも俺のこと好きでいてくれてるんですか!?」

「少しって勝手に決めんな!」

「宍戸さ、ん…」

「俺も好きだよ…長太郎のこと…」

まさか宍戸さんが言ってくれるとは思ってなくて、あまりにも自分の許容範囲を越えてしまって、暫しなんの反応も出来ないでいると、宍戸さんは勝手に俺の右手を取ってぶんぶんと握手してきた。
その力強さに我に返る。

「長太郎の手、おっきいなー」

「…宍戸さん…大好き…」

噛み合わない会話も幸せで胸いっぱいの俺には関係ない。
自分からも宍戸さんの手をぎゅっと握って泣きそうになりながら微笑んだ。




それがちょうど三日前の出来事。
俺とダブルスをすることになった宍戸さんは公式戦前にテニスに没頭していて、気付けば告白した日に握手した以来宍戸さんにひとつも触れていない。
つまり恋人同士っぽいことをなにもしていないのだ。

両想いになったんだから遠慮せずに俺から手を繋いだりしてもいいのだろうが、急造ダブルスをどうにかしようと必死に練習している宍戸さんを見ていたら、俺の悩みなんて口に出すのも恥ずかしくてなにも出来ないでいる。
俺はホントに宍戸さんと付き合っているのだろうか?
あの宍戸さんから聞いた『好き』という言葉は幻だったのだろうか?

答えが出ないまま悶々と考えながら移動教室のためにクラスメイトと渡り廊下を歩いていた。

「鳳、なんか泣きそうな顔してるけど…」

「なんでもないよ!気にしないで」

友人にバレるくらい酷い顔付きになっているかと思うと、自分のメンタルの弱さに情けなくなる。
バレないように小さく息を吐いて視線を前に向けると、丁度角を曲がってこっちに歩いてくる宍戸さんに気付いた。
なんという偶然なんだろう。
こんな顔しているときに会いたくなかった。

宍戸さんも俺の存在に気付くと口許を引き締めたような気がした。
これで少しでも笑顔を見せてくれたらよかったのだが、俺の隠しきれない微妙な表情を見てしまったら宍戸さんの笑顔だって引っ込んでしまうのは仕方がない。

宍戸さんは俺から視線を逸らして宍戸さんの隣を歩く友人に話し掛けた。
そんな態度にますます俺は泣きそうになる。
対面から歩いてくる宍戸さんがどんどん近くなってきて、こういう場合は挨拶だけで終わらせたほうがいいのだろうかと考えて、でも恋人だし、だけど校内では先輩だしと短時間で巡らせてみれば頭の中がパンクしそうになっていた。

「おい、あの人テニス部の先輩だろ」

「う、うん…」

友人の小声に顔を上げると宍戸さんはすぐ近く俺の斜め前まで来ていて、会釈だけでもと思っている間に俺の横を宍戸さんが視線も合わせず通りすぎた。
そして俺の左手の甲に何かが触れた気がした。

その感触はじわじわと実感を与えてきて、立ち止まって自分の手の甲を見詰めれば、そこに触れたのは確かに宍戸さんの骨張った手の甲で、軽く二回触れ合ったのだ。

「どうした?」

「………」

友人の問い掛けなんかは俺の耳には届いてない。
こんなに微かな宍戸さんの肌の感触に、さっきまで憂鬱だった気持ちが一気に浮上して、咄嗟に宍戸さんを振り返る。

宍戸さんはやっぱりこっちを向いてはいなかったけど、触れ合った宍戸さんの左手が控え目にピースの形をしていた。
それは俺が振り向くだろうという前提で俺に向けられたサイン。

こんなことで浮かれすぎるのはあまりにも簡単かもしれないけど、でも宍戸さんは俺のことを想ってくれてる。
それだけははっきりわかる。

「…鳳…顔赤いんだけど…」

「えっ!?ホント?な、なんだろなー…」

さすがに友人に怪しまれ、誤魔化しきれない曖昧な言い訳をしつつ歩き出した。
後ろ手で宍戸さんが触れた手の甲を親指でなぞりながら足取り軽く廊下を曲がった。

今度は俺から触れてみよう。
この手で、宍戸さんを…









2011鳳宍記念日!



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