横たわった裸の背中が白かった。月明かりを受けてではなく、それ自体が光を放っているように見えた。スモーカーがその背中を見つめているのに気づいていないのか、女はよく眠っている。規則正しく脇腹が動いている。生きているというその一点のみが、彼女を芸術たらしめず、スモーカーの傍へ置いた。

「name」

起こすつもりは毛頭なかったのだが、殆ど無意識にスモーカーは彼女の名を呼んだ。呼んでからしまった、と思いつつも、溢れた言葉を戻すことには出来ないのでバツが悪い顔をして葉巻の先を切った。彼女が名を呼ばれて目を覚まさなかったことは一度もなかった。

「ん……」

案の定、呼ばれた彼女は鼻から甘い声を抜かし、身じろぎをし、それからゆっくり寝返って、自分を眺める恋人を見上げた。

「悪ィ、起こしちまった」
「気にしないで……どうかした?」

nameの細い髪へ、その緩やかな波の間を揺蕩うように、スモーカーは指を通した。うかがいに答えず彼がnameの額に唇を落とすと、彼女は目を細めて唇へもそれをねだった。そのまま、口吻が深くなっていく。何度も何度も角度を変えておとがいが繋がる。彼らはしかしそのまま情事へ縺れ込むようなことはせずに、余韻を惜しむように目を伏せて離れた。

nameが肘をついて身体を起こす。するりと滑らかな乳房が露わになる。スモーカーに微笑んで見せると、置き去りにされていた葉巻を一本、取り上げて火を灯した。

「毒だぞ」
「いいのよ、この煙はあなただもの」

nameはそう言って煙を吐くと、その陶磁めいた首筋を自分で撫ぜる。スモーカーは片眉を釣り上げて返答に代えると、自分は残された一本に火をつけた。

寝室に、瞬く間に紫煙が伸びていく。



「新世界へ行くことになった」

スモーカーは、nameの方を見ずに言った。月を眺めていた彼女は緩慢に視線を彼へ寄せる。銀髪が仄明かりの中できらめいている。

「それで、今晩は遅かったのね」
「あァ」
「おめでとう、でいいのかしら?」
「……あァ」
「そう、じゃあ、おめでとう」

ベッドサイドのワインを傾けてグラスへ注ごうとし、辞めて、nameはボトルをスモーカーへ寄越した。寄越された方は眉根を寄せる。

「お前が注げ」
「お祝いだから美味しいお酒を呑んで欲しいわ」
「くだらねェ」

細い手首を掴むと、スモーカーは無理矢理にnameの手にボトルを持たせた。手を添えたまま、ぎこちなく注がせる。ぽたぽたと、お互いの噛み合わない動きのために、白いシーツに赤い華が咲いてゆく。ささやかな抗議の目もスモーカーにとっては可愛いもので、存分に汚したシーツに目もくれず彼はnameの手で注がれた酒を流し込んだ。安酒だが、スモーカーにとってなら他の誰に注がれるものより美酒である。

灰皿から、細く煙が立ち昇る。

「ねえ、スモーカー」

nameが、赤い染みを見つめて零す。

「死んじゃいやよ」

スモーカーは彼女の心を読むことはできない。だが握りしめた赤い染みが、きっと自分の不幸を思わせてしまったであろうことくらいは見当がついた。震える拳に自分の手を添えて、彼は彼女を抱き寄せる。さっき眠りから覚めたばかりなのに、もう肩が冷えていた。

「私も一緒に行きたい。けれど私は戦えないし、劇団は私を手放さないわ」

かつて、スモーカーはnameに言ったことがある。欲しいからといって力づくで奪うというのは海賊のやることだ、と。彼女はスモーカーに攫ってくれとは言わない。時折そうやって無茶なことを言って微笑むだけだ。

初めて出会った日、豪奢な一流の劇場の舞台の上で、澄んだ声を紡ぎながら、しかし彼女は似つかわしくない怒りや哀しみを吐き出していた。不思議なゆらぎを持つ声の所為で、幼少の頃から歌うことを強いられて生きてきたname。此処へ置いていくということは、再び彼女が、深い苦しみの中に取り残されるということだ。

だが、新世界は厳しい。彼女の手首に筋を作った赤いワインが、否応なく彼女の血を、死を思わせる。スモーカーでさえ、自分と部下の身を守ることで精一杯になるだろう。そんな中で、彼女を守りきれる保証は、何処にもない。


スモーカーはnameの淡く色づいた唇を啄んだ。それを受け入れて、彼女は太い首へ腕を回す。そのままゆっくりと、二人はシーツへ沈み込む。

「死なねェからな」
「ええ」
「愛してる」
「私もよ」
「俺の帰りを待っていてくれ」
「死ぬのとどっちが早いかしら」
「死んだって帰る」
「……ねえ」

月が翳る。

「私の喉とあなたの正義が潰えたら、やっと私たち、私たちだけのものになれるかしらね、スモーカー」


スモーカーは、聞いて、何も言わず、ボトルを呷って口へ含むと、無理にnameの細い顎を引き寄せた。情事の最中のように強く背中を掻く痛みを、彼女の優しい報復を、無視して唇をこじ開ける。アルコールは炎のように燃え移る。くぐもる。白い喉を焼いていく。

スモーカーは何も言わない。何も言わず、問わず、答えずに、彼女の声を灼いていく。執拗に。完膚無きまでに。

暫く蹂躙されたのち、離れたそばからnameは声を悪くしそうな咳をした。そして、自分を組み敷く鈍い光の、奥で揺蕩う哀しい性を、揺らぐ瞳で見上げ、せつなげに笑った。

 

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