水底の夜光虫 | ナノ

▽ とある世界の終わりの話


黒い髪に黒い目。目の下に青痣を作って口の端を切って赤く染めていた少女は真っ白な世界から嫌われていたのさ。
神様のように人の信仰から生まれたわけでも人の腹から産まれたわけでもなかったからね。
不可侵の森の中、何時の間にか、誰が建てたかわからない小さな家と一緒に現れて人々を怖がらせたんだ。
実際のところは彼女自身もなんでそこにいるのかわからなくて混乱していたんだけどね、そんなことは彼女以外誰も関係ないことだったのさ。
来るな寄るなと石を投げられ鍬で追い払われた数日間。

彼女はなにを思ったのだろうね。
彼女がなにをしたのだろうね。

その数日間で彼女は知ったよ。自分は人とは違うのだと。
だから彼女は人とは関わらなくなった。
傷つけられることで避けることが上手くなった。
向けられる目から心を守るために感情を理性で押し潰した。
それから自分の世界から自分以外を全てないものとした。
……ああ、人と会ってしまったらするりと猫のように避けるんだ。
それでも独りは寂しかった彼女は時々公園の木に登って隠れて子供の声を聞いてたよ。
自分には大人を真似して罵ってくる姿しか見せてはくれないけど、子供同士で無邪気に遊ぶ姿は可愛いと思えたし羨ましいとも思ってたのさ。

でもね、その日は邪魔が入った。
子供達に話し掛けては無視されてる少年がいたのさ。
話し掛けては無視されて、すり抜けられてしまう半透明な少年を彼女は死んだことに気づいてない人だと思い、無邪気な笑い声に紛れて泣きそうな声が混じるのが酷く不快に感じていたんだ。
場所を移動すればいいのにと思うだろ?だけどね、彼女は動かずに少年を観察していたんだよ。素直に泣けることが羨ましくてね。

空が真っ赤に染まった頃、子供達がカラスの鳴き声に連れられて家路につく頃に彼女はしゃがんで俯いて泣いてる少年の前に仁王立ちになってね、いつまで泣いてんだグズ泣き虫って声を掛けた。
……凄いっしょ?初対面で泣いてる相手にそれはねーよ、って今の私には思えるよ。
そんな言葉に少年も驚いたように顔を上げて彼女を見たよ。
でね、プルプル震えたかと思ったら急に抱きついてきて鬱陶しいのなんの……
でもね、彼女は少年を振り払えなかった。
独りは寂しいって知ってたから。

白い髪に白い肌、それに目も薄い灰色だから世界に同化して見えにくいんだと思った彼女は自分の色をくれてやった。
色がないほうが好都合だったからね。
やり方?さぁ?私が知るわけないよ。
そして彼女は白くなり少年は黒くなったのさ。
目もね、色素が移ったかのように少年の目は黒く、彼女の目は薄くなった。
初めて人と会話できたこと、色をもらったことが嬉しかった少年は彼女の残っていた痣まで持って行ってしまったけど彼女は呆れるだけ。
怒ったり安堵したりもしなかった。
色がなくなっても、色が手に入っても相変わらず少年は誰にも見つからなかったし彼女はイヤに目立ってたけど。

彼女が色を受け渡してから少年は、彼は彼女と共に不可侵の森に住みずっと、それこそ人が永遠と呼ぶ程に長い時間を彼女と一緒に過ごしたのさ。
こそには男女間の感情なんて一切なかった。家族愛に近いものとほんの一握りの友愛があった。
ベッドと机、それに椅子が二つ辛うじて置けるかギリギリの部屋。
風呂とトイレとキッチンは一人で入るのが限界のような家でも二人にとっては満足のいくものだったけど、何時の頃からか人々の間には次第に欲が生まれてたんだ。
人々の欲が高まれば高まるほど何故か彼は弱っていった。
このままいけば彼が死んでしまうとでも思ったんだろうね。
彼女は彼に色を受け渡した時のように人々の欲を叶えていったんだ。自分の命を削って。
彼を傷つけ弱らせる原因である人なんか全員殺してしまえばいいと思っていたけど彼を悲しませることをしたくなくてできなかった。
けど自分を虐げてきたやつらの系譜の者は特に加護などやりたくない。
人は違えどもその身体を構成する情報にはやつらが組み込まれている。
行き場のない怒りは彼女の中で渦巻き、彼女自身を傷つけることで発散されていたのさ。
それからというもの彼女の手の平には握り締めすぎて血管が切れた跡が治ることがなかったよ。

彼は彼女のお陰でまた元気に動き回ることができるようになったけど、その代わり彼女が死にかけになった。
朝になっても目を覚まさずに眠り続ける彼女を見て彼は孤独に叩きつけられたような気がしたみたいでね、気付いてしまったんだ。
彼女が死ねば自分は独りになる。そして彼女が死ぬ原因は自分だ、って。
それでね、思ってしまったんだよ。
彼女を自分から奪おうとする世界なんていらない、って。


……あぁ、バン…とメリー少年達も来たね。
入れ違いになったのかな?
ほら、村壊したお詫びにでも飯奢ってもらいなよ。
……え?話?そうだね、結末だけでも言っとこうか。


彼らは世界を捨てて彼らには短く感じる数億年を違う世界で幸せに生きてたよ。
寿命は違えど人らしく、互いが必要な存在だと理解して恋人同士になりやがて夫婦にもなった。
でもね、彼は死んだんだ。いや、殺された。
死ぬなら彼女に殺されたいと願って殺されたのさ。
彼は本望だっただろうけどさ、彼女は今でも後悔してるよ。
心の底から彼を愛してるのにも関わらず手を掛けてしまった事にね。
それとさ、できることなら早く彼のもとに行きたいんだけど最期に彼が掛けた呪いが中々に働いてくれちゃって死ねないから苛々してるんだよね。



「時間潰しは終わり。さ、行こう」





ただの与太話。始まりであり終わりである話。



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