水底の夜光虫 | ナノ

▽ 彼の者は救いを食い散らす


エレインは一人、頑張っていた。
何を頑張っていた……って、砕けた水晶からなる道からクレイオスを隅にある平らで凹凸のない水晶に寄せるのを転がすという横着をせずにその小さい背中にクレイオスを背負って一生懸命運ぶのを頑張っていた。
死者になって疲れ知らずになったはずなのに何でか疲れたような気がしないでもない。

一息吐いてからふとエレインはクレイオス横向きに寝ているの髪が一部赤くなっていることに気付いた。
しっとり、というかべったり髪を赤くしている正体がわからないほどエレインは鈍感ではなく顔色を蒼白に変えた彼女は純白の袖で拭こうとしたのだが、数秒前までは濡れていた状態だったのに瞬きの間に乾燥していたそれは指先が触れただけでも粉となって髪から剥がれ落ちてゆく。
手を振って乾燥したそれを払い落とし傷口を確認したエレインは一瞬、傷がないことに驚いたがクレイオスは異形だったと思い出して上げた肩を下ろした。

異形は何にでも当てはまり、何でもない存在。
死ぬことはまずなく、狙われても殺されることはない。
怪我を負っても大抵の異形は負った時点でもう治るんだと教えられたことがある。
死ぬ方法は異形が現れてからの永遠とも言える長い年月をかけても見つかっておらず、死にたいと願った者は底なしと謳われる湖の底で眠るらしい。
透明度の高い水だから水草の隙間から時々覗く白い髪が夜空に輝く星のように見えるのだとクレイオスは少しだけその据わった目を少しだけ開いて語った。
そう、それは昔バンが生命の泉を目指し、エレインと出会った七日前にクレイオスが彼女に話したこと。
消されていた記憶の断片。

ふとエレインは疑問に思った。
忘れていたのでも封印されていたのでもなく無いものとして【消された】のに何故あんな些細な切っ掛けで思い出せたのか。

「エルちゃん」
「……メル?どこに行ってたの?」
「ちょっと野暮用ができちゃってね。あぁ、クレイオスのこと見つけてくれたんだ。ありがとう」

ふらりと霧のように現れたメルと呼ばれる青少年はエレインに儚げな笑みを見せたあと、クレイオスを見ながら口元だけで笑ってみせる。
そしてクレイオスの頭に触れようとした時だった。
磁石の同極同士が触れ合わないようにするりとすり抜けるようにメルの手は目的地よりも大きく逸れた場所に落ちる。
あれ?とエレインは首を傾げる。
投げ出されたクレイオスの手をさり気なくメルに気付かれないように触ってみても逸らされることなどない。
クレイオスの不思議な体質のことについてはバンから聞いていたけど、それってたしか……──

イヤな感じがする。
何がと言われてもエレインにはわからなかったがクレイオスからメルを離さなければならない気がした。

「メ、メル?さっきはどこに行ってたの?」
「んー?まぁ、もう教えてもいっか。ちょっとね、想定内通りに邪魔者が来たってパトロンに連絡しに行ってたんだ」
「想定内の邪魔者?」
「そ。入り口に近いここにいたら見つかっちゃうかもしれないから僕達も離れよう。あいつらは危険だから」

クレイオスを肩に担ぎほら、と自分に手を伸ばすメルの笑顔が怖かった。
彼女に触れられているということは彼が危害を加えようとしない安全だ、という証拠でもあったけどそれでも……クレイオスの体質を信用していないわけではないものの彼女を視界に入れてからのメルに、彼女を匿った七日間の記憶にエレインは違和感を抱き始めていた。
パトロンとは誰か、想定内の邪魔者とは誰か、───この記憶は本当に正しいものなのか。

「そうね、それにクロノスもどこか安全な場所で寝かせてあげないと」
「そういえばクレイオス、何で寝てるの?」
「えーっと、それは…その……思い出したらバンから聞いてた話も便乗してまた会えたのが嬉しくなっちゃって……思いっきり抱きついたからそのまま後ろに倒れ込んで頭打って……」
「……クレイオスに触れたの?」
「う、うん」
「……へぇ、触れたんだぁ……」

くるりと進路方向を向いてしまっていたメルの表情はわからなかった。
だけども正直に答えたのはマズかったとエレインは背中に冷や汗をかきながらその小さな手を握り締めた。
そうだ、何故今まで彼の心を深くまで読もうと思わなかったのか。
感情が強ければ強いほど勝手に読めてしまう心が何故今まで読めなかったのか。

初めて読んだメルの心に、エレインは体の底が冷たくなるのを感じた。
それと同時になんとしてもクレイオスを取り返すなり起こすなりしないと、と自分の前を歩くメルの背中を睨みつける。

「逃がさね〜ぞ♪」

自分を追う者の気配を察知するのも忘れて。





怪しい雲行き



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