「大佐も大佐だけど、あんたもつくづくばかだねえ。泣くくらいなら、断ればいいのに。何なら今からあたしが言ってきてあげてもいいんだよ」

三日三晩泣き明かして、寸法を測って、デザインを考えて、生地を選んだ。『背格好はちょうどお前位だ』と、そう言われた。呆れ顔の先輩にメジャーをウエストへ回してもらいながら、私と背格好が同じくらいの、この晴れ着を着る名誉な女の子のことを考えていた。

鼻が高くて色の白い、結ったブロンドのあの子だろうか。それとも華奢で綺麗な指をした長い黒髪のあの人だろうか。もしかしたらこの街に住む人ではないのかもしれない。航海を共にする、強くて逞しい女の子だったりして。私はどれも持ってない。跳ねっ返りの癖っ毛で、腕はアイロンの火傷痕だらけだし、指も刺すから傷だらけだ。戦えないし、刃物だって裁ちバサミ以外に慣れているとは言えない。

……私に背格好が似ているのだから、ちょっとはスタイルが悪いのかな。そうしたら、きっと、そんなに美人じゃないのかな。

そんなことを考えて自己嫌悪に陥ってしまう。彼が選んだ人なのだから、どんな人だって素敵な筈なのに。

いいや、素敵な人なのだ。

「……先輩」
「なあに」
「私、どうせなら、うんと可愛くて、お洒落で、綺麗な、最高のドレスを、作ってやろうと思うんです。そしたら、きっと、最後に、大佐に、認めてもらえますよね?」
「……」
「こんな大仕事任せてもらえたの、私が今まで良い仕事してたって、認めてもらえたからだと思うんです。だから私、この仕事は、ちゃんと最後まで、やり遂げたいんです」
「……あんたって子は、ばかだねえ」

先輩はメジャーを仕舞って、笑った。



『俺はしばらく海に出る』
『帰ってくるまでに仕上げてくれ』
『お前の腕を信頼している』
『また来る』

慣れない装飾と絶望に何度も折れそうになる心を、彼の顰め面と優しい声が奮い立たせる。それと同時に、声は私を責め立てる。

私はお針子。誇りを持って仕事をしている。恋や愛なんて浮ついた気持ちで仕事をしてはいけない。良い仕事をすれば、他の誰にとってどれだけ些細なことだったとしても、必ずそれを認めてくれる人がいる。……けれど、今、認めてくれる人が、いなくなってしまったら?ボロボロになった彼のジャケットの帰りを待つ役目が、私でなく他の人へ渡ってしまったら?

私が「正義」のジャケットにこだわる理由は、彼の背負うそれに申し訳が立たないからなんて、そんな美しい理由でなんて、本当はない。

私はただ、味わいたかったのだ。
彼の帰りを待つという、仮初の幸せを。



「……ん」

眠ってしまっていたようだった。作業場に朝陽が射している。徹夜はなるべくしないようにしていた。夜なべは良い仕事の敵だ。それでも納得の行くまでとことんやった結果、朝を迎えてしまうことはよくあった。純白のドレスは朝に染まり、黄金に輝いている。今の自分の持てる総てを注いだ力作だ。


今日。彼がドレスを迎えに来る日。このドレスを着て彼の隣に立つ人を、私は知らない。


「……早いんですね」
「……まあ、何だ、待ち切れねェよ」
「……お帰りなさい、大佐」
「……あァ」

影に気づいて店外へ出ると、既に大佐がバツの悪い顔をして紫煙をふかしていた。この人にもイベントを楽しみにする気概があるのだな、と思う。イベントといってもただのイベントでなくて、人生の岐路であるのだから、当然かもしれない。

大佐は一歩、店へと足を踏み入れて、思い出したように一旦外へ戻って、私の知る限り初めて、葉巻の火を揉み消した。

朝日に染まる純白を見て、彼はほう、と熱い息を吐いて、壊れ物へ触れるように、ゆっくりゆっくり近づいた。

「……晴れ着を」
「はい」
「縫うのは初めてか?」
「……お気に、召しませんでしたか?」
「そうじゃねえ」

かぶりを振って、大佐がこちらへ熱い視線を向ける。

「そうじゃねえ。毎日こんだけ気合入れて縫ってちゃ、命が幾つあっても足りねェだろうが」
「……」
「下手すりゃ、俺より命張ってるかもな。ジャケットといい、お前に頼んで正解だった。良い仕事だ」

私は、彼の言葉と、細めた目に、泣きそうになった。俯いてしまう。唇が震えて、言わなくていいことまで、言ってしまう。

「あなたに」
「?」
「大佐に……スモーカーさんに、認めてもらいたくて……っ」

大佐は少し考えるようなそぶりをして、それから私へ爪先を向けた。近づいてくる彼の足音に、素直になってしまう。

「あなたの奥様になる方に、恥ずかしい思いは、させられないって……!」

大佐は、私の目の前で足を止める。

「見上げた根性だな。だが、本当にそれだけか?」
「嘘……っ!ごめんなさい……っ本当は、そんな、そんな綺麗な想いじゃ……!」
「見りゃ、分かる」

大佐が私の身体を抱き寄せる。こつん、と、彼の胸に額がぶつかった。

「散々迷って、喚いて、嘆いて、それでも投げ出さなかった、やり遂げた。大したモンだ。その根性、俺の部下に分けてやってほしい位だ」
「うそ、うそ……っ!」
「嘘つかねェよ。こんな大事な場面で嘘なんか吐けるか」
「大事な場面でって、大事な、場面て……っ」
「知りたいと思わねえか?お前に背格好の似た女が、どんな女だか」
「いや……っいや……!」
「厭と言われても言うぞ」


大佐が……スモーカーさんが、私の顎を無理矢理捕らえた。


「試すようなことをして悪かった。自分の晴れ着だと手ェ抜くんじゃねえかと思ってな」
「スモーカー、さ、」
「今度はハンカチを縫ってくれ。そのひでえ顔拭うのに、必要だろ」


今度こそ、じわりと視界が滲んだ。

待っていて、いいのだ。
私は、彼の帰りを待って、いいのだ。


「……スモーカーさん、こそ」
「あ?」
「ひどい顔、ですよ……っ!」

グチャグチャになった髪、汚れて千切れてボロボロになったジャケット、煤を擦ったような頬。仕事を急いで終わらせて真っ直ぐ来たといった風体のスモーカーさんは、私の泣き笑いを真っ直ぐ瞳へ映して、私の頭へ手を乗せて、晴れ晴れと笑った。


 

 

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