水底の夜光虫 | ナノ

▽ 気付かれないやりとり


「(どないせーちゅうねんこの状況)」

だいぶ前からクレイオスの意識は戻っていた。
そう、それはメル触られそうになった時から。

近くにエレインがいることで彼女に何らかの被害が出ることを恐れたクレイオスはメルの本性に気付いて逃げ出して欲しかったのだが、残念ながらそう上手いこと事が運ぶ筈もなくエレインはメルについてきてしまった。
後ろからバンともう一人追ってきているのは気配で気付いていたが、エレインがそれに気付いていないとはつゆ知らずバンのもとまで下がれと飛びもしない念をクレイオスは送る。
幸いなことにメルはバンとの距離、エレインの言動に集中していてクレイオスが起きていることに気付いていない。
しかしゼロ距離なので何かしらの技でも発動させてしまえば気付かれてしまうだろう。
ならばどうするか。答えは簡単である。

肩に背負われたことで頭に血が上り、何故かいまだに塞がっていないぶつけた後頭部から垂れる血に気付かれない程度の魔力を送り込む。
元々身体の一部だったものだから欠片程の魔力が備わっていても不思議ではないから気付かれる心配もない。
なんとなく、気配でエレインが俯いて歩いてることもちゃんと把握して髪先に溜まった血を落とす。
これで気付いて離れてくれなきゃ巻き込むことになっちゃうだろうから頼むよ、本当に。









エレインはクレイオスの思惑通りそれに気付いた。
水晶の色とは正反対でイヤに目につく赤い色。
さっきまではただはじけた円形が点々としていただけだったが、それは明らかに偶然とは思えない形に落ちた。
初めにe、次がs。
c、a、p、e、と続いたそれが自分に当てたメッセージだと気付いたエレインは酷く悲しい気持ちになった。
escape……2人きりになりたいからそっとしてくれだとか夫婦水入らずになりたいだとかではなく逃げろという警告をクレイオスは伝えてくる。
メルに抱く疑心、信じるにはいささか不安な記憶の中のクレイオスが言っていた「私は法螺は吹くけど嘘は吐かない」という言葉がやはりメルは危険な存在だったんだと感じさせる。
彼女の為に戦って死んだのも、子供がいたのも、何もかもが嘘だったのだろうか。
考える間にもクレイオスの血は言葉を作ってゆく。
behind……後ろになんだろう?と、エレインはメルに気付かれないように気配を探る。
……懐かしい気配が2つもあった。

「あっ!」
「どうした?何かあった?」
「い、いいえ、なにも」
「ふーん……あ、邪魔者が足止め食らってるみたいだよ」

立ち止まって振り向いた瞬間、揺られて落ちた二滴の血がGoの文字を作った。
続いて髪先に溜まった血が落ちる0.1秒前に懐かしい気配の方向へ文字通り飛んで逃げるエレイン。
血が髪先から離れた瞬間に片手の平をエレインの背中に向けた本性の鱗片を見せるメルツ。
血の雫が空中で丸型を作る前に得意の物質形成であらかじめメルツの身体を貫く形で作られた太刀を横に振るい、彼を切り裂くと同時に飛び跳ねてエレインとの間に入るクレイオス。
瞬きしないでも常人には見えなかった一連の動作だったがメルツは切り裂かれた身体に驚くわけでもなく、おもむろに落ちた片腕を拾い断面をまじまじと見ながら口角を上げて薄気味悪い笑顔を作る。
それこそクレイオスが知っている『メルツ』という男の顔だった。





広がる矛盾点



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