私はお針子。毎日毎日、ほつれた袖や外れたボタンを直し、少しでも日常に色を添えられるように服を仕立ている。私の働く仕立屋は、街の隅っこにちょこんと居を構えている。本当に小さくしがない『街の便利屋』だけれど、先輩も私も、誇りを持って仕事をしている。良い仕事をすれば、他の誰にとってどれだけ些細なことだったとしても、必ずそれを認めてくれる人がいるのだと、私たちは知っているから。


正義のジャケットの解れた肩を縫い終わる。ひと段落ついたな、と独りごちると急に疲れがどっと押し寄せた。ううんと唸りながら肩を回すが、同じ姿勢を続けていた身体はなかなか思い通りになってはくれない。手元ばかりを見ていたせいか、目がチカチカする。

「終わったかい?」

私の手元を覗き込んで先輩が微笑んだ。

「良い仕事じゃないか」

私より一回り上の彼女は満足げに頷いた。私はそれに苦笑を投げてジャケットを見返す。

「うーん、自分ではなんだか納得がいかなくて……」
「nameは根を詰めすぎなんだよ」

自覚は、ある。依頼自体はちょっとした修繕だったのに、あれもこれもと全てが気になってしまい、結果ジャケットは新品同然になってしまった。他にも仕事があるのでこの正義にばかりこだわってもいられないのだが、それでもこだわる理由が厄介で、こだわらずにはいられないのだ。

「どうかしらね」
「ここのところ、まだ強度が……」
「じゃなくて、大佐、今日は来るかしらねえ」
「え!?」

私の心を見透かしたように、先輩は茶目っ気たっぷりにウインクしてみせた。

このジャケットの持ち主、スモーカー大佐。この街に初めて彼がやってきた、私がまだひよっ子のひよっ子だった時から、此処へ通ってもらっている。海軍にもお針子はいて、そちらを頼る方が安く済むし受け渡しの手間もかからない筈なのだが、先輩方の腕のお陰なのか、彼はこの小さな店を選んで、繁く足を運んでくれる。

分かり易いとは思うが、海賊たちを一網打尽にしてしまった彼のことを、私はとても好きになってしまった。私だけではない。きっと街の女の子みんなが、スモーカー大佐のことを好きだと思う。みんな、みんな。我が物顔でのさばっていた海賊たちを捕まえてしまっただけでなく、老若男女、誰に対する態度も不器用だが優しい彼のことを、愛していると思う。

けれど、恋や愛なんて浮ついた気持ちで仕事をしてはいけない、きっと。だから、私がこの「正義」のジャケットにこだわってしまう理由はたった一つ。「良い仕事」をしなければ、彼の背負う「正義」に対して申し訳が立たないからだ。

私は彼が海から帰ってくるまでにジャケットを仕上げ、彼からまた替えのジャケットを受け取って、それを仕上げながら、彼の帰港を待つ。それで十分幸せだ。他の誰だって、こんな幸せは味わえない。私が新品同然に「正義」を仕上げたら、それを彼が、他ならぬ彼が背負ってくれるのだから。


「ほら、顔上げな。お客さんだよ」

何かに微笑みかけて先輩がトンと背中を叩き、離れていく。慌てて顔を上げると、そこには噂の渦中の人が立っていた。羽織った替えのジャケットはボロボロになっていて、髪は崩れている。長旅から帰り、そのまま寄ってくれたのだろう。

「大佐!長い航海ご苦労様です!」
「あァ」
「お疲れでしょうし、お掛けになります?いま、お茶をお淹れしますね!」
「構わんでくれ。あまり時間がねェんだ」

二本の葉巻は凄い煙を上げている。大佐の背が高いおかげで、紫煙はこちらまで流れてこない。

「珍しいな。今日は一人か?」
「えっ!?」

慌てて振り返ると作業場には私一人で、意地悪な先輩は姿を消していた。先輩の方が腕は良いし、もしかしたら大佐は、先輩に頼み事をしたかったのかもしれない。そう思って、高鳴っていた胸を少し落ち着かせた。

「すみません、先輩、さっきまではいたんですけど」
「……そうか」
「何か言伝ましょうか?」
「いや、いい。それより……」
「あ!お急ぎなんですよね、すみません!あの、預かっていた上着の修繕が終わりました。こういった仕上がりなのですが……」
「ん?あァ……悪くねェな」
「よ、良かったです!」

何度かピンと袖を引っ張りながら大佐は頷いている。何度も何度もやり直したところだ。

大佐は一通り上着を眺めると、それから私の頭にその手を乗せた。

「name」
「はい!」
「良い仕事するようになったじゃねェか」

大佐はいつも、私が一番大事にしたところを認めてくれる。良い仕事をすると、必ずそれを認めてくれる。時間が無いと言いながら、きちんと確認をして、変えてみたところをすぐに見つけて、あからさまに褒めはしなくても、認めてくれるのだ。

だが、心なし表情の和らいだ彼に、ぎこちなくも微笑みを返そうとして、返そうとした矢先、その顔は固まってしまった。

「……name、お前、晴れ着は縫えるか?」

 

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