水底の夜光虫 | ナノ

▽ 引き籠もりは落とされた


見張り台へと続く一番上の物置部屋にて籠城するクレイオス。
その手には表紙に黒と白で描かれた二人の人影の絵が。
てるてる坊主に爪楊枝のような手足をつけて影を作ったらこんな感じなんだろうと思わされる真っ黒な人影は白い口に弧を描いており、真反対の真っ白な人影は薄い皿を真横から見たかのように黒い口の両方の口角だけを上げて笑っている。
咥えた煙草の灰を造った灰皿に落とし、角の焦げている本のページをパラパラと無駄に捲るクレイオス。
カタログのように一ページずつに絵と、それを囲むように並ぶこの世界のものではない文字がぐるぐると絵の周りを泳いでいた。

「行こうと思えば行けるんだけどなぁ……


ねぇ?と文字が泳ぐ本に同意を求めれば規則的に泳いでいた文字達の列が乱れる。
問いの応えらしいのだが、本の持ち主であるクレイオスにも何が返って来たのかわからないらしく片眉を上げて本を閉じた。

「クレイオス♪」
「出入り口は私が背もたれに使っているはずなんだけどなぁ、バン」
「知るかよ……逃げんぞ♪」

何からだよ、と聞ける前に俵のように担がれたクレイオスはバンが入ってきた場所……つまりは換気の為に開け放たれていた見張り台から地面へと投げ落とされるのだった。

「逃げたな」

クレイオスを連れて。とまでは言わなかったがなんとなくわかってしまったエリザベスは苦笑を浮かべる。 
町を出て既に一日は経っているというのにエリザベスはまだクレイオスとロクに話せていなかった。
それもそのはず。
クレイオスの傍には常にバンがついていて、その姿は主を守る番犬のようなもので、会話の途中では口角を上げてクレイオスが笑ったかと思ったらバンが彼女以外には絶対に見せないであろう幼い子供のような笑顔で彼女に撫でられていたりと二人の間に入りづらい空気が流れていたのだ。
恋人同士の甘いものではない。柔らかく、暖かいその光景は正に母と子のようなもの。



「どこに自分のオカンを投げるやつがいるんだクソドアホ馬鹿ガキが」
「あんくらいの高さどうってことねーだろ♪」
「ないがな」

ババァを労れ。どこにババァがいるんだよ。眼球硫酸で洗ってから左隣を見てみろ、齢約六兆年の生きた化石がお前と会話してるぞ。見た目と数字を合わせろよ♪そんな会話のすぐ後にバンの蹴りがクレイオスに。クレイオスの肘鉄がバンに入った。
勿論自動防御の発動と手加減のお陰で互いに被害は一切ないが。

外に出て早々、料理番をやらされそうになったと愚痴るバンに自分で作ったカレーを美味しく感じられないというクレイオスは帰ったら作れと強要するが、彼の興味は既に閑散とし過ぎでいる村へと移っていた。
日は高いというのに一切人通りのない道に朽ちて穴の開いた茅葺き屋根。
風化して亀裂の入った家の壁や石畳の隙間から生える雑草といった様子は、それこそ夜中に死者が徘徊していても可笑しくはなさそうだ。

「しかしまぁ、見事な荒れ具合だな…」
「生きてるやつの気配はしないことは確かだね」

接続詞が気になる物言いをするクレイオスにバンは視線を向けたが、上手い具合に視線を逸らされる。
バンは気になっていた。数十年前、自分が世話になっていた頃には吸っていなかった煙草をクレイオスが嗜む姿が。
ダルマリーでクレイオスに飛びついた時には吸っておらず、ただ残り香がする程度だった。
移動中も四六時中くっついていたが手にしているところは一度も見ることなく、初めて見たのは今さっき、物置部屋でなんとなく懐かしいような見たことのない本に視線を落としているクレイオスの唇に挟まれているのが最初だった。
酒は好きだが煙草には興味のないバンには何がいいのか今一理解できない。
それの何がいいのかと口を開こうとした時、先にクレイオスが、あ、と声を漏らした。





歩き煙草はだめ。



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