水底の夜光虫 | ナノ

▽ 花の似合う女の子


バンと先程の少年、キングが壊したであろう村の被害を見にクレイオスは一足先に村へと来ていた。
誰にも迷惑は掛からないと思う存分歩き煙草を吸いながら目的地へと向かう。
生きている者の気配のない些か不気味なこの村になど来たくもなかったクレイオスだが、生活がままならなくなるほど酷い有り様ならば直しておこうと思い来てみたところ、そこまで酷くもなく少し手を加えれば元通りを通り越して新品にするのも意図もたやすいほどだったのでさっさと(そこだけ新品のように)直して【豚の帽子】亭に戻ろうと振り向いた時だった。




足元から花びらが舞い上がった。




まるで意思があるかのようにうねり、渦巻いて自分を取り囲みながら紫煙を巻き込んでゆく花びらに一瞬驚いて目を見開いたクレイオスだったが、それもすぐに何時もの据わった目へと戻り花びらの隙間を縫うように渦の向こう側をじっと見つめる。
茶色と土色で大半を占めていた村と薄い青緑色の光景が重なり交代されてゆく中でクレイオスは視界の端に金白の人影を見つけた。
それなりの長さがあるらしい髪が風に巻き上げられて首のラインがはっきり確認できたのだが、それは子供のように細く彼女の力でも指二本でへし折れるようなもの。
しかし姿は子供であっても中身は正真正銘の大人であり、そこらの老人よりも年齢が遥に上の人型を知っているので容赦する気のないクレイオスはその首に手を伸ばす。
おもむろに伸ばされた指先が花びらの渦に触れた瞬間、空気の流れを乱された渦は何も起こっていなかったかのように収まって花びらを地面へと落としてゆく。
強風に火種を持って行かれた煙草からはもう煙は上がっておらず、視界を遮っていたものがなくなったところで自分が何に手を伸ばしていたのか気付いた彼女は、あ、と間抜けに言葉を零して短くなった煙草をも唇から落とした。

傷み知らずであろう綺麗な金色の髪。
真珠を薄く削って作ったかのような聖者にしか着こなせないような清らかな白い衣。
頭一つ分は確実に違う身長差を埋める為に浮かぶ姿をクレイオスは知っていた。

「……エルちゃん?」
「ひさしぶりね、クロノス!!」

顔面に抱きつくように体当たりをかましてきたエル、エレインをなんとか受け止めはしたものの、思いっきりひっくり返って後頭部を強打したクレイオスは顔面に当たったエレインの身体に凹凸がないことに若干残念さを感じつつ、同時にデジャヴを感じながらも意識を手放した。

「……あれ?クロノス?クロノス!?大変!!メル、クロノスが……ってメル?どこにいったの?」





ほぼ同時刻、一行はエレン兄妹に教えられた死者の都の入り口だと言われている原っぱにいた。
途中で村に行くと言って出て行ったきり戻ってこなかったクレイオスを回収して戻る筈だったのだが、張本人がどこにも見つからず、気配までもが一切感じられないから置いて行こうと決断を下したメリオダスにバンは不満を抱いていた。

【何にも代え難い死者との思い出が都へと誘う】
それが本当のことならば自分は死者の都への入り口を開くことができ、彼女のもとまで行けるはず。
クレイオスにはまだ何も言ってはいなかったがバンは彼女に死者の都にいるであろう友人を紹介したかったのだ。
長い長い、それこそ計り知れない年月を目的もなく、ただその場しのぎで生きてきたクレイオスと寿命がないに等しく、七百年間ただ一人で暇に過ごしてきた友人、それにこれから不死者として死ぬまで生き続ける自分。
三人でいればもう寂しいことなんてない。
退屈することなんてない。
どうにかして友人を奪って三人で旅するのもきっと楽しい。楽しいに決まってる。
この世界に飽きたらクレイオスがいう仕事先の世界にでもただをこねてでもして連れて行ってもらえばいい。

友人にも教えていた【ただをこねれば意外とあっさりすぐ折れる】クレイオスの長所であり短所は女子供が使えば効果が高いから友人が使えばすぐに折れてくれる。いや、自分の友人だからこそ折れてくれる。
自分にとって、二人とも掛け替えのない存在。
世界が冷たい灰色でしかなかったのに突然入り込んだ白色のお陰で日々にちゃんとした色がついた。
色づいた世界から消えた白色と同じになるために辿り着いた先で白色を思い出させるような金色に出会った。
クレイオスからもらった日記帳はいつの間にかエールのラベルコレクションになっていて、友人との思い出を作ってくれた。
あの時燃えてなくなってしまっただろうけど、友人との思い出は心の中に残っている。

エリザベス達が雑談している間、一言も会話に入らなかったバンは己の足元で蕾が伸びてくるのをただジッと見つめていた。





近付くのは歪んだ黒



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