夏の星空




思い出していた。
6年前の俺が俺を捨てた夏。
そして長太郎に救ってもらった暑い夏の日々。
















アパートのバルコニーから夜空を見上げれば、梅雨の晴れ間なのだろう、都会の空でもはっきりわかるほど大きな星が瞬いていた。
あの夏、傷だらけでコートに倒れたまま大の字になり見上げた夜空もこんな感じだった。
すぐに心配そうな顔をした長太郎が視界に入り込んできて夜空は遮られたわけだけども。

昔も今も変わらない。
今だって俺の視界を遮るのは奴だ。

「宍戸さん、酔い覚ますって言っといてビール持っていったら意味ないじゃないですかー?」

俺が持っていた缶ビールを取り上げながら長太郎は酔った頬を惜しげもなく晒して狭いバルコニーに割り込んできた。

「狭いっつの!暑苦しい…」

「スキンシップです!」

「お前なぁ…、男同士でスキンシップなんて寒いだけだろが」

「熱帯夜には丁度いいんじゃないですかー?」

「あー言えばこー言う」

「ふふふ…」

どこから見ても男で、誰が見てもイケメンの部類に入る長太郎が俺から取り上げたビールを一気に飲み干して、もう終りー…と俺に向かって可愛く微笑んだ。

俺は口をへの字にわざと曲げ隣で酔った笑いを見せる長太郎の鼻を摘んでやった。

「いたたた…」

「俺から間接キスを奪った罰だ」

「やだ!間接キスだって」

両頬に手のひらをあてながらびっくりしたように振る舞う長太郎が憎らしい。
間接キスごときでワーキャー言う年頃でもないんだが、俺は少なからず心の中だけで動揺してるんだよ。

こんな場面、長太郎と過ごすようになってから何度もあったけど、そのたびに平気なフリして時には不機嫌な演技をしてやり過ごしてきた俺の気持ちなんか、長太郎はまったく汲んでないだろう。

あの夏から変わらない星空と共に、もうひとつ変わらないこと。
それは俺の長太郎に対する恋心だ。

もちろん男に恋するなんてと自分でもずいぶん悩んだし、いっそ想いを吐き出してしまって拒絶でもされた方が清々すると考えたこともあったが、この後輩との居心地の良い関係性を中々手放せなくてずるずると今に至る。

夜空を遮るのは必ず長太郎で、その近さは俺にとってなくてはならないものなんだ。

「キメェよ」

「怖い…」

片眉を上げて牽制し、肩が触れるほどの距離にいる長太郎から視線を星空に移動してバレない程度に息を吐いた。
長太郎も倣って視線を上に向ける。

「それにしても珍しく綺麗に星が見えてますね」

「あぁ…、こりゃ織姫と彦星も一年ぶりの逢瀬を楽しんでんだろーな」

「宍戸さん、今日が七夕って気付いてたんですか?」

「天気予報で言ってたからな」

「そっか…」

「一年も会えないって相当酷だしな…、晴れて良かった」

「…宍戸さん」

「ん?」

呼ばれて長太郎に顔を向けると意外に真面目な表情と出会した。
アルコールのせいで頬は赤いが、それよりも赤く染まって見えるのは気のせいなのか。

「どうした?」

「………」

「長太郎?」

「俺は…酷とは思いません。…頻繁に会ってても想いが通じ合えないのなら…、一年会えなくても想いが通じ合ってるほうがましだと思います…」

「……そ、うか…」

「はい」

さっきまでふざけていた雰囲気が一変して、長太郎の真剣な瞳に今の言葉の真意が見え隠れしている。
都合良く捉えてはいけないと頭ではわかっているのに、まるで俺へのメッセージが多分に含まれていそうな言い回しも気になって仕方ない。

でもダメだ。
そうやって調子に乗れば後でイタい目に合うに決まっている。
喉まで出かかった長太郎への想いを必死の思いで飲み込んで始末した。
その代わり口をついて出たのは、いつもの軽る口だった。

「さては長太郎、そういう奴がいるんだな」

「………」

「頻繁に会うって、まさか俺だったりしてなー?」

「………」

「あっ…ごめっ、調子乗った」

「そうですよ…」

「…だよな」

「…宍戸さんです、よ」

「……はっ?」

聞き間違いかと思い、逸らしていた視線を長太郎に戻す。
あまりにも煮詰まっていて自分の都合のいい解釈をしてしまったのかもしれない。

「だから…、宍戸さんが好きですって…言いたいんですけど…」

「お、れ…?」

今度ははっきり長太郎の声が届いた。
まさかのそのまさかで、頭が真っ白になりついていくことができない。
長太郎が俺を好きだなんて、そんなこと…

「宍戸さんも…俺のこと好きかなってずっと思ってたんですけど…違いますか?」

「………」

「ずっとはぐらかしてたけど…、もうそろそろ間接キスだけの関係を終わらせたいんです」

「………」

「なにか、言って下さい…。黙られると不安になります…」

かなり顔が熱くなってきて長太郎に見られるのが恥ずかしいくらい赤くなってるのはわかるのに、突然のことすぎて纏まらない。
気持ちは決まっているのに吐き出せない。
詰まってる、喉に引っ掛かっていてどうしよう。

口が魚のようにぱくぱくしてたんだろう、俺の顔を見て長太郎が苦笑いをした。
それで、長太郎のくせに生意気な表情しやがってと思ったら少し自分を取り戻せてきた。

「お前は!」

「フガッ」

「生意気なんだよ!」

長太郎の鼻を再度摘んで睨み付けた。

「お前の言った通り、俺は…長太郎が好きだ」

「…宍戸さん」

「あの夏からずっと、だ」

星空の下で自覚した長太郎への想いを、あの時から変わらない星空の下で告げた。

唇に柔らかいものが触れてきて間接キスの関係ではなくなっても、この先星空はずっと変わらなくて俺の想いもずっと変わらない。

それを約束するように離れようとした唇に自らくちづけを施した。












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