memorize 1




腹の辺りを何かが横切った感触がして、深い意識下に落ちていた宍戸は重い瞼を片目だけ開けた。

ぼんやりと見えるのは天然木の優しい色合いのチェストで、その家具に既視感を覚える。

ここは、どこだ?

情け程度に掛けられている綿毛布に隠れて腹の辺りが見えず、仕方なしにようやく両目を開けて首だけゆっくり巡らせば剥き出しの二の腕の少し内側に鬱血痕がひとつついていた。
その事実に頭が一瞬真っ白になる。

思ってみれば背中にはしっとりとした質感が張り付いていて、これは否定したくても出来ない紛れもなく人肌だろう。
そもそも寝ている宍戸の腹を横切る物体自体あることがおかしい。
しかもその物体は横切るだけではなく宍戸の腰周りに落ち着いてほどよくまとわりついている。

そして先ほどのチェストをもう一度見ると持ち主の顔が一気に蘇った。
このチェストは昔、祖父から祖母へと贈られた手作りの家具で、それを祖母から譲り受けたと嬉しそうに話していた笑顔の持ち主。

「ちょうた、ろ…」

思わず声に出してしまうと掠れた自分の声に驚いた。
後ろの後輩は俺の項に埋めていた顔を少し動かして唸ったと思えばすぐに寝息を立て始めた。
宍戸は緊張のため止めていた息を気づかれないように吐き出しながらこの今の有り得ない現状を必死に頭の中で整理しようと目を閉じる。

もしかして…と思い鳳を起こさないように静かに腕を下半身に持っていき、まずは下着を履いていることに安堵した。
まさかな、そこまではと思いながらも恐る恐る後ろに手を回そうとしたが鳳の下半身が密着していて確認しようもなかった。

しかしすぐに確認しなくてもわかってしまった。
チェストの下に置いてあるゴミ箱に入らなかったのであろう、使い終わった口の縛ってあるコンドームが床に落ちていたからだ。
中にはコンドームの色に誤魔化された白濁した液体が入っているのがありありと見てとれた。

これは、この状況はもしかしなくても長太郎と関係をもってしまったとかいうやつなのか。

「うそ…だろ…」

本当は背中に張り付いて寝こけている鳳を蹴り起こし、ことの顛末をすべて吐き出させる方が手っ取り早いが、今の宍戸にはどんな顔で鳳と対面すればいいのかわからず鳳を起こす勇気が出ない。

せめてこのベッドから脱け出せればと少しだけ身体を動かしてみる。
すると今までの人生で経験したことのないような鈍い痛みが下半身を襲った。
しかも普段は絶対他人に見せられないような臀部の奥の場所がヒリついて思わず眉をひそめる。

「……っ…」

「…ぅ…んー……」

鳳がいきなり声を出しビックリして動きを止めると、鳳は宍戸に回した腕に力を加えて引き寄せ、しかも項に軽く音をたてキスをしたかと思うとまた安らかな寝息を立て始めた。

「おまっ…」

昔から鳳はどこか甘い雰囲気を醸し出していたが、こんなに甘ったるい空気が作れる奴だったなんて宍戸は知らない。
思わず鳥肌が立ち顔が熱くなる。
それと同時に苦い想いが心を支配していく。
たぶん、長太郎は今腕の中にいるのは女だと思っているんだ。

こんな苦い想いをするのはたくさんで、俺は不毛な長太郎への想いを断ち切るために昨夜合コンをしたハズじゃなかったか。
それなのに何故こんなことになっているのか、宍戸は鳳の温もりを背中に感じながら昨夜からの記憶を必死で思い出すことにした。







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